龍の如し一撃
「今回も今までと引き続きバレーを行う。それぞれ四人のグループを作り、それぞれで準備体操等を行ってくれ」
この学校に入って初めての体育。その内容は四人制のバレーの様だ。中学の時はグループでやる事が嫌だったが、今の俺には照示がいる。
当然、俺は照示と同じグループになるのだが、もう二人はどうなるのだろうか?
「湊君。俺と一緒にやらないか。昨日の謝罪の意も込めて」
「あ゛? 湊は俺の何だが。お前が寄り付いてんじゃねーよ」
「別に君には関係ないじゃないか。湊君は誰のものでもないよ」
「あ゛あ゛ん?」
空気悪ッ。嫌だな……この二人と同じグループは。けど、知り合いと言ったらこの二人と一さんしかいないしな……。
嫌だけどそうなって欲しい。この選択によってどちらかのフラグが立ち、どちらかフラグが立つ可能性が消え去る。究極の選択肢を前に俺の思考は掻き乱される。
「湊君はどうなんだい? 俺と同じグループは嫌かい?」
「えーっと、そうだね……。と言うか、残っているの俺らともう一人しかいないから、もうこのグループと彼で決定だよ」
陰キャ系男子一人が残ってくれていたおかげで、俺が選択しなくても良くなった。
今後の関係性は現状維持。ありがとう、陰キャ同志よ。
「あー、嫌だな、アイツとバレー。何故よりにもよってチームスポーツなんだ。敵ならボコボコにしてやれんのに」
「照示と南雲君の間に何があったの? そんなに嫌われる理由を作る様な人には見えないんだけど」
南雲君がもう一人を呼びに行っている間に、愚痴を零した照示に聞いてみたが──
「まあ、機会が来たら教えてやるよ」
軽く去なされてしまった。まあ、誰にだって言いたくないことの一つや二つ、あるものか。
無論、俺にも中学時代の話とか諸々言いたくないのがある。
「さて、さっさと体操してバレーやろうぜ」
「おー」
うーん、ノリが悪い。照示はまだしも、同志は声を出してくれても良いんじゃないかな。
あっ、そう言えば斗弥に最初に話しかけられた時、俺も声出なかったわ。じゃあ、声が出ないのが正解なのか。よくやった、同志。
そんなどうだっていい事を思いながら体操を終えた。
「さてと、体操も終えた事だし、ぼちぼち初めて行きますか」
「最初に戦うのはあのグループか……。あれじゃん、南雲君の愉快な仲間達」
カーストトップにしてリア充グループのメンバーが固まって、ポンポンとボールは友達と言わんばかりにスムーズにボールを繋いでいた。
へー、上手いな。そう思った瞬間、俺の右耳を何かが掠った。その直後、痛みと熱がじんわりと高まってきた。
「あ、ごめんごめん」
耳に掠ったもの、それはリア充グループの金髪男がふざけて全力スパイクを決めたボールだった。
あと少し横にずれていたら顔面直撃で鼻血大放出は間違いなかっただろう。かと言って、カーストが上の者には下の者は意見出来ない。
「何やってんだよ、一笑」
「斗弥! ちょこっとミスっちまった」
「気をつけろよ」
「あーい」
全然ちょこっとじゃないよね! 身体が向いていた方向とボールが飛んできた方向が九十度以上違うんだけど……。逆にどうやってやったんだよ!
というか大丈夫? あの勢いで試合が展開されたら……俺死なない?
「じゃあ、試合をしようか」
こちらは男子カーストトップの南雲斗弥と俺、友人の神代照示、同志の田中那珂。前から金髪イケメン、元厨二病、茶髪イケメン、陰キャ。
相手はリア充グループの氷室一笑、剛本尚武、新城真とキョロ充男子の佐藤快人。こちらは前から青メッシュ金髪チャラ男、筋肉達磨、童顔、特徴なしだ。
この二つのグループには割りかし運動が出来そうな人が多い。筋肉達磨の剛本は勿論のこと、照示や南雲、氷室、それに一応俺もそこそこ筋肉がついている。
コート内が超次元バトルに付いていけなかった者達の血で悲惨な事にならなければ良いが……。
「それじゃあ、始め」
「よっしゃ、一丁かますぜ」
氷室のジャンピングサーブが放たれる。それは田中へ一直線に飛んでいき、顔面に直撃。
無惨にも吹っ飛ぶ田中とは逆にいた俺の方に飛んできたボールをトスで上げようとすると──
「湊、こっちに飛ばせ」
「湊君、こちらに飛ばしてもらえるかな」
僕の頭上に迫り来るボール。それと共に迫られる選択。照示を選ぶか南雲を選ぶか。
俺は再び今後の関係性にも傷が入りそうな決断を僕は下さなければならない。
「湊君、頑張れ〜♪」
「一さん!」
壁際に寄り掛かって、手を振りながらこちらを応援する一さん。寄りかかっているからと言って姿勢が悪いわけではない。背筋をピンと伸ばし、膝を三角に折っている。
やばい、体操着の楓も可愛すぎる。なんかこう、フェティシズムが刺激される様だ。
そんなバカな事を考えている所為で視線はボールから完全に外れていた。迫り来るボールの事を忘れて、ただ上に手を挙げていたら、ボールは指先に真っ直ぐ突き刺さった。
鈍い痛みが指先から第二関節に広がり、俺は膝を折って悶絶した。
「湊、ナイスー」
「トスに見せかけて、ネット側に入れるとは、中々の策士だな」
二人の評価が痛い。まぐれで入っただけなのに……。というか指が痛すぎる、突き指でもしたかな。
まあ、一さんが楽しそうにしてくれているから良いか……って、何であそこに座っているんだ? 女子は体育館の反対側でバレーをしているはずだけど。
「いくぜ一笑、受け止めろよ」
「おうよ」
「──ふぎゃッ!」
何でこうリア充は力の加減を知らないんだ。ジャンピングサーブが恐ろしい勢いで、すっ飛んでいったはずなのに、平然と受け止めて三段攻撃。今回は剛本のスパイクだ。
全身の筋肉という筋肉を振り絞って放たれるスパイク。顔面に直撃したのにも関わらず、無傷で戻ってきた田中の胴体に再び直撃。
それを食らった田中はさっきよりも遠くに吹き飛ばされていった。具体的にいうと逆側の壁。あんな勢いで吹っ飛んで死んでいないだろうか……。
しかし、田中が身を挺して受け止めてくれたチャンス。今度こそはトスを上げる!
そう思って落下地点に入り、ネット側に上げた。
──その時、龍が昇った。
俺の背後から急接近してきた南雲が、龍が天に昇るが如く滑らかさと素早さで最高地点まで飛び上がり、撓らせた身体を一気に引き絞り、獲物に襲いかかる蜂が如く鋭さでボールを叩き付けた。
そんな恐ろしいほどの身体能力から繰り出されるスパイクが弱いはずがない。ボールは相手四人の間を綺麗にすり抜け、鋭い音と共に地面に叩きつけられた。
「か、かっけー」
「チッ。盗られた」
俺らの声が静寂を破った直後、体育館中から歓声が湧いた。男女問わず皆、南雲のスパイクに引きつけられていた。
声援を送っている人に手を振っている姿は、もはやアイドルだった。絶対になろうと思えば、どこかの事務所が貰ってくれそうだ。それだけ南雲にはカリスマ性があった。少なくとも楓の体操着姿に唆られて、突き指をした俺とは大違いだ。
「さて、試合を再開しようか。今日の俺は調子が良いらしい」
「おい、チャラ男。俺と交代しろ」
「クズ男にチャラ男とは言われたくはないが、良いぜ。斗弥と一緒にバレーしたかったしな」
「よし。南雲、調子に乗ってるテメエの顔面に風穴開けてやるよ」
「やれるものならやってみな。無論、俺が勝つけどね」
照示と南雲君がバッチバチ。二人の間で火花が散っているような幻覚に遭った。
しかし、先日の様な肝が冷える様な感じはなく、スポーツが為せる技なのかなと思う。
俺とか田中とかいるんだから、殺人級のやり取りは止めてね……。──そんな願いは二人には届かず、激しい攻防が繰り広げられた。
俺はまさに戦場にいる様な気分であった。少しでも気を緩めたら死。本能が無意識にそう感じ取っていて、俺は授業が終わるまでずっと極限状態であった。
どうせ俺がボールから逃げても、南雲君とチャラ男の氷室がどうにかしてくれる。
一さんに一生懸命やっている様な雰囲気を見せつつ、コート内を逃げ回っていた。
因みに田中はその後も幾度となく吹き飛び続けた。しかし、あれだけ食らっても、まともに動いてコートに帰って来れているのだから、強靭な肉体と精神を持っているんだなと感銘を受けた。もしくは田中には痛覚がないのか……おそらく前者だろう。陰キャなのにやるなあ。同志として尊敬する。
何故って? 俺だったらあんな事になったら絶対に逃げ出している。だって、痛いのは嫌じゃん。
情けなくても自分の身は守りきる。逃げ恥が信念の男。──それこそが湊柊仁。