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瞬間なかすぃ~  作者: 中島賢二
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ワープの夜

二十歳の大学生。神戸。初めての居酒屋アルバイト。弟子入りしたのかと思うほど厳しいアルバイト先で、新しいアルバイトが入っちゃ辞め、入っちゃ辞めして、初めてのアルバイトだから一年は勤めようと頑張っている僕以外のアルバイトはなかなか定着しない中、やっと定着してくれた女の子がいた。十八歳、高校を卒業したてのフリーアルバイター。昼間はフルーツフラワーパークで働いてるんだそうな。テーマパークで働くなんてすごいや。


高校に入り、大学進学を希望する人たちばっかりの中で当然のように大学に入学した僕にとって、フリーアルバイターってものは新鮮で斬新でならなかった。高校卒業して、とりあえずフリーって、そんな生き方があったんだ。狭い世界で生きていた僕は、目が覚めるようだった。


中学校のとき、隣のクラスに転校生が来た。目鼻立ちの整った可愛い娘だった。その子から突然話しかけられ、ドギマギしたことがある。今考えると、それは多分、自分で自分のことを目鼻立ちが整っていると自覚しており、特に目立ちもしない男に話しかけたらドギマギするだろうと計算のうえ話しかけていたのだろうと思うが、当時は一時その子は僕のことが好きなのか、とドキドキした時期があった。そんな気ないくせに、人の心をもてあそびやがって。この恋テク使いめ。もちろんその子とは何もなかったのだが、フリーアルバイターの女の子はその子に似た、目鼻立ちの整った、鼻筋の通った女の子だった。中学当時何もできなかったけど、今度はアルバイト仲間。アルバイトの仕事内容はしんどくて、ほとんど仕事中に油を売る暇はないが、接点は中学の頃よりは多いかもしれない。


フリーアルバイターの女の子は九時あがり。僕は十一時あがり。仕事中はなかなかしゃべれないほど多忙。もじもじしている間にあっという間に時が過ぎていった。一年働いたらスパッとやめようと思っていた一年が経とうとしていた。アルバイト先は、フリーアルバイターの人が連れてきた、もう一人のフリーアルバイターが入っていて、三人で働いていた。


大学で、知り合いの同級生が話しかけてきた。

「うちのバイト先の居酒屋、かわいい娘めっちゃおるで。お前の店にはおらんの?」

「え、ああ、いるよ。」

「そうなんや。好きなん?」

「いや、好きとか急に言われても。」

「お、好きなんや。いいなあ。」

いや、内心好きなのかもしれないけど、対外的に言うほどの段階ではない。好きだと言ったらなんなんだ。めんどくさいなあこの人。まあ、いいか。


アルバイト先で、

「あの、今度アルバイト辞めるんですよね?」

「うん、そうだよ。」

「これ、私の電話番号。」

「え?」

「アルバイト辞めても、遊びましょうよ。」

「・・・ありがとう。」


こんなことがあるのか。皆で遊ぼうという意味かもしれないけど、連絡先を渡されるなんて人生で初めての経験だ。すごい興奮する。興奮するけど、とっさに気の利いたことは言えず、ただ、ただ、連絡先をもらうだけに。でも、嬉しい。電話番号のメモに洗濯ばさみを二本つけ、テレビ台の上によく見えるように飾り立てた。


アルバイトを辞めた後、ある日、勇気を振り絞って電話。

「こんばんは。」

「こんばんは。あ、そうそう、こないだ、こまっさんがバイト先に来てくれたんですよ。」

こまっさんとは、このアルバイト先で珍しく長く勤めていて、僕と2か月ぐらい一緒に働き、学校の授業の都合で、女の子が入るよりちょっと前に辞めた人だが、ちょいちょい居酒屋に現れて、その人懐っこい性格から、女の子も知り合いになっている人だ。

「ああ、そうなんだ。」

「それで、今度、皆で飲みに行こうって話になったんですよ。もちろん来るでしょ?」

「ああ、行く。」


そして、いよいよ飲み会。指定された居酒屋に行く。僕の後に入ったアルバイトさんも来るって話だ。その人、以前の僕みたいに結構マスターママさんに怒られているらしい。話題が共有できるといいな。そして、これを機会にあの子と仲良くなれるといいな。まずは、グループでわいわいやるところからだ。アルバイト先以外で会うの初めて。ワクワクするな。


「あれ?」


ふと居酒屋の中を見上げると、あの知り合いの同級生。ここで働いていたのか。居酒屋のTシャツとエプロンをしている。


あ。


え?


あ、まだ、あの誤解、解いてなかった。まあ、いいやと思って。やばい!混ぜるな危険の人が同じ店に。うそだろ?神戸に何百軒居酒屋があるんだよ?よりによって?そいつ、性格上、絶対茶々入れてくる!なんとかやり過ごせないかな。


居酒屋はにわかにいそがしくなり、知り合いの同級生はなかなか我々のテーブルに来れなかった。よし、このまま乗り切れるか?早く店を変えよう。しかし、店の忙しさが小康状態になったところで、待ってましたと言わんばかりに知り合いの同級生が僕らのテーブルに現れる。


「こんばんは。ごゆっくり。」


普通の挨拶。これで終わってくれ!


「ところで、お前が好きなやつって、この人?」





そりゃ好きだよ?好きだけど、まだ、女の子になんにもアプローチしてないのに!今からなのに!なんか、もじもじして同僚に好きな子がいると言っておいて、全然行動を起こさないやつみたい。大人の男なのに、好きな人に好きと言えずに友達に相談する奴みたい。皆の前でばらされた形。恥ずかしい!恥ずかしくて、いろいろ頭の中をいろんなことが駆け巡って、何か吹っ飛んだ感じ。





酒というものは便利なものだ。二十代前半。なかなか酒に酔わない僕が、酔っても吐けばすぐもとどおりになる僕が、そのときはその後の記憶は一切ない。僕は気が付くと翌日の自宅のふとんに時空を超えてワープしていた。あの後、どうだったのか、思い出せないし、思い出したくもない。おそらく恥ずかしくてたまらない状態になったのだろう。思い出したくもないから、それ以来、その電話番号には電話をしていない。その子との触れ合いもなくなってしまった。電話番号もどこかに行ってしまい、二度と連絡は取れなくなった。


翌年阪神・淡路大震災の後、その子とばったり会った。よかった。ずっと気になっていたのに、連絡先が分からなくて・・・・。ただ、彼女、男と一緒だった。それはそれでもいいや。心配してたけど無事だったんだから。あのあと僕とあの子が進展したとは思えないし。恥ずかしいことを思い出したくないから、きれいに忘れよう。きれいじゃねーよ。でも忘れよう。

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