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瞬間なかすぃ~  作者: 中島賢二
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黄金のジャンプ

小学校五年の放課後、僕は校庭の鉄棒で何日も何度も同じことに挑戦していました。当時長崎のうちの小学校ではやっていたのは、まず鉄棒の上に立ち、立った状態からややしゃがんで両手で鉄棒を握る。しゃがんだ状態、鉄棒を握った状態から、お尻の方に体重を移して勢いよく回る。回る途中でうまく手を離すと鉄棒からムササビのように低空飛行で体が飛んでいく。僕の学校では『グライダー』とか『飛行機』とか呼ばれている技でした。もし失敗すると鉄棒の高さから勢いよく地面に叩きつけられたり、低空飛行に失敗すると半袖半ズボンの体中を擦り剥くわけで、やろうものなら先生から危ないと怒られる、学校では教えない、ちょっと大人の鉄棒技でした。

 僕は怪我をする恐怖感がなかなか克服できず、飛べませんでした。しかしながら、五年生にもなってくると、周りにどんどん飛べるようになる友達が増えてきました。さらに、飛べるだけではなく、上には上がいるわけで、鉄棒を握るときに腕をクロスさせることで飛び立つときにひねりを加えたきりもみ飛行のできる友達や、手を離して飛び立つタイミングをうまく調節して、低空飛行ではなくて放物線を描く滞空時間の長い飛び方のできる友達もいました。また、飛び立つ前に鉄棒の上に立ったままの状態で何回手を叩けるかというのも競争になっていました。その当時、グライダーは、小学五年生男子の、小学五年生男子たるための、ステイタスとなっていました。これが出来なきゃ小学五年生男子じゃない。僕は放課後必死に練習しました。


 鉄棒の上に立ってから、しゃがむ。鉄棒という不安定な足場の上でそれだけの動作をすることが、まず、出来ませんでした。しゃがめるようになってきても今度は、鉄棒を握って、回ることが出来ませんでした。どうしても、体に遠心力を受けて回るという未知の世界への第一歩が踏み出せず、鉄棒を握ったまま体重を後ろに預けきれないで、そのうちバランスが取れなくなってそのまま鉄棒から手を離して足から飛び降りてしまっていました。失敗を何度も繰り返すうちに嫌になってやめて、結局鉄棒に足を掛けて逆さまにぶら下がって考え事をしたり、何日もそんな日が続きました。


 ある日、放課後練習をしようといつもの校庭の鉄棒に行ったとき、クラスの活発な女の子の一人が、すいすいグライダーで飛んでいるところを見てしまいました。衝撃を受けました。なんてことだ。グライダーは男子しかできないと思っていたのに、キュロット穿いてる女子もできるだなんて。これはやばい。さっそく練習せねば。


 さっそくではなく、その女子が、グライダーに飽きて鉄棒からいなくなってから、練習を始めました。


 その日はなんだか少し、それまでと違い、恐怖感に負けてたまるかという気持ちが強くなっていました。今回は手を絶対離さないぞ、そして、怖がらないで絶対体重を後ろに預けるぞと心に決めて挑戦しました。いざ、回転し始めるときにはやはり怖くて目をつぶってしまいましたが、僕の体は鉄棒を握ったまま、回転していく感触がありました。そうなるとむしろ怖くて鉄棒から手を離しきれません。勢いよく僕の体は回転しました。そして、その勢いに耐えられなくなったところで丁度手が離れました。僕の体は勢いを保ったまま空中に放たれました。要するに僕は飛びました。角度があまりよくなかったのですぐ着地しました。着地したあとよろけて尻餅をつきました。しかし、僕は飛びました。目をつぶっていましたが、確かに僕は飛びました。そして気づいたことは、そんなに怖くない、そして楽しい。


 それからは、自転車に乗れるようになった子供のように、急に何でも出来るようになりました。目を開けたほうがスピード感を味わえる。体をなるべく伸ばして大きく構えると、勢いよく遠くに飛べる。始める前に鉄棒の上で立って手を打ち余裕のポーズをする。手をクロスしてひねりを加える。ちょっと上向きに飛んでみる。なんでも出来るようになりました。何十回と技にアレンジを加えて、より速く、より高く、より遠くに飛びました。


 今度はいくつもの技を組み合わせた最高のジャンプをしてやるぞ。そのとき、ちょうど、ヤクルトスワローズの帽子がトレードマークの、ようちゃんが校庭を通りかかりました。ぼくは、大声でようちゃんに声を掛けました。

「ようちゃん、ようちゃん!見とって!今から『半回転十回叩きクロスグライダー』ばするけん!」

ようちゃんは立ち止まってくれました。ただし、高揚している僕と対照的に、あんまり興味はなさそうでした。

「うん、よかよ。」

興味があろうがなかろうが、とにかく、僕が今から大技をやってのける、この瞬間の目撃者になってくれればいいわけです。それに、僕の大技を見ればようちゃんも気のない態度のままではいられないはずです。僕の情熱の炎はいささかも勢いを失いませんでした。

「よう見とってよ!」


―まずは、ようちゃんに背中を向けた体制で鉄棒の上に立つ。次に鉄棒の上で立ったままくるっと体の向きを半回転させてようちゃんの方を向く。その状態で、バランスを保ったまま手を十回叩く。十回叩くのも慌てて叩くのではなく、余裕を持ってゆっくり叩く。そして、鉄棒の上でしゃがみこみ、腕をクロスさせて鉄棒を握る。体は遠心力を目いっぱい吸収するため出来るだけ背筋と足をピンと伸ばし、そのまま体重を後ろに預けて大きく回る。回転力と上向きの力の丁度いいところで手を離す。体はひねりながら軽い放物線を描きながら、なおかつ勢いよく空中を舞う。なんとも言えない無重力感。ちょっと空中で時が止まった感じのする滞空時間。そして着地。全くよろけない、見事な着地。やった!『半回転十回叩きクロスグライダー』の完成だ!僕は、いや、俺は、今や、やり手の小学五年生だ―


 自分の技に酔いしれた、一秒ほどの余韻から覚めて間もなく、俺はキッとようちゃんの方を見ました。

「見た?見た?ようちゃん!すごかやろ!ね!ね!」

興奮している俺の、ようちゃんもきっとびっくりするはずだという予想とはうらはらに、ようちゃんは相変わらず気のない様子でした。そして、言いました。


「うん。まあ、どうでもよかばってん、さっきからずっとキンタマブクロのはみ出て見えとるよ。」


 まあ、よく見ててとはいいましたが、そういうところを、見られても、困るわけで、また、ようちゃんの言うとおり、なんだか、もう、どうでもよくなった僕は、鉄棒やめて家に帰ることにしました。

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