イケメンの圧にはご注意を
「湊君、それでどうだったのかな?」
「あの、えーっと……」
俺は今、『奈雲斗弥』というリア充グループの男子リーダー的な奴に、ある事について問い詰められていた。
その質問は中々に答えづらいものであり、どうしようかと辿々すればするだけ、その貼り付けた様な笑顔が圧へと変化していっている。
こんな事になっている原因はほんの十分前に遡る。
★☆★☆★☆★☆
「ふいぃぃ、眠たい」
俺は寝惚け眼を擦りながら自分の席に着いて、ゆっくりと教科書やらの準備を進めていた。
今日は二種の数学と国語に化学と地理、英語を添えた随分と重めな日程だ。
また、意味分からん授業が展開されるのか、と気落ちしながら準備を終えた頃、背後からゆっくりと歩く足音が聞こえた。
俺はおそらく照示だろうと思って、確認せずに挨拶をした。
「おはよう、照示」
「おはよう、湊君」
背後から返ってきたその声に俺は物凄く違和感を感じた。
照示って俺に君付けだったけな? それにこんなに爽やかな声だったかしら。
普段は後ろの席で立ち止まる照示が俺の席の前まで歩いてきた。
珍しい事もある物だとその姿を見た時に、すぐに違和感の原因に気付いた。
「おはよう、湊君。俺の名前は奈雲斗弥。俺は照示ではないよ」
「……! ごめん間違えた。おはよう、南雲君」
俺はこのイケメンを知っている。リア充グループのリーダー格で、このクラス一の爽やかイケメン。バスケ部に所属していて、期待の新人との話だ。
そんな南雲は俺の事を覗き込んで、そのキリッとした目で見つめてきている。そんな優しさの中に鋭さを内包した瞳で見られてはどんな女子もイチコロだろう。
「それで……南雲君は俺に何か用かな?」
「そうだね、一つ聞きたい事があってね」
「聞きたい事? 俺に答えられる範囲なら何でも答えるよ」
クラス一のイケメンが俺に聞きたい事とはなんだろうか。流石に口座の番号とかは教えてあげられないけど、基本的に何でも答えてあげようじゃないか。
そんな心の中だけ上から目線でいたら──
「それじゃあ……湊君は楓に何かしたのかい? 校舎の中から泣いている楓と君が見えたのだけれど」
んんんんん! あの光景を見られたのか!? それはマズイ。「一さんに告白されて、断ったら泣いちゃいました」なんて言ったら舐め腐ったこと言ってんじゃねえぞコラ、ってボコボコにされる気がする。かと言って答えないとボコボコにされる気がする。
はっ! あの告白は嘘コクじゃなくて、美人局だったのか!?
俺に金がある事を知っていて、搾り取ろうとしているのか?
──そんな感じで一瞬にして、上からな態度は塵と化し、リア充を恐れる臆病な自分がこんにちわ。
「湊君、どうだったのかな?」
あれだ、小学校の先生が生徒を怒る時によくやる笑顔のままの尋問、めっちゃ怖いヤツ。あれは爺ちゃん先生だからまだマシだったのだと実感する。
このイケメンがやると、記憶の何倍もがっちりと俺の手足を縛り付けるような威圧感を感じる。
「あの、えーっと……」
「もしも楓に酷い事をしたのだったら。俺は君を許さない」
こ、怖え……。蛇に睨まれた蛙、イケメンに見つめられる俺。今なら蛙の気持ちが分かる。
正直、トラックに撥ねられる直前よりも怖い。──それはそれでどうなんだ?
「南雲君!違うの、湊君は悪くないの」
パタパタと走り寄ってくる俺の天使。いや、この状況なら俺の救世主が助けに来てくれたと言う方が適当か。どっかの宗教が信じてやまなかった救世主はここに存在している!
本当に丁度いいタイミングで来てくれたわね、あと少しで死ぬところだったわ。
「何があったかは言えないんだけど、斗弥君が思っているような事は何もされなかったから大丈夫だよ」
「そうなのか?けど湊君、かなり言い籠もっていたぞ。脅しとかされていないか?」
「──言い籠っていたのはお前が相手だったからだよ」
突然、背後から少し荒っぽい声が聞こえた。救世主第二号だろうか。
──そんな呑気な事を考えていたが、実際は否であった。火を鎮火する水と思っていたのは油であったと気付くのはすぐ後のこと。
「照示!おはよう」
「ああ、おはよう」
楓に続いて、更なる援軍。これなら、僕の身は安心だ。そう安心して胸を撫で下ろしたのだが……。
「……俺が相手だから、ってどういう事かな?」
「そのままの意味だよ。お前のその不気味な笑顔を向けられて、陰キャ男子がハキハキと喋られるわけないだろう」
「その決めつけは良くないんじゃないかな、湊君が可哀想だ。そんなだから、男には好かれないんじゃないのか」
明らかに雰囲気がおかしい。爽やかイケメンの顳顬には青筋が浮かび、怒りとは程遠い所に立っていそうな照示もかなりキレている。
「そういう所が気持ち悪いって言ってんだろ」
「ごめんな。元々、こういう性分なんだ。今更、自分の性格を変えるなんて出来ないんだ」
周囲が緊張した空気が形成された。よくある事なのだろうか?
いやそれにしても空気が悪い。空気清浄機、かもーん。
というわけで、天使兼、救世主兼、空気清浄機な完璧少女の一さんに質問を飛ばした。
「何でこの二人、こんなにバチバチなの?」
「私も詳しくは分からないのですが、昔からの仲で何か色々あったようですよ」
「え〜、マジ?」
「マジマジのマジです」
そんな感じで小声でコソコソと話していると、南雲と照示の会話が終わった。
それにつれて、徐々に周囲の空気が弛緩していき、呼吸がしやすくなった。
「湊君、疑って悪かった。その様子を見るに何もしていないのは本当の様だ。本当にごめん」
深く頭を下げて謝ってきた南雲。頭を下げた姿さえも絵になるってどういう事?
「本気で一さんを心配しているが故の行動だって分かるから気にしてないよ。だから、顔を上げて」
陰キャ男子がカーストトップ男子にガチ謝りされているのは流石に注目を引きすぎる。
また変な目で見られるじゃん。それって嫌じゃん。
「本当にすまない。お詫びにこれから仲良くしてくれると嬉しいな」
「あ、ああ。これから宜しく、南雲君」
お詫びに仲良くなる、という新しい仲良くなり方を披露されて驚きつつも、俺は南雲と交友関係が出来たらしい。割りかし、照示とバチバチだったのが影響している気がする。
まあ、カーストトップ男子との関係が今後、発展していくのかどうか分からないけど。
そんなこんなで時は過ぎていき、一日の始まりを告げる鐘が校内中に鳴り響いた。
「じゃあ、湊君。また後で」
「また後で……ん? また後で?」
予鈴に従って、一さんが席に戻る前にそう言葉を残した。
その「後で」がいつか分からないが、時既に遅し。聞こうとした時には楓はもう席に着いていた。
★☆★☆★☆★☆
四時間の授業が終わり、昼食の時間になった。俺は登校する途中に買った菓子パンを片手に教室を出た。目的地は校舎裏。今回は特に告白で呼び出されたわけじゃない。
何故来たのか。──それは昨日楓を待っていた時に感じた雰囲気に俺は惹かれた。この人を近付かさせない様な神秘性。どれだけ厨二病と決別しても長年培われた感性には抗えないのだろう。
ふんふん、と鼻歌を歌いながら良い感じの壁際に腰を落ち着けると──
「湊君!」
「一さん、どうしてここに?」
一さんがパタパタと小走りでやってきた。その手には黄色い箱が握られていた。
「えへへ、湊君と一緒にご飯を食べたくて付いてきちゃいました♪」
可愛い。物凄く可愛い。ちょっと照れながら言っているその表情も素敵。構成する全ての要因が可愛いとかもう最強、いや最カワだね。
というか「後で」って昼食を一緒に食べる事だったのか。
一さんは箱からカロリーメルトを一つだけ取り出してモゾモゾと食べ始めた。木の実を食べるリスの様な雰囲気にまたもや俺は癒された。
「一さんはカロリーメルトだけしか食べないの?」
「はい。これだけで十分満腹になるんですよね」
「へー、少食なんだね」
楓の四肢が非常に細いのは殆ど食べないだという事が分かった。もう少し食べないと健康に悪そうだけど、その辺は本人の裁量だろう。
「そう言う湊君もそのパン一つだけですか?」
「うん。他の物も買ってゴミを余計に増やすのは嫌だし、だからと言って弁当作るのも手間だからね」
あと、俺はあまり料理が得意でない。
その上、どうしても仕上げで何か変な物を入れたくなってしまう。抑えきれないその衝動。
「湊君は一人暮らしなんですか?」
「……そうだね。僕は一人暮らしだよ」
「一人暮らしって最初はウキウキしますが、やっぱり実家の方が良かったってなりそうですね。湊君はなりましたか?」
「んー……なったかもね」
「いつか行ってみたいです、湊君のお家」
楓が家に来る!? それは絶対に阻止しなければならない。
見られたくない物の一つや二つ、二冊や三冊があるからなぁ。それを天使様に見られたらどうなってしまうのか……。
「はは。部屋が片付いたら呼ぶよ。今はあまり綺麗じゃないからね」
「それ、絶対片付けないやつじゃないですか。もう!」
頬を膨らませて不満をアピールしてくる楓も相変わらず可愛かった。
それにしても、ちょっと近過ぎないか。金木犀の香水の香りが脳内を刺激して、クラクラしてくる。
「そうだ! 私が湊君にお弁当を作ってきてあげましょうか」
「ええ……流石に悪いよ。俺はこのパンで大丈夫だよ」
最近はこのチョコチップが埋め込まれた棒状のパンしか食べていない。
一食四本で、一日の食費は二百円ちょっと。何故か分からないけど食べ飽きない。
「バランスの良い栄養を摂らないと具合が悪くなってしまいますよ。それによく言うじゃないですか男を掴むには胃袋を掴め、って」
そう言う楓もカロリーメルトだけってどうなのだろうか……。ぎゅっぎゅと手を握ったり開いたりしているの可愛いな。その手で心臓を掴まれたいってね。
昨日から俺、何回可愛いと思ったのだろうか。その絶えない魅力が数多くの男を惹きつけているのか……。そう考えるとそんな子に好かれてるって案外凄い?
天狗になってるといつかその鼻、折れるぞ。──はい、気を付けます。
「お弁当を作ってきても良いですか?」
「あ、ああ。じゃあ、お願いしちゃおうかな。けど、面倒くさくなったら、直ぐに辞めてくれて構わないからね」
「ふふ……湊君を胃袋からゲット作戦、開始です」
全く聞いてないなこの子。もう自分の世界に入り込んでしまっている。まあ、何を作ろうかと必死に考えてくれている楓の好意は素直に嬉しい。
それに顎の下に指を当てて、むーんと考えている楓を見ていたら、僕の心が浄化されていくのを感じた。