雨降って地固ま……らず?
──ミオが我が家に襲来してから、早いことにもう一週間が経過しようとしている。
この一週間の経過が早く感じたのは間違いなく補習地獄の所為なんだろう。
楓とミオがテストで勝負していた補習の一回目、それから四度の補習を受けて俺は今ここに居る。
その四回の補習を受ける過程で、勉強、勉強、勉強と嫌になる程に勉強をさせられ続けた。
しかも補習で勉強させらされたのは赤点範囲の授業だけに留まらず、教師交代の中継ぎとして夏休みの課題もやらされた──お陰で半分も終わっちゃったじゃねえか、ありがとう。
そんな地獄を切り抜けてきた俺にはご褒美が必要だと思う。
よって、ようやく訪れたまともな休日、俺はベットと同化して惰眠を貪っていた──
「──ピっ、リオドー! 朝だよ〜!!!」
「ゴハッ……っ!」
──惰眠を貪っていたはずだったのだが……いつの間にか俺の鳩尾にミオの肘がぶっ刺さっていて、俺の意識はそれはもうはっきりしゃっきりと覚醒していた。
「柊仁君、夏休みだからってダラダラするのはダメですよ〜! 人生限りあるんですから有効に使いましょう♪」
「ごほっごほっ……この状況を見て、よくそんな事が……言えたなぁ?」
ミオによって全力ダッシュからの飛び込み肘打ちを決められた俺を見て、なおそんな事を言っている楓に非難の声を上げた。
ミオの肘がかなりしっかりと刺さっていて、呼吸しづらいんだが……? ちょっと、やばくね?──あ、やばくない? ならいいや。
「柊仁君、ご飯にしますか?」
「ピリオド、お風呂にする?」
「「それとも──わ、た、し、た、ち?」」
「風呂にしよっかな」
息ぴったりで朝っぱらから妙な事を聞いてくる楓とミオ。
ここで二人を取れば両手に花。だが、俺は迷う事なく風呂を選んだ──熱帯夜の所為でかいてしまった汗を流したい。
そんな理由で二人を選ばなかったのだが、それを読んでか読まずしてか楓はニコッと笑って聞いてきた。
「私達と?」
「いや、一人で」
「いいじゃん、ピリオド〜。三人で入ろうよ〜」
「我が家の風呂は二人なら余裕だが、三人で入れるほど広くない」
「じゃあ私だけでも〜」
「俺はシャワーさえ浴びれば十分だ。ミオと入ったらお互い邪魔になるだろう?」
取りつく島のない俺の様子に、楓とミオは二人して「ちぇ〜」と如何にも不満ですと言ってきているような声を出した。
いや、真に不満なのは俺だ。なにせ、一週間勉強地獄のご褒美に惰眠を貪ろうと思っていたのに、強制的に起こされてしまったのだから。
まあそれはそれとして、気付いた人もいるだろうが──楓とミオがいがみ合っていない。むしろ、協力プレーをする程に仲良くなっているように……見えている。
補習の一回目の一件を経て、楓とミオは少し……ほんの少し打ち解けてくれたのだ。
しかも、二人の間で『俺の前でいる時は仲良くしているように見せる』という取り決めが出来たそうで、内心はどうなのかしれないが、いがみ合っている姿は見られなくなった。
大変結構、大変僥倖嬉しいこって。
俺が居ない所でどうなっているかは知らないが、俺の前で仲良いならオーケー♪
シュレディンガーの猫だ。俺が知覚していない限り、二人がバチバチかどうか決まらないのだから。
「──それはそうと、あえて触れてなかったけど……、ミオ。──なんでまた肌着とパンツだけなんだよ!?」
「えー、ピリオドはそっちの方が嬉しいかな〜って♪」
「いらねぇよ!? 楓ならまだしも……ごほんごほん。ミオの貧乳ぺったんまな板ボディの薄着なんて興奮しな……あだだだだだ、無言で首絞めんのやめてぇ!?」
「ふん! 酷いこと言うピリオドなんて、泡が目に入っちゃえばいいんだよ!」
「それ地味に痛いやつじゃん?!」
久しぶりの口を滑らせた俺は刹那のうちに首を絞められ、挙げ句の果てに嫌な呪いをかけられた。
いや、石鹸が目に入った時ってホントに痛いんだよ!? しかも全然痛み引かないし……そんな酷い事を願うなんて──本当に現実にならないよな? なるんだったら、風呂入るのやめようかな!
「はい、着替え一式です。今日は家の中で過ごすようなので楽な服を見繕ってきました」
「お、おう……ありがとう」
ミオとわちゃわちゃしている内に、俺の着替えを持ってきてくれた楓。
彼女の腕に抱えられているのはくすんだ灰色の短パンと青緑っぽい色のTシャツ。それにタンクトップにブリーフだった──女の子に下着持たれてるって、年頃の男子としては複雑な気分。けど、ありがとよ!
「それじゃあ、行ってくる」
「「いってらっしゃーい!」」
★☆★☆★☆★☆
──柊仁が部屋を出て、扉がパタンと閉じられた。
「いってらっしゃい」と、とても明るい声で柊仁を送った二人。
しかし扉が閉じた瞬間、扉に向かって満面の笑みを浮かべていた楓とミオの口角が一瞬にして落ちた。
そして同時に一言──
「色目使いましたね?」「色目使ってたでしょ?」
柊仁を見送っていた人と同じとは考えられないくらい冷えた声を発した楓とミオ。
その眼光は鋭く、間に柊仁が居たら瞬く間に恐怖で失神していただろう。
「なんですか? 混浴を拒否された時に『私だけでも〜』って、猫風情が何シンプルに私を抜かしてんですかっ!」
「それを言うなら狐だって、そんな身体しちゃってるじゃん! 狐のせいで、私の身体が劣って見られちゃってるでしょ!?」
「そんなの知りませ〜ん! 牛乳たくさん飲んで、自分でもみもみ揉んでればいんじゃないですか〜?」
「やったよ! いっぱいやったよ! やったのにこれなんだよっ!」
「ああ……そうだったんですか」
完全な怒りモードだったのに、急に可哀想な目でミオを見た楓。
その時、彼女のおっぱいが意図してか、せずしてかぷるんと揺れた。
自分のモノでは絶対に起こらない揺れを前にミオは「んもおおおおお!」と吠えた──鳴き声が牛っぽいのは牛乳を飲んでいるいうミオの訴えだったのか、或いは……?
「別にこんなのあって損ですよ? 肩こりますし、いろんな人から視線向けられますし……唯一の利点は柊仁君に色仕掛け出来る事でしょうか?」
「それさえあればいいじゃん! 私なんて偶に……いや、殆ど常に女として見られてないんだよ!? それなのに損だなんて……このおっぱい星人めぇ〜!」
「ちょっ、ちょっとなんですか! その手の動き……ってきゃあ!」
わしゃわしゃと手を動かして楓に迫り、ついには柊仁のベットに押し倒したミオ。
彼女はそのまま楓の胸を力一杯揉みしだいた。
「私のが大きくならないなら狐を小さくしてやる〜〜〜〜!!!」
「んっ……! ……ちょ、ちょっと待ってください! その小さくって……完全に千切ろうと、ん! しています、よね……!?」
ミオがその細い指を艶かしく動かしていくと、楓の様子が段々とおかしくなっていく。
その頬はほんのり赤く染まっていて、今まで誰にも見せた事のないような表情を浮かべた。
「ちょっと……上手く、なっていません……か?」
「何が?」
「……いえ、なんでもありません。少し取り乱しました」
そう言った楓は小さく深呼吸をすると、目をきらりと光らせた。
今まで押し倒される形になっていた楓だが──胸に対して非常に小さな身体を地面を擦るように移動させてミオの股下を抜けると、そのままミオの足を地面すれすれで蹴って転ばせた。
「次、おんなじ様な事があったらやれば、と柚茉ちゃんに教えてもらった蹴り技です! どうですか、参りましたか?」
「ふっ、中々やるようね! けど、これはどうかな!」
押して倒して、蹴って倒して、揉んで倒して──バトル漫画よろしくな攻防戦を見せる楓とミオ。
まるで好敵手かのように戦いを楽しんでいる二人。
その様子をどこからか見ていた怜音は小さく微笑んで立ち去っていった。
──そして一方、浴場では……。
「──んぎゃあアアアァァ! 目に、目に泡がぁ!」
頭を洗っている最中につーっと肌を伝ってきたリンスが目に入っていた。
ミオの呪いが本当になったのか、神の悪戯なのか……柊仁は痛みに悶え苦しんでいたのだった──




