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第十一話 竜の洞窟、最果ての剣(前編)

 ジャングルを出発し、竜のトンネルを抜け、北の魔境を目指す大遠征。

 僕らはその支度に追われていた。


「あれっ」


 てぃあるがふと自分の足元を見て声を上げた。


「どうかした?」


「あたし、パンプス履いてる。さっき脱いだのに」


 確かに、彼女は僕の部屋に上がる際、さすがに土足ではなかったはずだ。

 そして今さら気付いたのだが、僕の服装もこちらの世界のものに戻っている。


 もしかすると聖剣は、僕らの意識や肉体とは別に、服装などの時間を遡らせることができるのかもしれない。

 かなりご都合だが、神を斬れる伝説の武器ならそれもありかもしれない。実際、助かるし。


「ねー、ここの裏に何か書いてあるよー」


 てぃあるはなかなかに目ざとい。

 ロシュナートの収納スペースはシート下にあるのだが、てぃあるが発見したのは、その蓋部分の裏側に貼り付けられたメモだった。


 万一に備えてプワルが書き残したのだろう、そこには自分なしでもロシュナートを乗り物として動かす方法が記されていたのだ。

 魔法石を燃料にすることで、地上付近を這うような飛行――要するに、ホバー走行が可能になるということだった。


 これは何よりの僥倖だった。近道と併用すれば、出発の遅れを取り戻せるに違いない。

 操縦法についても、ハンドルやレバーを用いたマニュアルモードに切り替えれば、プワル以外にも扱うのはさほど難しくないらしい。

 とりあえず、原付免許のある僕が操縦を担当することにした。


 燃料については、聖剣のあった石室に魔法石が供えられていたため、数を確保することができた。

 左右のサイドカーにアローネとてぃあるを乗せて、いよいよ僕らは魔境を目指す旅に出たのだった。



 ◆ ◆ ◆



 木々の合間を飛ぶのは怖かった。

 なるべく速度を上げないようにしながら、汗だくでハンドルを握っているうち、少しずつだがコツが掴めてきた。


「あとでさー、あたしたちにも練習させてよ。広いとこに出たら」


 横に乗っていても相当スリリングなはずなのだが、どういう神経をしているのか、てぃあるはあくびをかみ殺しながらシートにふんぞりかえっている。


 彼女の背中には聖剣が斜めがけされているため、木に引っかからないよう、こちらとしては余計に気を遣うのである。

 シートの後部に積むことも考えたが、聖剣はかなりの重量があり、著しくバランスを崩してしまう。てぃあるが身に付けている時だけは不思議と軽くなるので、こうするしかなかった。


「クロウ、一度休憩してみては」


 心配したアローネが声をかけてくれるが、


「ありがとう。けど、ここじゃ止まるのも怖くてね」


 ジャングルよ、早く終わってくれ……。

 僕はただそれを願いながら、前方を見つめていた。



◆ ◆ ◆



 僕らは一気にジャングルを駆け抜け、その先は操縦を交代しながら大平原を走破し、やがて大陸ラ・マンサの最高峰――キベリスプの麓へとたどり着いた。


 曲がりくねった緩やかな山道を注意深く登り、木々の合間から時折見える景色に心を癒やされながら、さらに上へ、奥へと進んでいった先に――果たして、その大洞窟は口を開いていたのだった。


「“キベリスプの竜洞”……」


 アローネがあらためてその名を呟いた。

 実物を目にするのは彼女にとっても初めてのはずだ。


 洞窟の入り口自体はそう大きなものではなく、幅5メートル、高さ3メートルといったところだろうか。

 中には先人が施したであろう、魔法石を加工した小さな照明が奥まで続いているのが見える。

 僕らは引き続きロシュナートを駆って進んだが、狭い箇所では機体を浮遊待機モードにセットし、紐で引いて歩くことにした。


 魔法石の明かりを頼りに、僕らは薄暗い洞窟内をひたすら進んでいく。

 この暗がりのどこかで魔竜が獲物を待ち構えているかと思うと、全身に冷や汗が滲んでくる。

 男の面子にかけて先頭に立ったものの、実際は背後のアローネとてぃあるに追い立てられるようにして、僕はどうにか歩みを進めていた。


 ……外の光が完全に届かなくなってからどれほど経っただろうか。

 バタバタと、闇の中で羽音のようなものがいくつも響いた。


 それは僕らの頭上で鳴っているようだ。

 コウモリか何かだろうか。

 しかし、その音の主たちは明確な攻撃の意志をもって、こちらに急降下してくるようだった。


「クロウ!」


「わかってる――てぃある、気をつけて!」


「えー?」


 てぃあるの頭を押し込むようにしながら、僕は身を伏せた。


「見てください!」


 その瞬間、アローネは襲ってきたものの一体を触手で捕縛したようだった。

 彼女の手から伸びる触手の先……、わずかな明かりの中で僕らが見たのは、奇怪な魔物だった。

 蟻のような昆虫の腹から黒いコウモリ状の翼が生え、頭が下になった状態で羽ばたいているのだ。大きさとしてはカラスぐらいだろうか。


「キモーい! キモキモキモ! 無理ぃ~~~!」


 てぃあるが率直な感想を叫ぶ。


「うっ!」


 アローネがうめいた。

 見ると、魔物は器用に体をひねり、自分を縛る触手に牙を立てていた。


「アローネ!」


 一瞬で魔物を握り潰すと、青黒く変色した触手は途中からぷつりと切れて地面に転がった。


「大丈夫!?」


「はい、毒が回る前に自切しましたから……」


 周囲からはまだ複数の羽音が聞こえている。

 聖剣が発する衝撃波なら一気に殲滅できそうだが、ここでは崩落が恐ろしい。

 それに、


「クロウくん、なんとかしてよー!」


 よほど生理的に無理なのか、てぃあるは両目を覆ってしゃがみ込み、すっかり戦意喪失してしまっている。

 これでは聖剣も宝の持ち腐れだ。


 ……やるしかないか。

 僕は例によって両目を閉じ、今回は自分の足元に、最小限の意識の渦を巻き起こした。

 そして、羽音のする方向すべてに、意識を張り巡らせる。


 ――捉えた!


 奴らからは、見ることも、触れることもできない半現実の網。

 魔物の群れは、空中に縛り付けられたまま、バタバタともがいている。


「てぃある様、お借りします!」


 アローネはてぃあるの背から聖剣を引き抜くと、ひらりと飛翔した。

 重量を感じさせない、さすがの身体能力である。

 闇の中で数回、紅い刃が煌めいたかと思うと――寸断された魔物たちの残骸がバラバラとそこかしこに降り注いだ。


「わぁ、ありがとー、アローネちゃん。……ていうか、てぃあるでいいからね」


「はい、てぃある」


 両手を繋ぎ、喜び合う女子たち。

 思えば、アローネにとっては生まれて初めてできた同性の友人なのだ。

 それはとても良いことだし、微笑ましい光景だが――なんだろうか、この疎外感は。



 魔物の襲撃を警戒しながら、僕らは再び洞窟の奥深くを目指していく。

 やがて、行く手に広大な空間が現れた。


 暗くて全貌は把握できないが、壁に沿って点々と光る魔法石の数からして、サッカーコートくらいの大きさはありそうだ。

 さらによく見ると、正面だけでなく、左右にも道が続いていることがわかった。


 おそらく、右手はアルテリリア、左手はレミロウの方角へ通じる道だろう。

 つまり、ここが大洞窟の中心部ということだ。

 まっすぐ進もうとした時、


「待ってください」


 アローネの声に、僕はロシュナートを停止させた。


「どしたのー」


 彼女が黙って指差す先を、僕らは凝視した。

 行く手に半透明の薄い幕のようなものが下がっている。


 横幅は畳一枚分くらいだろうか。

 それは真っ暗な洞窟の天井から地面にかけて、ぴんと張りつめていた。

 言われなければ気付かないほどの透明度だが、よくよく見ればこの空間のあちこちに同じようなものが張り巡らされている。

 何か、激しく嫌な予感がした。


「これ、触ったらやばいかなー」


 てぃあるが恐る恐る指先を近づけようとしていたが、


「少し離れてください」


 アローネはそう言いながら足元の石を拾い上げ、幕に向かって放り投げた。石といっても、漬け物石レベルの大きなものだ。


 石の直撃を受け、幕は大きく凹んだが、破れることはなかった。

 それどころか、反動でびよん、と手前側に膨らんだ後、何事もなかったかのように元の張りつめた状態で静止した。……漬け物石が表面に張り付いたままで。


 薄さに対して、凄まじい強度と粘着力だ。

 これが一種の罠であることはわかる。だが、誰が何のために仕掛けたものか……いや、ひょっとすると、これこそが……、



「ようこそ、“竜洞”へ」


 僕の思考を断ち切るように、野太い男の声が響いた。

 先程までまったく気配を感じなかったが、薄いベールの向こうに、誰かが腰を下ろしている。


「あなたは、まさか……」


 アローネが息を呑む気配がした。


「初めまして。この“器”のことはご存知なようですな、姫様」


 闇の中で立ち上がったのは、ゆうに背丈2メートル以上はあろうかという大男だった。


 岩山のような巨躯の上から、さらにくろがね色の頑強そうな鎧を纏っている。

 額から右頬にかけて深々と刻まれた傷跡が、歴戦の風格を感じさせた。


 そして何より目を引いたのが、彼の背負った得物――聖剣よりもさらに長く、刀身の広い、彼以外の人間にはまず扱えないであろう大剣だった。


「アローネ、この人は?」


「……“最果ての剣”ラゴ」


 アローネはラゴと呼んだ男から視線を逸らさず、臨戦態勢のまま語った。


 ――遙か昔から大陸を股にかけて邪神の先兵と戦い続けてきた、アルテリリアの精鋭部隊があった。

 遠征を繰り返したことから、彼らはいつしか“果ての騎士団”と呼ばれた。

 そして、中でも当代最強と謳われた5人の勇者に“最果て”の称号が与えられたのである。


「相手は眷属の擬態です。本物には劣るでしょう。しかし、それでも、彼らの技を受け継いでいるのだとすれば……」


 張り詰めたアローネの表情が、敵の強大さを物語る。

 何も知らない僕でさえ、ラゴの纏うオーラのようなものには圧倒されていた。

 ……今までの相手とは、違う。


「あんたらが北を目指すなら、必ずここを通ると思った。本陣の守りは他の連中に任せてある。……選ばれし者のパーティと、一度お手合わせしてみたかったものでね」


 そう言いながらラゴは剣を抜いた。


「あんた、わかってるのか。ここは多分……」


 銃を構えながら僕は言った。

 視界のあちこちに、天井から伸びるあの幕が映っている。

 まるで、獲物を待ち構えるような、半透明の罠が……。


 しかし、ラゴはこともなげに、


「ああ。獲物は多い方がいい。……さっき姫様がでかい石を放ったからな、そろそろ目を覚ましてやってくる頃だぜ」


「正気じゃないな」


「褒め言葉だ」



 僕はラゴを睨んだまま、頭上に向けて引き金をひいた。

 銀光がほとばしり、天井に張り付いた巨大なものの姿を照らし出す。


「いやぁーーーーーー!!」


 てぃあるの絶叫が木霊した。


 現れたのは、蜘蛛の化け物だった。足の先まで含めれば、全長はおそらく10メートルを超えるだろう。

 奇怪なのは、8つある足の一本一本が、竜の首となっていることだった。


 こいつが、魔竜。

 その見た目通り、洞窟の中心に巣を張り、かかった魔物や動物、そして人間を喰らってここまで大きくなったに違いない。

 油断していると、今度は僕らが網にかけられるってことか。冗談じゃない。


「さぁ、生き残るのは誰か。お楽しみだぜ」


 言い放つと、ラゴは大剣を振りかざし、その体躯から想像もつかないスピードで斬りかかってきた。

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