性格イケメンだねっ♪──褒め言葉として超便利、使ってけ
「──うぅ……目が痛い」
「人に失礼なことを言うからいけないんだぞっ!」
「はい……反省しました」
風呂を上がったというのに、リンスの所為でまだ痛む目。
片目だけ上手く開けなくて上手く距離感を測れないから、ミオに朝食を食べさせてもらっていた。
今日の朝食は楓と怜音さんの合作なようで、和の楓の家庭的な味と洋の怜音さんの上品な味という、異なる文化の色の融合が果たされていてとても美味しかった。
「柊仁君、アイスココアです」
「ああ、ありがとう」
俺の側を離れてキッチンに行っていた楓が、グラスに適量な氷と共に入れられてきたココアが俺の前に置いてくれた。
丁寧にストローまで備え付けられていて、俺はちゅーちゅーと吸った。
(うーん、なんというVIP待遇)
ココアを飲み、その後にオムレツを口に放り込まれながら俺はそんな事を考えていた。
目が痛くて距離感が測れないから食べさせてもらっていると言ったな──あれは嘘だ……いや正確には嘘でもないんだが、なんと言いますか……。
毎日ご飯は楓や怜音さんが作ってくれて、朝晩の食事は楓かミオに食べさせてもらい、喉が渇いたら何とも言わずとも持ってきてもらえる。
──最近はずっとこんな感じなのだ。
こと食事に関しては椅子に座って口を開けていれば勝手に終わるし、家事全般も怜音さんが全てやってしまうから俺は動かなくても一日を終えられる。
流石に申し訳ないと思って行動を起こそうにも、楓とミオには『いいから』と椅子に強制送還されるし、怜音さんに至ってはやろうと思った頃には全てが終わってしまっている。
そこで俺は言った──
「──ゲームをしないか?」
「「ゲーム?」」
楓とミオからの注目が集まる中、俺は全然使っていないテレビ……の隣に備え付けてある赤と青のコントローラーが付いているゲーム機を指し示した。
最近は全然構っていないから若干埃かぶってしまっているが、おそらくまだ使えるだろう。
「これまた突然な話ですが、何が目的ですか?」
「別に〜、目的なんてないさ。ただ楓達と遊びたいだけ」
当然、嘘だ。いや、勉強漬けだったから遊びたいという気持ちは確かにあるのだが……それでも本当の目的は別にある。
「ところで、ゲームなんだから何か罰ゲームがないと面白くない。そこで──一番と二番目に勝った人が今日から二週間分の家事を行う……ってのはどうかな?」
「おー、面白そー!」
「……なるほど、そうきましたか」
ミオはどうか分からないが、聡い楓は気付いたのだろう。
そう──俺は家事がしたい。
いや、料理が出来ないように、別に家事が好きだという訳ではない。
だが、最近の生活は何というか人としてダメな気がする。
しかし、怜音さんはともかく楓は自分からやりたいと言ってやってくれている関係上、今の状況を簡単に打破する事は出来ない。
今日までの生活がこうなってしまったのはその所為だ。
──そこでゲームだ。
負けたら、ではなく勝ったら罰ゲーム──もとい家事を行わなければならないこのルール上、我が家にあるゲームはほとんどやり尽くしている俺がそれをくらう可能性は十二分に高い。
それに楓がミオがゲームをするという話は彼女達との関係長しといえど、聞いたことがない。
これは上手くいくだろ、俺天才すぎー!──え? 何で一位だけじゃなくて二位も何だって?
そんなの……俺料理出来ないし、単純に一人で二人ないし三人分の家事をこなすのは大変だからですけど、何か文句でも?
「お背中失礼しますね」
「ああ、怜音さんも参加ですよ」
「いえ、私は結構で……」
「──怜音もやろーね♪」
「は、はあ……了解致しました」
俺が座る椅子の背に掛けられたシャツを回収しようとした怜音さんに俺は声を掛けた。
最初は乗り気でない……というか完全に拒否体制だったが、主人の言葉を前に折れたよう。
(というか……一番は怜音さんを休ませるのが目的なんだから参加してもらわなきゃ困る)
掃除洗濯炊事に買い物……ミオの護衛も併せて全ての家事をしてもらっている。
基本的に気配を決して陰のように俺達に存在を悟らせないまま作業しているが、怜音さんは基本的にずっと動きっぱなしだった。
それが仕事とはいえ、疲労が蓄積するのは間違いないだろう。
「何やるの〜?」
「俺としては何でもいいけど……やっぱりパーティゲームかな?」
カートゲームからリズムゲーム、アクションゲームまで各種揃っている我が家だが、四人で勝負するとなったらやはりパーティゲームが良いだろう。
難易度的にも初心者でも触りやすく、けど慣れで勝率が一気に跳ね上がるゲーム。今回の目的を考えると一番マッチしている。
「スゴロクとミニゲームを詰め込んだパーティゲームですか……面白そうですね♪」
「ゲームなんて初めてやるかも〜」
「私もです」
よっし! ここに居るのは今までゲームに触れたこともない様な初心者達!
元々のスペックがバリ高い怜音さんとか、共感覚のミオとか不安要素はあるが……これはいける!
「それじゃあ、皆様御席について……」
「──あっ、良いところを遮ってすみません。この洗濯物だけ回してきて良いでしょうか?」
「ああ〜、すみません。そこまでは意識が回っていませんでした」
ミオが脱ぎ捨てていた服をそこら中から集めて小脇に抱えていた怜音さん。それを先に洗濯したいと言った。
思いつきだったのにも関わらず、あまりに上手く計画が進んでいた所為で完全に意識からすっぽ抜けていた。
怜音さんに「存分に洗ってきちゃってください」と言うと、彼女はシュンッと姿を消して、程なくして洗濯機の音が響いてきた──目の前に居たのに速すぎて気付けなかった……やはり、忍びか。
「──柊仁君、イケメンですよね〜」
「えっ、マジ?」
「ああ、容姿的な意味じゃないですよ。内面的な方です」
「あ……ああ、分かってたよ。分かってた……よ?」
「あはは、冗談……冗談ではないんですけど、私は好きですよ、柊仁君の容姿」
自分はイケメンの部類ではないと分かってはいたが、他人に言われるとそれなりに落ち込む……。
というか、『私は好き』はフォローになってねぇよ、フォローに!
そんな風にプンスカしていると楓は何とはなしに言った。
「柊仁君はとっても他人想いな人です。そんな所が斗弥君の容姿に勝るとも劣らないイケメンな所なんです」
「別に、そんな事はないんじゃない?」
他人ばかりに仕事を押し付けるのは気が引ける──そんなのは当たり前な事だ。俺が誰かに協力する様に、俺は一人では生きていけないのだから。
そればかりか、あの超絶イケメン南雲斗弥の容姿と俺の性格が同格だなんて有り得ない。だってあんなにカッコ良かったら、たとえ性格だけだろうと俺はもっとモテてる筈なんだっ!──え? この世は所詮顔だって? つれぇ世の中だなぁ……。
「いいえ、そんな事ありますよ。普通の人なら、この何でもやってもらえる状況に甘んじて堕落していくものですよ」
「そうかな〜?」
「それは私もさんせーい! ピリオドの性格はとんでもなくイケメンだよっ☆」
「二人して褒めるのはよせやい。照れちゃうじゃない///」
表面上は照れている風を装って戯けてみせた俺。
しかし、心の目ではミオに鋭い視線を向けていた──俺は聞き逃さなかったぜ、性格『は』とこれ聞こえよがしに言ったのを。
「でも本当にカッコいいと思いますよ?」
「うん、ピリオドはカッコいいぞっ!」
「……お、おう。さんきゅーな……」
何だ何だ二人して俺を褒めちぎって。結構ガチで胸に来たぜ?
いや、マジで心に刺さるな。なんか心臓バクバク言ってるんですけど、なにこれ不整脈? やだー、この歳で早すぎませんかねぇ?
「あはは、照れてます♪」
「照れてる照れてるー!」
「う、うっせ!」
俺はほんのりと熱を帯びている頬をパタパタと仰ぎながら二人とは真逆を向いた。
しかし、二人はご丁寧に回り込んできやがって俺を揶揄いまくった。
──そんな事を怜音さんが洗濯を終えるまで続けられ、その頃にはぐったりしていた。
「さて、怜音も来たことだし、始めよー!」
「おー!」
俺が床で丸まって小さくなっている中、ミオの服を選択し終えた怜音さんは来た。
その服装はさっきまでの給仕服ではなく明らかに私服、どうやら場の雰囲気に合わせてくれたらしい。
「さて柊仁君は弱らせた事ですし、この三人の誰が勝つでしょうか?」
「ちょいちょい楓さんや、さっきのはそういう事でしたの? 私ショックでありんすよ」
「ちゃんと本心ですよ、ほーんしん♪」
「うわ、急に嘘っぽくなったなぁ……」
俺をここまで疲労でぐったりさせたのはまさかの勝つため!?
自分から家事を引き受けようとするなんてカッコいいと言っておきながら、その本心では明け渡す気ゼロ?!
まさかの策士っぷりにこれからのゲームがどうなってしまうのかと戦々恐々とする。
だが、負ける訳にはいかない! 勝って楓や怜音さんを楽させるんだ!
「──それじゃあ、コントローラをどうぞ」
脅威度的にはそこまでと思っていた楓がまさかにダークホースだと気付き警戒を高めながらも、俺は本体から二つのコントローラーを引っこ抜き、更にテレビ下の引き出しからもう二つコントローラーを取り出した。
この追加の二個は中学の時、誰かと一緒にやるかもと思って買っておいたまま、結局使う機会なんてなかったコントローラー達がようやく日の目を浴びる。
どうだい、初めてのシャバは? 最初に使われるのがこんな美少女と美女で良かったな──お前そこ代われえええ!
世界一幸運なコントローラーに内心で嫉妬しながら、俺はちゃかちゃかとゲームを起動した。
タイトルを抜けると赤白模様のキノコが俺達を迎えた。
「うわっ、キノコが喋ってます!」
「今度はカメだよ!」
「これは……何とも珍妙で面白いデザインですね」
反応は三人とも似通ったもので、本当にゲームというものに触れたことがないらしい。
国民的ゲームの有名的キャラクターすら知らないってどういう育ち方をしてきたんだ?
「まずはチュートリアルからやりましょう。スターート!」
──そんなこんなで家事を賭けたゲーム大会が始まったのだった。




