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第十話 選ばれし者、選ばれざる者

 気が付くと、冷たく硬い、そしてかすかに湿った石の感触がした。


 身を起こすと、隣にアローネが横たわっている。

 そこは元いた石室だった。どうやら戻ってくることができたらしい。


 聖剣はどうしただろうか。


 隣を見ると、アローネの奥に、もうひとり誰かが倒れていた。

 聖剣を抱くように眠る、その小柄な姿は――



「てぃある!?」


「お目覚めですか」


 僕の叫びをかき消すように、どこか威圧的な女性の声が響いた。

 聞き覚えのある声だ。


 振り向くと、レミロウの地下で会ったあの女性――大神官と呼ばれていた人物が立っていた。

 周囲にはやはりあの時と同じように兵士が並び、こちらに銃を向けている。狭い石室の中に、10人近い数がひしめいていた。


「抜け穴を見つけ、ここまで追いかけるのに苦労しましたよ。しかし、思わぬ収穫です。聖剣そっくりのアーティファクトが存在するとは。大賢人はまたしても逃げたようですが、もはやどうでもいい」


「アローネ、てぃある、起きろ」


「クロウ……」


 アローネは目を覚ましてすぐに状況を理解したようだ。

 一方、てぃあるは、


「んー? 何、ここー?」


「落ち着いて聞いてくれ。今、悪い連中に囲まれてる。銃を突きつけられてる。君は、なるべく僕らの後ろに下がれ」


「何それー!? ヤクザのコーソーってやつ!? やっぱりこの剣、本物だったんじゃん!」


 大神官の咳払いが石室の中に反響した。


「お嬢さん、事情を知らずに巻き込まれたようでお気の毒ですが、あなたにもここで死んでいただきます」


「困るよー、うち子供いるしさー、今マジやばいんだって、色んな意味で」


「やれ」


 付き合いきれないと言った様子で大神官が部下に合図する。


「てぃある、剣を渡して」


 こうなったら、聖剣の力に賭けるしかない。僕は小声で囁いたが、てぃあるの耳には入っていないようだった。

 彼女はわなわなと震えていた。



「なんでだよー、マジ意味わかんねーよ……ふざけんなーっ!!」



 石室全体がドスンと揺れた。


 天井からパラパラと小石が降ってくる。

 その瞬間、まるで見えない巨人の張り手を喰らったかのように、兵士たちは無惨な姿に変わっていた。


 壁にめり込み、動かなくなった者。衝撃で全身を砕かれたのか、人形のように首や四肢があちこちを向いた状態で床に転がっている者。

 いずれもおびただしい量の青い血を流し、一撃で絶命しているのが見て取れた。


 ……なんだ? 何が起こった?

 僕とアローネは顔を見合わせる。……聖剣の力、なのか?


 と、屍の山からよろよろと立ち上がる者があった。

 大神官だった。

 口の端から血を流してはいたが、兵たちの背後にいたことで、からくも致命傷をまぬがれたのだろう。


 彼女は頭上から伸びた縄梯子に飛びつくと、猿のような速度で地上へと昇っていった。

 入れ替わりに、今度は剣を携えた兵士が3人、石室に降りてきた。

 聖剣を握ったてぃあるをめがけて、猛然と襲いかかっていく。


「危ない!」


 僕もアローネも彼女を庇おうとしたが、それよりてぃあるの反応の方が速かった。


 兵士が振り下ろした剣を、聖剣の刃で受け止め、弾き返す。そして一瞬の隙を突き、相手の脳天に刃を叩き込む。

 兜が割れ、兵士は額から血を流しながら後方に倒れ込んだ。


 仲間の死体を踏み越えて、さらに二人の兵がてぃあるに斬りかかる。

 しかし、やはり彼女の対応は素早く、的確だった。


 敵が振るう剣を、足を引いてかわし、受け流し、返す刃で次々と斬り伏せる。

 まるで時代劇のアクションシーンを見ているようだ。

 3人の兵士が地に伏すのに、ほんの1分もかからなかった。



「あはは、やっちゃった」


 こちらを向いたてぃあるの声はさすがに震えていたが、今度はこちらが問いつめる番だった。


「何、今の!? いきなり強すぎね!?」


「あれ、言ってなかったっけー? あたし、剣道やってて。でも、この剣、見た目と違ってめっちゃ使いやすいよー」


 自分の背丈ほどもある聖剣を軽々と振りながら言う。


「いや、そんなわけ……」


「マジマジ。竹刀より軽いよ。ほら」


 ひょいと渡したつもりだったのだろうが、彼女の手を離れた剣は、ズンと音を立てて僕の足元に突き刺さった。


「……」


 僕らは互いに顔を見合わせた。


「見事じゃったぞ」


 静寂を破ったのは、先ほど光に包まれた時の、あの声だった。

 どうやら、てぃあるやアローネにも聞こえているらしい。

 僕らは声の主を捜して辺りを見回した。


「ここじゃ」


 聖剣が光を放つと、その中から小さな女の子が現れた。


 背丈や顔立ちは5、6歳くらいのそれに見える。

 白髪に褐色の肌。白いポニーテールの先が、剣の柄と繋がっている。

 彼女はちょうどてぃあるの目線あたりにふわふわと浮かんでいた。


「わしは聖剣アイルの化身じゃ」


「えー、カワイイ!」


「さわるな、さわるな」


 怖いもの知らずで撫でようとするてぃあるに、両手をぶんぶんと振って抵抗する剣の化身。

 なんだかなぁ。


「あなた様が剣の化身……ではやはり、こちらが本物の聖剣だったのですね」


 アローネが話をレールをそっと戻してくれる。


「いや、わし以外にも聖剣の気配を遠くに感じる。元は確かに1本じゃったがの」


「増えたんですか?」


「わからん!」


 僕が質問すると、化身はお手上げとばかりに空中でゴロ寝を始めた。

 考えるのはあまり好きでないらしい。


「それより、聖剣に選ばれし者よ。ヌシの世界も少し見せてもらったが、なかなか興味深かったぞ、あの動く絵画は」


「いえ、狭くて汚いアパートでお恥ずかしいです」


「ちがう。そっちのヌシではない」


 ……?


「選ばれし者、てぃあると言ったか。これからヌシは、わしとともに邪神を斬る。それが定めじゃ」



 その瞬間、僕の中の何か大切なものが、ガラガラと崩れ落ちていく音が聞こえた。



 ◆ ◆ ◆



「途方もない歳月、ひとつの世界に留まっていると退屈でな。選ばれし者が異世界より現れた折には、その者の世界を見せてもらい、代わりに力を貸す。それがわしの流儀なのじゃ」


「いや、異世界から召喚されて、自分の世界をあなたに見せたのは僕じゃないですか!? この人はたまたまそこにいただけで、選ばれし者でもなんでもないんですが!?」


 僕に指差され、てぃあるは露骨に不愉快そうな顔をした。


「二人とも同じ異世界から来た者じゃろうが。それに、剣士としての適正はてぃあるの方が優れているとみえる」


「うっ……」


 見抜かれている。

 正直に言えば、僕は聖剣を握った途端に自分が剣士として都合よく覚醒するような展開を予想していた。

 もちろん、剣術などを習った経験はまったくない。


「クロウくん、さっき見てるだけだったし」


 てぃあるは片眉を上げながら批判するような口調で言った。


「それは……そうだけど……じゃあ、てぃある的にはどうなの? 選ばれし者として戦う気はあるの?」


「うーん……」


 てぃあるはしばし思案していたが、


「あの、ケシンさん」


「なんじゃ」


「あたし、元の世界に帰りたいんだけど」


「邪神を倒せば、わしが送り届けよう」


「そのジャシンって、退治したらお金になる?」


「王宮から報酬が支払われよう」


「じゃあ、やる! あたし選ばれし者やるー」


 嘘だろ……。


「待ってください、化身さん。僕にはすごい力があるんですよ。邪神の軍団なんか、一網打尽にできるようなやつがね。だから、僕が選ばれし者やった方がいいと思います。彼女には大人しく元の世界に帰ってもらいましょう」


 僕は早口でまくし立てたが、


「お前に特別な力があるなら、それで戦えばよかろう。剣はてぃあるに使わせろ。戦力は多い方がよい」


 正論。


「あー、疲れた。化身として姿を現すのは力を消耗するのじゃ。しばらく、わしの体は預ける。じゃあな」


 言い残すと、彼女は煙のように消えてしまった。

 そんなことってあるか……。これでは、てぃあるの方が主人公みたいではないか。


 僕の落胆は思い切り表情に出ていたらしい。

 てぃあるはこらえきれなくなったようにプフッと吹き出した。

 なんという屈辱。


「あの、クロウ……私にとっては、あなたも選ばれし者ですから」


 アローネのフォローがかえって哀しい。

 そういえば、祭壇に書かれた文字についても聞きそびれてしまった。

 あの様子だと、化身に聞いても確かなことはわからなかったかもしれないけれど。




「で、てぃある。お子さんは今どうしてるの?」


「実家に預けてきたから、何日かは大丈夫。ま、出稼ぎってやつ?」


 本当に大丈夫なのかよ……。こちらが心配になってしまう。

 けれど、いずれにせよ、彼女を巻き込んだこと自体は僕にも原因がある。

 絶対、無事に帰さないとな。


「申し遅れました。私はアローネ・セルヴァン。東の国、アルテリリアの王女です」

「えっとー、あたしはてぃあるです。すげー、お姫様と話すの初めて」


 先日出会った異世界の姫君と、一年ぶりに会った元カノ未満の絡みを見て、僕の脳はぐらぐらと揺れていた。

 頭の中の色々な引き出しがとっちらかっているような感覚だ。


「ところでクロウ、先程の、大神官の血ですが……」

「……あ、ああ。確かに見た」


 眷属の血は青いはずだが、大神官の血は赤かった。

 あれが幻覚でなければ、彼女は人間ということになる。


「邪神を崇拝する教団は遙か昔に滅びましたが、今でも密かに信奉する者がいるという噂は聞いていました。しかし、まさかレミロウの大神官がとは……」


 たとえ人間でも、いざとなった時には討つ。その覚悟はできているつもりだ。

 この大陸の人々のために、何よりアローネのために。


 さて、その大神官が逃走する際、丁寧に縄梯子を引き上げていったため、僕はアローネに頼んで先に地上へ出てもらい、それから触手をロープ代わりにさせてもらうことにした。

 と、彼女の手から触手が伸びたのを見るや、


「えー!? ちょっと、何それー!?」


 てぃあるが叫んだ。


 ……しまった。先に説明しておくべきだった。

 アローネは――それが彼女の生まれ持った手足であるがゆえに――体から伸びる触手を見せられた側のショックに関しては、まだ理解しきれていない部分がある。


 僕は自分のフォロー不足を悔やんだが、続くてぃあるの言葉は想像を超えていた。


「えー、やだ。キモカワイイ。ていうか、ギャップ萌え?」


 カワイイのかよ!

 ……いや、カワイイはともかく、面と向かってキモはないだろ、キモは!

 僕はアローネが傷つかぬよう、彼女を早急に黙らせようとした。

 しかし、


「え、可愛い……ですか」


 本人は頬に手を添え、まんざらでもない様子で目を輝かせている。

 チョロインか!

 


 地上に出ると、空はすでに白み始めていた。


 謎は残るが、ひとまず聖剣は手に入れた。

 あとは“キベリスプの竜洞”を抜けて旧神に追いつき、プワルを救出、そして争う神々を両成敗するだけだ。


 ……って、できるだろうか、このパーティで。

 アローネとてぃあるが何やらキャピキャピ会話しているのを横目に、僕はこれからの旅路に一層の波乱を予感せずにはおれなかった。

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