それは、なんて事ないガールズトーク
──楽しい楽しいプールの時間。そこから時は少し遡り、これは女子更衣室にてまだ楓とミオが各々の水着に着替えようとしている時の事だった。
「──プールなんて久しぶりだな〜」
「そうなんですか?」
「うん! アメリカの学校じゃ、水泳の授業なかったし」
ミオは購入した水着を繁々と見つめながら、久しぶりのプールに思いを馳せていた。
しかし、楓にとってミオのそんな姿はあまり納得行っていないようだった。
「向こうの御自宅にはプール無かったんですか? アメリカでお金持ちの人の家って、でっかいプールが併設されているイメージですけど」
「うーん……確かに周りはそういう家も多かったかな? けど、お父さんが別に要らなくない? って、造らなかったんだよ」
それに色々と管理もめんどくさいし、と言うとミオは困ったように笑った。
その笑いには、周りに如何にも豪勢な造りをしている豪邸が乱立している事に対しての呆れも含まれていたのかもしれない。
見栄え重視ではなく、実利的なのは十六女家が小金持ちと大金持ちを経験しているが故なのかもしれない。
「──ところで、いつまで水着を持ったまま固まっているんですか?」
「……バレた?」
「そりゃまあ……」
楓と話をしている最中、ミオは服を脱ぐでもなく水着を手に持ってそのまま突っ立っているだけだった。
対する楓はボトムの横紐を完全に結び終えており、残すはトップだけとなっている。
「いやぁ〜……ねぇ?」
「今更、恥ずかしいと言いませんよね?」
「ぐぬっ?!」
「家ではあんな無防備な格好で居るんですから、何を今更恥ずかしがっているんですか」
「くぅ〜〜〜!!!」
珍しく煮え切らない反応を見せるミオ。
その原因が彼女のぺったんまな板にあると楓は一瞬で見抜いていた。
──ミオは柊仁に自分の無乳を見られるのが恥ずかしいのである。
勿論見られると言っても水着の上からで、別に直接見られる訳ではない。
楓からしたら、タンクトップ一枚で柊仁のベットに侵入したりしている方がよっぽど恥ずかしい事に思える。
ぶっちゃけ、事故とはいえ柊仁にタンクトップの中を見られた事もあった。
しかし、どうやら楓の羞恥心とミオのものは違うらしい。
「──水着は形が出ちゃうじゃん! 真っ平なのバレちゃうじゃん!」
「……もうバレてると思いますよ」
「それでもさっ!」
突然発された大きな声に周りが訝しむような視線を送ってきたが、それでもミオは止まらなかった。
「自分から見せるのは違う、違うんだもん……」
「うっ……。──不覚にも可愛いと思ってしまった自分を呪い殺したい……」
これまたいつもとは違っていじらしいミオの様子に、一瞬であるが心を奪われてしまった楓は下は水着、上は洋服というヘンテコな格好のまま心臓を抑えた。
だが次の瞬間、およそ恋敵に向けるべき感情では無かったと、握っていた拳を手刀にして心臓部を突いた──不思議な自戒方法だこって。
「よいしょっと……別に柊仁君はぺったんであろうと、まな板であろうと何も思わないと思いますよ」
「え……?」
自分を戒めている間も固まっているミオに対して楓は思うところがあったらしく、上着を脱ぎながら優しくそう告げた──『ぺったん』や『まな板』と無乳を強調しているのは、優しさと敵対心が鬩ぎ合ってるからなのか……。
しかし、心優しい楓はライバルには絶対に送りたくないが、それでも思っている事を告げた。
「柊仁君は貴女の内面が好きなんですから……ぺったんであろうとなかろうと、貴女の事を好きなままですよ」
「そう……?」
「はい。むしろ、柊仁君が身体で貴女を判断していると思っているのなら、貴女は私の恋敵ですらないです」
最初は優しく、最後は少し不機嫌そうに楓は告げた。
柊仁が大事にしているのは外見ではなく内面、少し関われば誰でも分かる事だ……多少、変態であるけれど。
それを理解していないミオの態度に楓は少し腹が立っていた──恋敵だと思っていたのに、肩透かしを食らった気分なのかもしれない。
だが、ミオは楓の中で沸々と湧いている怒りになんて気付かず、満面の笑みを取り戻していった。
「そっか、そうだよね! それがピリオドだっ!」
「はい、それが柊仁君です」
さっきまで落ち込んでいた雰囲気は何処へやら、一気に明るくなったミオを前に楓は手のかかる妹を見ているみたいで少し頬を綻ばせた。
面倒見の良い優しい姉と、手のかかるがどこか憎めない可愛い妹──柊仁が思い描いていた光景が、彼の与り知らぬところで広がっていた。
「──ただ……」
良い空気が出来上がっていた所に急に差し込まれたミオの待った。
何だろうかと思いながら、楓は急に顔の前に出されたミオの掌を見つめていると──その手はまっすぐ急降下して、服を脱ぎ無防備となっている楓のたわわを掴んだ。
「こんなおっぱいを持ってる人に言われたくなかったなぁ!」
「ちょちょ、やめてくださいっ! ここは人目もあるんですよっ」
「やーだね! この鬱憤、この胸を千切らなくては晴らせぬっ!」
人目も憚らず、楓の生乳を力一杯揉みしだき始めたミオ。
しかし、その手は不思議そうな声と共に止まった。
「──ん?」
今までは楓のおっぱいにしか目が入っていなかったミオ。
しかし一度視野を楓の全身に広げてみると、その『瞳』には妙なものが見えたのだ。
「……貴女の目には見えるんですね」
「今まで気付かなかった。けど、それは……」
この世の全てを解き明かすミオの目に映し出された明らかな異常。それは今までミオが見た事もないようなもので……。
それについて言及しようとした瞬間、楓はミオの唇に指を添えてその言葉を遮った。
「──柊仁君には秘密ですよ」
「けど……」
「秘密、ですよ?」
「…………」
念押しをするように繰り返し告げてくる楓の瞳には、達観しているのに寂しさを抱え、納得しているのに否定したい──そんな相反する感情がぐちゃぐちゃに混ざった感情が映し出されていた。
それを見たミオはただ口を塞いで黙るしかなくなってしまった。
しかし、それは楓の望むところではないようで、奇妙な雰囲気を一変させると微笑みながら言った。
「柊仁君が待っています。早く行きましょ?」
「う、うん……」
「自分で着替えられないのなら、私が着替えさせてあげましょう」
「それは……大丈夫だよ」
大丈夫と言われたが、それでもいつまで経っても脱ごうとしないミオの上着を掴むとすぽんっと脱がした。
そこでミオは楓に制止をかけると自分で服を脱ぎ、ようやく水着を身につけた。
「うんっ! 柊仁君が認めただけあって、やっぱり可愛いですね。これはナンパされちゃうかもですよ?」
「……うん! けど、怜音が守ってくれるから大丈夫だよっ!」
「おっ、それは良いですね〜。もしナンパされたらシカトしちゃいましょう♪」
「それいいね〜!」
いつもよりもテンションを上げて、下がってしまったミオの調子を取り戻そうとしてくれている楓。
彼女の気遣いに応えようと何かを考えるような素振りをした後、ミオも入れ替えて明るい笑顔を再展開させた。
「さ〜て、柊仁君を脳殺しちゃいますよっ!」
「おー!」
──心機一転した楓とミオは折角の水着を最大限利用しようと、張り切って更衣室から出ていったのだった。




