得意な事で負けると悔しい──私に得意な事なんてないけどねっ☆
「──ほら、プールですよ! だから、そんなに落ち込まないでくださいよ〜」
「いや、けどぉ……」
──ナンパ男達から楓達を守れなかった俺は現在進行形でめちゃめちゃ落ち込んでいた。
「怜音さんのお陰で面倒な問題が残らなかったんですし、あれで良かったんですよ」
そう言うと楓は精一杯背伸びをして俺の頭をポンポンと優しく叩いてきた。
子供であったらそれであやされていたかもしれない。しかし、俺はもう半大人だ。
目撃者なくしの閃光弾といい、怜音さん達が対処してくれた方が面倒事が起こらなかったとはいえ、それでも男としての矜持が己の行動を認めてはくれなかった。
第一、非現実的すぎて身体が動かなかったって何だよ! 普通にビビってたよりも性質が悪い。
──アニメ的出来事だと思って、楓達を見せ物にしたのと同義だ。
守らなければならない少女達を守らなかった、その事実が俺を際限なく苦しめていた。
「ぐおおおおおおお……」
「…………はぁ。仕方ないですね」
「はい、こっちだよ〜♪」
自責の念から苦しみ悶えていると、隣に立っていた楓は大きなため息を吐き、ミオが俺の手を引いて歩き始めた。
どうしたのだろうか──そんな事も考えられないくらいの落ちこみよう。
故に、自分の身に迫る危機を察知する事が出来なかった。
「「せーの……とうっ☆」」
「ん?──ってぇ、ごぶるはっ!」
俺を何処かへ引っ張っていくと背後に立った楓とミオ。
そんな二人は小さな合図を挟んだ後、両手を前に突き出して──俺をプールに突き落とした。
突き落とされたプールは流れもなければ何もない、ただ水が溜まっているだけの子供用プール。面白みの欠片もなければ誰も使用していない。
故にここに突き落とそうと決めたのだろうが──
──人間、十センチもあれば溺れられる事をご存知だろうか?
物思いに耽けていて意識が外界に向いていなかった俺は急に冷水に突っ込まれて……パニクった。
普通なら取れる行動もうまく取れず、多少バシャバシャ抵抗した後に──
「ぶくぶくぶくぶく……」
「あれ、これヤバいやつですかね……?」
「ぴ、ピリオド〜!!!」
子供用プールの底に沈んで出てくることはなかったのだった──
★☆★☆★☆★☆
「──ごほっ、ごほっ……あっぶねぇ」
──まあ、沈んで出てくることがなかったってのは嘘なんですけど。
自責の念に気を取られて初動が遅れたのは失敗だったが、なんて言ったって俺は『時空神(笑)のカッパ野郎』だ。
いきなり突き落としてきた楓達を驚かせてやろうと、プールの底に張り付いてぶくぶくしていたのだ──普通の人間なら勝手に浮いてしまうのに、底にぴったりと張り付いて待機とは……やはりカッパ!
作戦は成功していた。狙い通り、楓とミオはかなり取り乱していた。
だが誤算だったのは──救助隊が動いた事だった。
プールの底に自律的に沈んでいた俺は急に上に引っ張り上げられて、肺の中に溜めていた酸素を大きく失った。
その所為でプールの水をめちゃくちゃ飲み、危うくカッパなのに死にかけた──これぞ、カッパも筆を誤って木から落ちる……あれ? 色々混ざったな。
「いやぁ……ごめんなさい。柊仁君がいつまでも落ち込んでいるのを見ていられなくて」
「俺も気分を切り替えられたからちょうど良かったよ。折角プールに来たんだから、いつまでもうじうじしてちゃダメだったよな」
今回の反省は俺の中だけで始末を付ければ良い。何も外に出して空気を悪くする必要はなかったのだ。
「遊ぶかっ!」
「「おー!」」
──怪我の功名……と言うとちょっと違うが、プールに落ちて心機一転、俺達は色々遊び回った。
「ピリオド! まずは私と勝負だよっ☆」
「おお! この『時空神(笑)のカッパ野郎』に勝負を挑むとは本当に命知らずだな!?」
「ふふっ、大海龍の力を舐めない方がいいよっ!」
「──それじゃあ、よーい……どん!」
まずは大プールを使って、俺とミオが1500mのガチ水泳勝負をした。
泳ぎ方は自由、とにかく速くゴールした方が勝ちというルールだ。
俺が選択したのは当然──平泳ぎ。
俺がカッパの異名を獲得する事になった所以がこれだ。
非公式だが、世界記録をも追い抜いた俺の平泳ぎの速度をとくと味わえ!!!──
「──勝者、ミオ〜〜〜」
「いえい☆」
「な、何故だ……?」
この俺が水泳において敗北を喫する事なんてある筈が……!
「本当に速いですね〜、貴女の犬かき」
「イヌカキュイイイイィ!?」
「ふふ〜ん♪ ピリオド程度、犬かきで楽勝だよっ♪」
楓の口からミオの泳法を聞いた瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
俺の最強の平泳ぎは犬かき程度に、負けたのか……?
「ミオの日常チートはその『目』のお陰のはず……! どうしてなのにどうして水中でもチートが?!」
水中の中では共感覚によるチート芸は出来ないはずっ!
そう訴える俺に対してミオは「くっくっく」と笑うとビシッと格好つけて言った。
「──いつから水中でこの目が使えないと言った?」
「ナニイイイイイ!?」
喫茶ス○ラの火打谷ちゃん方式じゃねえのかよおおおお!?
水中じゃ目の異能は使えないっていうのがお決まりだるぉおおお!
「くっ、負けた……」
「私の勝ちぃ!」
「……いや、柊仁君も十分速かったし良いじゃないですか。勝負中、観てる人達が物凄いザワザワしてましたし……」
落ち込む俺に物すっごくフォローを入れてくれている楓。
しかし、そうじゃない、そうじゃないんだ。
「──自信のある競技で負ける屈辱ほど悔しいものはないんだよ!?」
「うわっ、めんどくさー……」
「ミオっ! もう一回勝負だ!」
「ふふ、何回やっても結果は同じだよ?」
再び勝負を挑んだ俺は監視員の『飛び込みはやめてくださーい』の声を振り切って全力で飛び込んでスタートダッシュを決めた。
最初の勢いそのままにぐんぐんと平泳ぎで水中を掻き進む俺。
これは勝ったっしょ!?──そう思っていたのだが……。
「──勝者ミオ〜」
「ノォオオオオオ!」
──負けた、普通に負けた。しかも本気を出したミオには倍くらいの差を付けられた。
「もう一回! さっきは疲れてただけだから、次は……次は勝てる!」
「負け惜しみですねぇ……」
「もう疲れたからやーめた」
「ええ!?」
そんな風に水泳勝負は二戦二敗という無残な結果で終わってしまった。
いや〜、もう一戦してたら勝ててたんだけどな〜。ミオがやらないっていうから、『仕方ないから』二敗を受け入れてあげよっかな〜? いや、ホントもう一回やれば分からなかったけど──え、うるさい? うっせ、俺は認めねぇぞ!
「私、ウォータースライダーやりたいですっ!」
「あー! 私も!」
「そういえば、ここのウォータースライダーって結構有名だったっけ?」
確か……でかい、はやい、たのしい──で、この辺りだと結構有名だった気がする。
ウォータースライダーか。猛烈な流水に身を任せて、空を切り裂き未来へ飛ぶ俺──うーん、最高!
「あっ……けど同時に出来るのは二人までか。ならここは……」
注意書きとかが書いてある看板には同時に二人まで、としっかりと明記されている。
今も滑ってった人がいるけど、あの密着様は色々と危ない。
なら、ここは楓とミオが──
「──いいよ、二人で行ってきなっ!」
「「え?」」
「今回は譲ってあげる。楽しんできなよっ!」
ここは楓とミオが相乗りして俺は一人で、と言おうとした瞬間──あのミオがそんな事を言ってきた。
常に俺との行動を望み、ましてや楓に俺を譲るなんてあり得ない……そう思っていたのだが。
「私は怜音と滑るからさっ♪」
今まで俺達を見守るのに注力していた怜音さんを楽しませたいらしい。
従者のことを思えるなんて、ミオはなんていい子なんだろうかっ!
「楽しんできてね〜♪」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて行きましょうか」
「ああ。そうだ、ね?」
いつも以上にニコニコとした笑顔を浮かべて「楽しんでこい」と言ってきたミオ。
それに対して多少の違和感を感じたのだが、それ以上に違和感だったのは──楓が、若干だが微妙そうな視線をミオに向けていたような気がしたからだ。
しかし、そんな事を気に掛けていられるのも束の間──
「うぎゃああああああ!」「きゃあああああ!」
あまりのウォータースライダーの怖さに思考を半分持っていかれたのだった。
……え? もう半分はどうしたかって? そんなのなぁ──
(やわらかい、あたたかい、やわらかい……うおおおおおお、頑張れ理性ィイイイ!)
水着の状態で楓の背後から抱きつく形で滑ってて、彼女の柔らかい身体が俺の野性をモロに刺激してくるから!──理性が弾けて、彼女のたわわに手を伸ばさないように頑張ってたんだよっ!!!