女子がにゃんにゃんしている作品大好き
──第二回戦、第三回戦と続いたパーティゲームを終えて、俺と楓はキッチンに立っていた。
第一回戦の一位二位である俺達は晴れて我が家の家事当番となり、今は夕食を作っているところだった。
因みに今夜のご飯はカレー。以前にも楓の家で一緒に作ったのと同じだが、今回のは一味違う。
今夜のカレーはスパイスから作る、ルーを使わないチキンカレーなのだ!──まあ、スパイスとかは楓が作業を担当するから、俺のする事はそんなに関わらないんだけど。
怜音さんが居る以上手を抜いたものは作っていられないと、わざわざスーパーに行ってスパイスを入手してきた手間の掛けっぷり。
因みにどうしてカレーになったのかというと──『明日の朝、この家に到着するのが遅れたら手の込んだものを作れないから、明日の朝食にもしてもらうため』らしい。
それにカレーは一晩置いた方がより美味しいから朝食の分も、というのもあるらしい。
「──あ、そろそろ鶏肉出して良いですよ」
「ん? 良いですよ?」
「くぅ〜……。い、いいですにゃん……」
「ん、分かった」
楓の指示で焼き色が付いた鶏肉を鍋から取り出し、その代わりに玉ねぎを入れた。
ここまで何事も事件はなし。前回からあまりに成長した俺を見て、楓の目もキラキラと……キラキラ……きらきら?
まるで子供が母親に自慢するかように、『すごいでしょ〜』と表情を浮かべて楓を見たのだが──彼女の手は止まっていてその目はどよ〜んと濁っていた。
「どしたん?」
「理由、分かりませんか……にゃん?」
俺の問いかけに対して、楓は更に濁りを強くした──うわぁ、腐った魚の目みたいになってる……。
というか出た! 巷で厄介と噂の『なんで怒ってるか分かる?』に類するやつ!
──まあ、今回の場合は楓のテンションが落ちてる理由は分かっているし、何も厄介ではないんだけど。
「えーと……その語尾と猫耳、それに尻尾が原因かな?」
「正解ですよっ、もう!」
「……けど、自業自得では?」
「──何か言いましたか?」
「い、いえ……」
そう、現在の楓の語尾は『にゃん』。それに加えて頭には猫耳が生えていて、腰の方からは尻尾が生えていた。
どうしてこんな事になっているか──決まっている、罰ゲームだ。
家事が罰ゲームならぬご褒美だった第一回の後に行われた第二回。それで四位になった人の罰ゲームは猫耳と猫の尻尾を一日付ける事だった。
そしたらご覧の通り、見事に楓が敗北。猫耳と尻尾が贈呈された。
そこまではまだ良かったのだろう。しかし、嫌々ながらもそれらを身につけた楓はミオに相当弄られた。
それが相当堪えたのだろう。ミオに仕返しをする為、第三回の罰ゲームに『語尾にゃん』を自ら指定してきた。
そしたら……もうお分かりだろう?
見事に楓が負けて、自分で掘った墓穴に見事に嵌った。
「……どうして私ばかりこんな目に遭わなきゃいけないにゃん?」
「ははは……運が悪かったんだよ」
失意のどん底に居る楓に向かって俺は苦笑いを浮かべながら、俺は優しい嘘を吐いた。
どうしてこんな目に遭ったのか──それは当然、楓のゲームの腕が原因だ。
初めは俺の妨害を優先して本来の力を発揮していなかったミオに、ああいうゲームが苦手と発覚した怜音さん。
前者は第二回から本領を発揮し出して、後者は時間を掛ける毎に持ち前の器用さで、不得手さをどんどんとカバーしていった。
最初から全力だった楓にそんな二人に勝てる筈が無し。
けど、『もうゲームはいやっ!』と楓になってほしくないからその事実は伏せていた──あれ? 本当に優しい嘘か?
「って楓! 焦げてる焦げてる!」
「……いいんですよ。こんな世界焦げてなくなってしまえばいい──フフ、そうしたら私は柊仁君と一緒に死ねます。ふふ、ふふふふふ」
「戻ってこい! そっち側に行っちゃダメだ! かえで、かえでぇええ!」
今までじっくりと炒められていた数種類のスパイス達。それらが「苦しい、苦しいよぉ……」とでも言っているかのように黒煙を吐き出していた。
しかし当の楓は濁った瞳でスパイス達を炒めて痛め続ける。
俺は急いで楓から鍋を取り上げて、トマトの缶詰をぶち込んだ。
そこからは緊急事態故に、料理下手ながら自分で試行錯誤して軌道修正した。
そして、丁度それが済んだ頃、ダークサイドに堕ちていた楓が戻ってきた。
「──はっ、私は何を?」
「いや、何も無かったよ……何も」
さっきの事は思い出さなくていいんだ……いや、頼むから思い出さないでくれ。
俺と心中を図ろうとした楓はきっと本当の彼女じゃなかった──そう、楓はメンヘラじゃ……ないよね?
「って、凄い! カレーが出来ていますよ! あの柊仁君だけでカレーが!」
「あのって気になるんだけど……まあ、いいや。楓から一通りのレシピは聞いていたから何とかなったよ」
流石に手順さえ知っていれば、トマトの水分を飛ばした後にヨーグルトを突っ込んだり、塩を加えたりするくらいは出来る。
俺が料理下手なのは包丁捌きと火の調整に味付け……妙にレシピ以外のものを加えたがる癖がある所為だ。
包丁は使わなかったし、カレーはそこまで火加減に繊細になる必要もなし。
あとは楓の言っていたもの以外は入れないように、我が左手に眠る余計な事をしたがる龍を完全封印していたから完璧だ──まあ、封印が解かれるギリギリを彷徨っていた所為で、手がプルプルしてたよ……禁断症状かな?
「それよりも楓……『にゃん』は?」
「あっ……はい、そうでしたね……」
「あっいや、ごめんごめん! 俺の前だけはそのままで良いから、だから綺麗な瞳を漆黒に染めないでっ!」
余計な事を口走ったら最後、楓の目がスンッと一瞬にして闇より深き漆黒に染まってしまった。
俺はその一瞬の転身にワタワタとフォローを入れた。また、心中しようとしてきたら困る。
「……最後にガラムマサラを入れたら完成、にゃん」
「あの、無理しなくていいんだよ?」
「無理してないにゃん。全然無理してないにゃん。全然無理してないにゃん」
「怖い怖い怖い! ホラー系に出てくる壊れたロボットみたいになってるって!」
ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……と同じ事しか呟かなくなってしまった楓。
マジでホラーゲームとかのそれ。このまま続いたら事切れたように首ポキッとかなって、目から赤いの流れてくるんだて! ああ、想像しただけで怖くなってきた!──俺、ホラー無理なんだよ!
「柊仁君、配膳してください……にゃん」
「わ、分かりました」
「私はもう少し付け合わせを作っていく、にゃん」
「お、お願いしますっ!」
俺はスパイスチキンカレーが盛られた三つの器を持って、キッチンから早々に離脱した。
これ以上はあの場に居てはダメだ! 今の楓には会話をするという行為そのものが精神を削る!
「お二人さん、そろそろゲームはやめてくださ〜い。夕御飯の時間ですよ」
「ご飯!」
「もうそんな時間ですか。何のお手伝いもせずに遊んでいるだけですみません」
「いえ。元はと言えば、怜音さんに楽をしていただきたい一心で始めた事ですから」
「……お気遣い感謝します」
申し訳なさそうな顔でそんな事を言ってきた怜音さん。
しかし、それは無用なものだった。
「それよりも、随分と楽しまれていた様で良かったです」
「はい。とても楽しませていただきました」
そう俺と楓が夕食を作りに離れた後も、ミオと怜音さんはゲームを続けていた。
さっきまで行っていたパーティゲームのみならず、カートゲームやらもしていた。
その表情たるや今まで見た事ないくらい熱中していて、キッチンから見て微笑んだものだ。
「ミオも随分はしゃいでたね」
「そりゃ、怜音がこうして遊んでくれる事も少ないしぃ〜」
いじらしくも少し寂しそうに、そんな事を言ったミオ。
しかしすぐにそんな様子も引っ込めて、口の端をニヤリと上げて聞いてきた。
「──それよりどう? あの子の様子は?」
「そりゃもう散々だけど……」
俺が居なくなった事でどうやら闇落ちを回避した楓──ミオは彼女を眺めて面白そうにしていた。
「料理中も大変みたいだったからね〜」
「見てたの?」
「いいや〜。けど、羞恥の赤だったり、よく分かんないけど青黒いのが漂ってたからっ!」
「あー……」
そう言えばそうでしたね……というか、台所からテレビ前まで結構距離あるのに漂ってきたの? やっぱりそれだけ濃厚だった? 俺の命危なかった?
「噂をしてたら何とやら、にゃーにゃー猫ちゃんの登場だよっ♪」
「誰が猫ちゃんですか、猫はそっちでしょう?」
二人が対面したら前のようなバチバチな雰囲気が再び展開される──楓さーん、言外に『泥棒猫め』って聞こえたような気がするんだけど気のせいかな? 気のせいだな!
しかしミオはそんな事は微塵も気にしていなく、楓を指差して言った。
「──あー、にゃんって付けてなーい! いっけないんだ〜!」
「くっ……! どうぞお食べください……にゃん」
「ありがとにゃ〜♪」
「くうぅぅぅぅぅ! 死ね、死んでしまえっ!」
ミオに揶揄われて地面に倒れバタバタと踠き出した楓。その末にとんでもない言葉が飛び出しているが……今回は仕方ないだろう。
恥ずかしがってんだ、許してあげようぜ?
「この恨みは絶対に晴らすにゃああああんんん!」
「にっしっしっし♪」
恥ずかしがってるなら助けてやれって? やだよ、にゃんにゃんしてる楓可愛いんだもの。
滅多にない機会を楽しませてもらうよ〜、ぐへへ。
──因みに苦労の末に完成したスパイスチキンカレーは大絶賛だった。
今回の話のオマケにあたる『にゃんぺろちゅっちゅで大惨事』をカクヨム様の方で限定公開エピソードとして投稿しました。していない方はユーザー登録をしたり、また『若干お金が掛かってしまう』という面倒があるのですが、闇堕ちして全然にゃんにゃんしていなかった楓が限定エピソードでは……? となっておりますので、ご興味ございましたらぜひ!
https://kakuyomu.jp/users/yuminyan/news/16817330653816880033




