この作品の女性陣、スペック高すぎ高杉くん
「──それじゃあ、俺達は帰るけど大丈夫か?」
「ああ、楽しい時間をありがとう」
俺と楓にミオ、そして我が両親との姦しくも心地の良い時間は終わりを迎えた。
両親がこの家を訪ねてからまだ三時間も経過していないが、父さんの仕事の都合上もう戻らないといけない──今も変わらず立派なドクターらしい。
「金は足りてるか?」
「大丈夫だよ……というか、口座にあんだけ入ってるんだから余って仕方がないよ」
父さん達は俺と別れた後も、仕送りとして金だけは送り続けていてくれた。
ドクターとして非常に立派に働いている父と薬剤師の母の収入は凄まじいものであり、あの件の申し訳なさからか、その半分近くを与えられ続けた俺の銀行口座には使い切れない程の金が貯金されている。我ながらどうして金銭感覚が崩壊していないのか疑問になる程だ。
──そりゃ詐欺師も目につける訳だ。
「連絡先は交換したし、あとやらなければならない事は……」
「お義母さんの話はしなくていいの?」
「ああ、そうだ。完全に忘れていた」
「お婆ちゃんがどうしたの?──まさか死んじゃった?!」
俺のお婆ちゃん──湊雪江は父さん達と別れた後に、生活面や精神的に支えてもらったりと色々と面倒を見てもらっていた。
とても恩義を感じているし、とっても大好きな人の一人であるお婆ちゃんだが、この春先から大きく体調を崩して入院していた。
詳しい病状は教えてもらっていなかったが、お婆ちゃんの家……というか旅館に居候している従妹の話によるとかなり危ない状況だったらしい。
もしかして、それが進行した末に死んで……と悪い方向へ推測してしまったのだが──現実はどうやら違うようだった。
「いや、死んでない。むしろ逆だ、元気になって最近退院したらしい」
「あっ、そうなの……良かった」
春先から入院していたと言ったように、お婆ちゃんとはしばらく会っていない。
この家からお婆ちゃんの旅館までは中々に距離があり、向こうに行こうにもちょっとした旅行という形になってしまうからだ。
だからこの夏休み中にでも行こうと思っていたが、退院していたとは思ってもいなかった。
「それでお袋から──元気になったから顔を見せてくれと伝えてほしい、と言われてな」
「ああ、分かった。適当に時間作って行くよ」
「そうしてくれ。お袋も喜ぶ」
お婆ちゃんの旅館は他県だから行くとしたら……夏休みの終わりくらいかな?
その頃になれば補習も終わっているだろうし、何も気にせずに向こうで過ごす事が出来る。
一週間は……少し長いが、それくらいは久しぶりに向こうで生活してもいいかもしれない。
楓とミオも行く……かな?
「あとは……やり残した事はないな」
「ええ。柊仁……改めて、愚かな私たちを許してくれてありがとう。何か困ったら気軽に言ってね」
「ああ、分かった」
来た時のガッチガチだった雰囲気は何処へやら、母さんは柔らかい笑顔を浮かべてそんな事を言ってきた。
ようやく、俺たちの間に『普通』が戻ってきたのかもしれない。
そんな風に感慨に浸っているのも束の間、母さんは俺の正面から姿を消してミオのそばに駆け寄っていた。
「ミオちゃんも、またね」
「はい〜。また会えるのを楽しみにしています♪」
「うふふ、本当に可愛いわね〜」
未だに猫を被り続けているミオの頭を撫でて、俺を前にした時以上に頬を緩める我が母──あれ? そっちがお子さんでしたっけ?
そんな疑問を抱いていると、今度は我が父が楓の目の前に向かった。
「楓さん、改めて柊仁を頼んだ」
「はい、任されました♪」
ゆっくり、おっとりした庇護欲をくすぐられる少女を演じるミオに対して、背筋をきちっと伸ばして頼もしい女の子を主張した楓。
そんな姿に納得したのか、倒産は満足げに頷いてもう一度「頼んだ」と呟いていた──あれ? 楓って俺の妻だっけ?
いつの間にか妙な刷り込みが成されていた我が両親に首を傾げていると、疑問の対象である両親は「またね」と告げて玄関から出て行ったのだった──
★☆★☆★☆★☆
「──とても明るい方々でしたね」
「とっても楽しかった〜♪」
父さん達がこの家から去ると、さっきまでワイワイしていた二人がそんな感想を漏らした。
当然の襲来だったから負担になっていないかと心配だったが、どうやらそんな事は全くなかったらしく安心した──まあ、さっきまでの姿を見ていれば当然か。
「楽しかったって……貴女、柊仁君のお母様にに取り入ろうとしていましたよね!」
「なんか悪い〜?」
「悪いに決まっているでしょ! お陰で私は敵扱いだったんですよ!?」
「にしし、ドンマ〜イ」
母さんに敵認定された楓の抗議にミオはニヤニヤと笑っている。
その姿が余計楓を刺激して、「その姿、お母様にいますぐ見せた手上げたいです」とキレていた。
しかし、ミオはただキレられていただけではなかった。
「そう言うそっちも、ピリオドの父ちゃんに取り入ろうとしてたじゃん!」
「私はありのままの力を力を評価してもらったんです〜。何処かの誰かさんと違って私は自分を偽っていませんので」
「なんだとっ!」
「──こらこら、喧嘩しなーい」
楓の怒りにしっかりとミオも応戦して、争いの火花がばちばちと燃え上がっていく。
どんどん膨れ上がっていく熱量、それが大爆発を起こす前に俺は止めに入ったのだった──やっぱり、この二人の諍いの原因、俺?
爆発寸前まで熱が上がっていた二人だったが、止めに入るとそれはすぐに鎮火していった。
しかし、ただでは熱を鎮められなかったようで──
「今日はこの辺にしておいてあげます」
「ふん、それはこっちのセリフだよっ」
そんなセリフを最後に交わし合っていた。
「それそうと──お婆ちゃんさんって、どんな方なんですか?」
「お婆ちゃん?」
「はい。お婆ちゃんさんの話はあまりしっかり聞いた事がありませんでしたので」
ケンカの熱が収まった楓は『お婆ちゃんのことが知りたい』とそんな事を言ってきた。
確かに、今まで楓に話す機会は少なかったかもしれない。
俺はどんな言葉が良いだろうかと考えながら言葉を選び、言った。
「お婆ちゃんは──凄い人だよ」
俺のお婆ちゃん──雪江は温和な性格でありながら、何でも出来るめちゃめちゃすっごい人だ。
料理などの家事スキルが高いのは勿論、夫なき今、旅館『雅旭雅』の経営を一人でこなすという離れ業すらこなしている。
幼い頃はしばらく向こうの旅館で暮らしていたが、俺がこっちの家で一人暮らしを始めてからは経営もあるのに、結構な頻度でこの家までわざわざ来てくれたりしてくれていた。
その時に作ってもらうハンバーグの格別っぷりと言ったらそれはもう、『えも言われぬ』とはああいうものの形容に付く言葉なのだろう。
──俺にとってお婆ちゃんはとても優しくて、とても格好良い……俺の憧れであり、尊敬している人だ。
とまあ、そんな風に割と感動的に語ったのだが、楓の注目は別の所にあるようで──
「──へぇ、ハンバーグですか。なるほど、柊仁君がハンバーグ好きなのはそれが始まりという訳ですか」
「ねえ、注目する所おかしくない?」
「ぜひ一度手合わせ願いたいですねぇ」
「ねえねえ、聞いてる?」
「そうとなったら、今のうちからレシピを練り直して……」
うーん、どうやら楓の視界には湊雪江という越えるべき壁しか映っていないようだ。
どうしたら超えることが出来るのか、それしか考えていない──まあ、美味しいご飯が食べられるのなら俺はいいんだけどさ。
「勝負したいなら、お婆ちゃんの旅館に一緒に行く?」
「えっ! いいんですか!」
「そりゃ悪い事なんてないさ」
「やったー!」
「それなら私もいくー!」
一緒に来るかな?──と思ってはいたが、まさかこんなに乗り気になってくれるとは思ってもいなかった。
向こうには従妹も居るし、これは楽しい帰省になりそうだ。
それならまずやるべきは──
「──水着を買いに行こう」
「「え?」」
突拍子もなく呟やかれた俺の言葉に、楓とミオは目を点にしたのだった──よっしゃ、散々振り回されてた分のやり返し成功!




