世の母方、ドラマは好きだけどアニメは嫌い……なんでなん?
「ハーレムかしら?」
恐らく何の含みもなく純粋な気持ちでそんな事を言った母さん。
しかし、俺の心は──
(──見つかってしまった! 見つかってしまった!)
そんな風に非常に大混乱を起こしていた。
しかしそれでも、見つかってしまった三女をどう説明すればいいのか、足りない頭で必死に考えていたのだが……結果から言うとそんな事はする必要なかった。
「湊杉久様と彩仁様ですね、お初にお目に掛かります。私は十六女澪の専属使用人を務めさせていただいております、暁月怜音と申します──」
俺が何かをするよりも早く、怜音さんが全てを簡潔にまとめて話してくれた。
その頼もしさたるや……カッコよすぎの言葉に尽きる──もういっそ、俺をお嫁にしてください。
「なるほど、そういう理由が……」
母さんからの質問にも誠実に答え、説き伏せるのではなく納得させる形で母さんと父さんを黙らせた。
いや、正確には我が母は黙っているのではない。
──それはもうキラキラと目を輝かせているのだ。
「悪の組織に追いかけられて、命からがら逃げてきた先に柊仁を選んだ……そんなに頼られているなんて、やるじゃない!」
「あ、あはは……」
怜音さんは本当に誠実に答えていた──のだが、やはりミオが送ってきた人生は側から聞くと相当に物語みたいらしい。
曰く、極度のドラマ好きである母さんにとって、ここまで語られたミオの身の上話は何よりもの好物だったらしい。
「それでそれで、どうして柊仁を選んだの?」
「それは柊仁はカッコよくて、頼もしいからですよ……って、こんな事言わせないでくださいよっ///」
しかも母さんのテンションに拍車を掛けているのがミオの対応だ。
いつもの奔放な様子は何処へやら、全力で化けの皮をかぶって『脆く儚くて守りたくなる女の子』を完全に演じきっている──ミオに『柊仁』って初めて呼ばれたんだが?
「いえいえ、お母様騙されてはいけませんよ。この子の本性はそれはもう酷いものでして……」
「はいはい、悪役ちゃんは黙っててね」
「なっ!?」
母さんの中では、もう完全にミオが守るべき主人公であると固定されてしまって、事実を伝えようとする楓は主人公を邪魔しようとする敵ヒロインにしか見えていないらしい。
その所為で楓の声は一生届かなく、ミオの声ばかりがどんどんと浸透していってしまう。
(というか、楓が嫌われるというか突っぱねられている所、初めて見た……)
可愛らしい容姿と物腰柔らかで他人想いな性格から、誰からも愛される楓。
そんな楓が「はいはい」なんてテキトーな対応をされるなんて初めての経験だろう……我が母恐ろし。
「うう……しゅ〜とく〜ん」
「はいはい、元気出して」
「──あっ、柊仁の膝はミオちゃんの特等席よっ!」
「良いのですよ、お母様。私が柊仁のお膝にだなんて……」
「健気ッ! 健気だわ、ミオちゃん!」
ミオの言葉に騙されて、どんどんメロメロになっていく我が母上……記憶の中にある頼もしい母さんは何処へやら。
「迷惑をかけてしまってすまない」
「いや、父さんが謝る事じゃないよ……ぶっちゃけ謝るのは俺の方」
「──粗茶でございます」
「ああ……ありがとう」
母さんがおかしくなっているのは、全てミオが好き勝手している所為だ。
故に父さんが謝るのではなく、俺が謝るべきなのだ。
しかし──
「いや、俺が謝る事だ。彩仁がああなってしまったのは、俺のサポート不足が原因の一端にある」
「一端?」
「ああ。彩仁がぽっかりと空いた心の隙間を埋める為にドラマにハマった頃、俺は特に仕事を忙しかった……いや、忙しくしていた」
俺が日常生活の中に居ない──その事は母さんと父さんの心にぽっかりと穴を空けた。
母さんはドラマにのめり込み、父さんはより一層仕事に打ち込んで、それを埋めようとした……らしい。
──じゃあ、俺の元に来れば良かったやーん。
いや、その辺の話は前回の再会の時に片付けたよ、片付けたけどさあ!
若干……いやかなりおかしくなるまで精神にキていたんだったら、会いに来えば良かったよね?!
「だから──すまない」
「あ、ああ……それなら、素直に受け取っておくよ」
「ありがとう」
どこに責任を求めれば良いのか──そんな事を考え出したら候補は多岐に渡るし、誰か一人に押し付けられるものでもないのだろう。
そしてその答えは人によって変わるだろうし、ここの場では『父さんが悪かった』という父さんに答えに合わせるのが良いのだろう……一番の悪者はアイツだけどな。
「──そして、楓さん。柊仁を支えてくれてありがとう」
「私が、ですか?」
「ああ、君だ」
「しかし、お母様は……」
母さんの中では俺の復活に寄り添ったのはミオという事になっている。
だからこそ、どうして──そんな気持ちが楓の中にあったのだが、父さんは微笑みながら言った。
「あの少女の手は日常的に料理をする人の手ではない」
「え?」
「しかし、君の手はそういう手をしている」
とんでもない洞察力で事実を見抜いた父さんの言葉に、楓は不安そうな顔で自分の手を見つめていた。
大方、『私の手、荒れてる?』とか考えているのだろうが──
「──無論、荒れているとかいう意味ではなくてね」
不安そうに自分の手を見つめる楓に、父さんは微笑みながらフォローを添えた。
勿論、フォローと言っても嘘ではない──楓の手はすべすべで綺麗だ。
そして、父さんは『仕方がないなぁ』といった念を含んだ視線を母さんに向けると、再びゆっくりと話し始めた。
「その事は彩仁もすぐに気付くだろう……いや、もしかしたら気付いていながらこの状況を楽しんでいるだけかもしれない。まったく仕方のない人だ」
しかしそんな呆れの中にも確かな愛情が含まれていて、我が両親の愛は今もなお存在しているのだと気付いた。
気付いて──安心した。俺との別れを経て、二人の仲が拗れてしまっていたら嫌だったから。
「改めて……楓さん、ありがとう。そして、出来ればこれからも柊仁の事を頼みたい」
「……はい! 柊仁くんの事は任されました!」
「その言葉が聞けて良かったよ」
すっごい真面目な空気で話しているから言いづらい、言いづらくはあるんだけど言いたい。
だから頭の中だけでは思わせて!
──あのー、さっき澪が行っていたみたいに、結婚前に親に挨拶をしてるみたいな空気感なんですが……なに、柊仁の事を頼んだって? そんで、シンプルに任されちゃってるの楓さん?
「杉久さんは何の話をしているの?」
「んー? 何でもないよ」
「そうなの? じゃあ、私の話を聞いて、このミオちゃんったら本当に健気なのよ〜」
「ふふっ、じゃあどれくらい健気なのか教えてもらおうかな」
テンションが上がっている母さんに柔らかく微笑みかけ、そちらの話を聞こうと寄り添っていった。
恐らくミオは父さんも手中に収めようとどうにかこうにか苦心するだろう──それがどれだけ無駄な事なのかも気付かずに。
そんな様子を見て楓は言った。
「温かいですね」
「そうだね……。昔から俺が夢見ていた光景だ」
父さんが居て、母さんが居て、その間に俺……では今はないが、ミオが居て。
そんな光景を再び目にする事を僕は望んでいた。
逆にそういう幸せをくれない現実を恨んですらいた。
しかし──
「けど、全てがうまく行っていたら、この家にはミオも怜音さんも……そして楓も居なかった。やっぱり、あるべくしてあった別れだったんだよ」
「柊仁君がそう捉えられているのなら良かったです」
「ふっ、そう思わせてくれたのはお前だぞ〜、このこのっ」
「きゃ〜、くすぐったいですっ♪」
握り拳で楓の脇腹をぐりぐりとすると、彼女はくすぐったそうに悶えた。
中良さそうにしている父さんと母さんを眺めながら、そんな戯れを続けていると──俺はふととある事を思い出した。
「──そういえば、怜音さんは?」
最初こそ母さんにミオの状況を説明していた怜音さん。
しかし、いつの間にかその姿は消えている。はたして何処に……?
「あっ、あそこに居ますよ!」
「え? あっ!?」
部屋中を見回していた俺と楓だったが、探していた存在は案外すぐに見つかった。
──怜音さんは母さん用の紅茶を淹れて、その後に俺がやり残していた食器に手をつけ始めていた。
「家事してんじゃねえか!」
「自然すぎて気付きませんでしたが、私達の前にもお茶が……」
「や、やられた……」
父さんとの話に夢中になっていたから気を遣ってくれたのだろうが……やられた、ちっくしょ〜。
恨みがましい目で怜音さんを見つめていると──
「ふっ、勝ちました」
──そう呟きながら勝ち誇ったような笑みを向けてきたのだった。




