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瞬間なかすぃ~  作者: 中島賢二
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水面下の戦い

この小説は、幼くは長崎で、学生時代を神戸で、そして長崎県庁に就職し、佐世保、長崎、対馬、また長崎と転々とした男の、人生の転機、降りかかる試練を書いたものです。


これはどういうことだ?

泥酔状態から酔いが一気に覚めた。科学的、生理学的にそういうことがあり得るんだな。一気に正気になった。

ホテルの廊下で素っ裸でいる自分がいた。僕は何をしてるんだ?


 平成二十七年六月十日、四十二歳の僕は東京のホテルにいた。長崎県庁土木部に異動して一年目。土木関係職員の間では花形の部署と言われているところだが、とにかく自分の実力に対してはるかな激務で残業に次ぐ残業で睡眠時間は毎日四時間程度、土日も職場に出る生活。次から次に仕事が舞い込み、土木部各課を廻ってアタックし続けなければならない業務内容。日々疲れて、洗濯をしそびれてワイシャツがなくなるほどの生活。毎日、バタンキューとはこのことかというほど帰ってすぐ寝る生活。部屋にはロフトがあり、寝床があるのだが、そこまで上がる元気もなく、下の部屋でそのまま服を脱ぎ捨てて寝る生活。東京に行く間の飛行機内は久しぶりの爆睡。そんな状態だった。


 長崎県知事が国の要人へ年に一度、要望書を提出する、「政府施策要望」の担当に手伝いとしてついていく形で土木部長と一緒に東京へ。その後合流した土木部の各課長とおつきの人との出陣式を兼ねた飲み会。疲れている体にアルコールが染み渡ったんだろう。ホテルに帰った記憶もない。そして、いつものように服を脱ぎ捨てて寝たんだろう。


 そうだ、思い出した。ここは東京のホテルだ。

 

 ここで着目すべくは、なぜ、すっぽんぽんでホテルの廊下に出たか、だが、ちょうど長崎で住み始めたアパートの、ロフトに上らず寝ていた部屋とトイレの位置関係が、ホテルでいうとちょうど寝室と廊下への出口になっていたので、いつものくせで、裸でトイレに行くつもりで廊下に出てしまったんだろう。


部屋はオートロックでカギが閉まってしまった。すっぽんぽんで、辺りを見回すと、廊下、エレベータ、非常階段しかない。トイレもない。物陰もない。一時避難ができない。電話もインターホンもない。置物とか、とりあえず股間を隠すツールも一切ない。今すぐ行動しないと誰かに見られたら終わりだ。部長や担当の部屋は何号か知らない。フロントに助けを求めるしかない。エレベータは誰かと一緒になったら終わりだ。階段か?非常階段に手をかけた時、思った。非常階段は屋外階段だ。そして、防犯のため、外から開けられないはず。屋外にすっぽんぽんの人間が出て、中に入れなかったら、外の人から通報される。ホテルの中だけの話じゃなくなる。最悪だ。酔いが残りながらも冷静な判断をギリギリして、非常階段から行くのを止めた。となると、あとはエレベータしかない。エレベータで人に出会ったら終わりだが、これしかない。判断を早くしないとますます危うくなる。決死の思いでエレベータの呼び出しボタンを押した。

エレベータが来た。誰も乗っていない。心を決めて乗り込んだ。目指すは一階。六階から一階のエレベータ移動がこんなに遠く感じるのは初めてだった。人が乗ってきたら一巻の終わり。やった!、やっと一階に到着。でもここからもフロントまでに人に会ったら終わりだ。股間を隠しながら、フロントに行く。フロントには客はいない!壁伝いにフロントに行き、フロントに斜め下から話しかけた。

「すみません、助けてください。」

「はい。あ?あ??何してるの?」

水面の下から急に顔が出てきた感じで、しかも服を着てない男から突然話しかけられてたじろぐフロント。

「間違って廊下に出てしまって・・・」

「え?」

フロントは少し戸惑った後、

「はい、これ着て」

フロントの人がパジャマを渡してくれた。ただ、よくあるビジネスホテルの短いやつだった。

「もう一つあげようか?それじゃ隠せないでしょ。」

パジャマをもうひとつもらって、とりあえず大事なところを隠した。

「何号室?」

部屋番号を答えてカギをもらって、一目散に部屋に戻った。


政府施策要望といえば、関連して上京する各部の職員は合計百人を超える知事御一行の大きな行事。ここで起きたことを変なタイミングで報告したら、あっという間に知事に伝わって、厳しめの処分が下るかもしれない。無事(無事?)で済んだんだし今は報告できない。でもこちらが誰にも言わないうちに、ホテルがいらんこと通報とかして警察沙汰にならないかはドキドキしてた。


裸の感覚が残ったまま、スーツを着て要望活動を行った。


ひととおりのバタバタした要望活動が終わって、羽田空港で、担当に起きたことを伝えた。担当は一つ年上だから、上司だ。よし、たった今、可及的速やかに現場の担当者でもある上司への報告もした。あとはもう知らない!


二年後、政府施策要望の正担当として、仕事をやり遂げた。禊(?)は済んだ!


現在僕は、普通に県職員として働いている。なんら処分も受けてない。大丈夫だったみたいだ。これ以上人には言わんとこう。


ただ、令和二年、大病して、回復して、なんだか、気持ちが変わって、ネタにするわけではないが、政府施策要望のさなか、孤独に水面下で戦っていたことを、ここに告白する。

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