青春ラブコメらしからぬチート。だが、それがいいのだ
「──ま、満点……!?」
「にしし、これで勝負は私の勝ち。残念だったね〜」
「……っ、どういう手品ですか!? まさか先生をお金で買収を……?」
「そんな事する訳ないじゃ〜ん……というか、勝負を仕掛けてきたのはそっちでしょ? 買収するにも時間がないよーん」
「ぬぐ、ぐぐぐぐぐ……」
教師が去った教室でミオの超好成績を見て、あんぐりとしている楓と柚茉──正直言って、これが予定調和でしかなかったという事を『俺』だけは知っていた。
だから俺は止めたのだ、ミオと学力勝負をするなんて無謀な真似を。
「……登校中に楓が質問してきた内容、覚えてる?」
「登校中に……? 何か質問しましたっけ?」
「ほら、ミオの厨二病ネームの由来について」
ミオの顔を見ると『どうぞ、言ってください』と言わんばかりであったから、今まで黙っていた俺は口を開いた。
俺の問いかけに始めはポカンとしていた楓だったが、すぐに思い出した様で「あ〜」と声を漏らしていた。
「けど、それが何の関係があるんですか? その女の名は確か……『カラーマスター』。これと学力が関係しているとは思えませんけど?」
「まあ、直接的には関係ない……けど、俺達が学力勝負で絶対に勝てない理由がそこにある」
「んん? どういう事ですか?」
遠回しな表現を繰り返す俺の言葉の意味を掴めず、頭を捻らせている楓。
まあ、これだけ聞いても確かに分からないだろう。俺だって最初は理解出来なかった。
だったら直接的に言うしかない。
ここにはこの話を外に漏らす様な人は居ないと踏んで、俺は答えに踏み込んだ。
「ミオは──『共感覚』持ちなんだ」
「し、しなすたじあ? きょうかんかく?」
楓が知らない単語が発生、こういう時は──柚茉の仕事だ。
いつの間にか高速でスマホを弄ってた彼女は、画面を視線で軽くなぞると説明した。
「共感覚……一つの刺激に対して複数の感覚が働く現象。多くあるのは文字や音に色が付いて見えるもの。仮説でしかないけど、脳の神経の繋がりの関係で引き起こされる──らしい」
「説明ありがと、柚茉」
「どういたしまして」
もはや我らが説明係と化している柚茉に感謝を伝えた──正直、普通の共感覚に関して詳しく説明出来なかったから助かった。
柚茉の絶妙なパスを受けて、俺は更に説明を続けた。
「しかもミオはただの共感覚持ちじゃない。ミオは色から全てが分かる」
「全て……?」
「そう、全て」
詳しくは知らないが普通の共感覚持ちであったら、ただ色が付いて見える程度だろう。
しかしミオに見えている色は特殊であり、しかもある時、彼女はその特殊性を見抜いた。
色と現実との間に法則を見出したミオは、その法則性からこの世の全てを見抜く事が出来る様になった──まさに『神』に与えられしチート能力なのだ。
ミオが色から分かるのは数学やらの答えに限らず、他人の感情すらも分かり、また嘘の判別が出来てしまう。
分からないと言えば、組み合わせが膨大すぎるが故に国語系は苦手なのだが、それでも人生無双出来る程度にはやっべぇ能力の持ち主なのだ。
俺達はミオの見えている色を『真の色』といい、彼女はその真の色を常人に気付かせるために伝導者。
そういう訳で、ミオは『カラーマスター』と名乗るようになったのだ。
それを聞いた楓は──
「──そ、そんなのもはや、人間じゃないですよ……」
「そう! だからこそ、人間にしてその範疇に収まらない私は、時空神であるピリオドと手を取り合う事が出来たんだよっ!」
俺がミオを仲間にしたのは彼女が正直であるから、という理由もある。
しかし、それ以上に彼女の特殊性が厨二病に引きこもっていた俺の心を刺激した。
正直、ミオに共感覚がなければ今ほど近しい仲になっていたとは思えない──それ程までに、彼女の力はこの世あらざる程に特殊だった。
テストの点数が悪くて佐藤先生に怒られまくっていた俺からしたら、その力をいくら欲しいと思ったものか……。
「まあ……そのこの世あらざるチート能力を覚醒させた原因が、俺ってのが皮肉なものなんだが……」
当時厨二病だった俺にいじめっ子から助けられたミオ。
そんな彼女が、俺とお近づきになる取っ掛かりに選んだのが共感覚だった。
当時のミオは周囲とは見えている世界が違うと感じながらも、それでも普通に生きようとしてきたらしい。
だが、俺に気に入ってもらう為に共感覚と向き合い、今のようなチートに昇華させた。
──俺との出会いが良くも悪くもミオを変えてしまったのだ。
「だから、ミオに学力勝負では絶対に勝てないんだ」
「け、けど……国語ならっ!」
確かに、さっき言った通りミオは国語がダメだ。
ミオ曰く、その時々に応じて色を組み合わせる事で正解を導いているのだが、国語の記述問題とかは要素が多すぎて厳しいらしい。
けど──
「国語のテストだって、全てが全て記述問題という訳じゃない」
「……というと?」
「──ミオは記号問題は確実に正解する」
「とことんぶっ飛んでますねぇ!」
記述するのは大変、けど記号であれば答えを導くのは一桁の足し算をするが如く簡単な事らしい。
最近導入された難度バリ高で有名なエッグい共通テストも、結局は記号であるからミオであったら満点かそれに近い点数が取れるだろう。
アボガドロ定数が分からなかったように、今は共感覚に頼ってろくに勉強していないから地の学力は俺と同じくらい。
しかし、そんな前提全部ぶっ飛ばして答えに行き着くから勝負なんて成り立ちやしない。
「──という事で……私との勝負に負けたけど、何か言いたい事はあるかな〜?」
自身の説明がおおよそ終わったと感じ取ったミオは呆気に取られている楓に向き合うと、にまにま笑いながら問いかけた。
それに対して楓は悔しいのか、はたまた納得がいかないのか顔を真っ赤にしながら反抗した。
「そ、そんなチート相手に勝てる訳ないじゃないですか! 無効ですよ、無効!」
「あれだけ勝つ勝つ言っておいて、負けたら無効なんて恥ずかしくないのかな〜? ましてや、大好きなピリオドが居る前で♪」
「くっ……」
ミオに痛いところをぶっ刺されまくって、苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべる楓。
そこに今まで煽ってくれたお返しと言わんばかりに、ミオは追撃を仕掛けた。
「まあまあ、私はこの未来を確信していたから優しい命令にしてあげたんだから……素直に負けを認めよ、ねっ♪」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……っ!」
「ほらほら、私を敬って♪」
ミオの追い討ちによって、更に楓の表情に悔しさが滲み出てきた。
数々の感情が混ざり合って混沌とした楓の表情、今までいろんな表情を見てきたが、どことなく『くっころ感』があって一番良い!
今の楓を見て、俺の癖にぶっ刺さり♡──とか思っちゃうあたり、俺って結構歪んでんだよなぁ……。
そんな馬鹿なことを考えている内にも時は流れていて、いつの間にか楓が跪かされていた。
「敬ってって、どうしたら……」
「まずはごめんなさいでしょ?」
ミオはこの機会にとことんやり返すつもりなのだろう。嗜虐的な笑みを浮かべて、まるで女王かのように振る舞っている。
さっきまでの楓なら反抗していただろうが、彼女にもにも勝負に負けたという意識はしっかりあるらしく、奥歯をギリギリと言わせながら従っていた。
「み、ミオ様……。この度は調子に乗って、申し訳ございませんでした……くっ、これでいい?!」
「えー、たーりーなーいー」
「ぐぐぐぐぐ、この子っ!──柊仁君、助けてくださぃ〜」
「え? ああ、そうね」
ここから段々と百合シーンが始まったら、強気だったミオがベットの上では楓に主導権を握られて……とかまた馬鹿なことを考えていたら、楓が助けを求めてきた。
仕方ない、ここは俺がやり返してやるか。
「──ミオ、俺と勝負しようよ」
「んー、ピリオドと? 点数勝負なら絶対に負けな……」
楓に勝って有頂天になっているミオ。むふんと自慢げな彼女は完全に油断しているのは明白だった。
そこで俺は言った──
「──じゃんけーん!」
「ええ!! ちょっとまっ……!」
「ぽん!」
勢いで開始されたジャンケン。それは油断していたミオの度肝を抜いて──
──俺のパーに対して、ミオにはグーを出させた。
「ええええ!? そんなのなしだよ〜!」
「なしじゃありませ〜ん。勝つだけ勝っておいて、負けたら無効なんて恥ずかしくないの〜?」
「ぐぐぐぐぐぐぐ……!」
さっきミオが楓に言っていたのを多少アレンジしただけの言葉。
だがミオ自身が言っていただけに、何も言い返せなくなっていた。
「じゃんけんはダメだっていつも言ってるじゃ〜ん!」
「俺がミオに勝てる唯一の種目なんだから、簡単に手放す訳ないだろ〜!」
そう、共感覚の力で俺との勝負にことごとく勝ってきたミオだが、唯一てんでダメだったのが──じゃんけんだ。
じゃんけんはその性質上、瞬間的な判断を求められる。それ故に色から結果を求める事が難しいらしい。
しかし、完全な不意打ちであればその成功率は指数関数的に跳ね上がる──ポイントは『最初はグー』と言わないことだ。
「それで、ピリオドは私に何を求めるの……?」
「柊仁君、やっちゃってください!」
ちょっとエロティックな雰囲気を漂わせながら尋ねてくるミオは無視。
屈辱的な行動をさせられた楓からの反撃要求も……残念ながら無視。
普段であれば楓の要求に応えていただろうが……今回ばかりは自分の目的を優先させてもらう事にした。
「楓がミオの事を敬うってのはそのままで良い」
「柊仁君!?」
「けど──ミオも楓の事を敬ってね♪」
「えええええ!? それはないよぉ、ピリオド〜……」
「負けたんだから素直に従おう、ね♪」
はたまた先程のミオを彷彿とさせるセリフに、彼女は「ぐぬぬぅ……」と口を閉じざるを得なかった。
楓は自分への命令撤回をさせなかった俺に不満を抱きつつも、ミオも自分と同じなら……と納得してくれたらしい。
「ほら、まずはごめんなさいでしょ?」
「調子乗ってごめんなさい……」
「私も……色々ごめんなさい」
まずはお互いに謝りあった楓とミオ。こんな光景、今までだったら絶対に見られなかった!
『両者が尊敬し合えば、諍いは無くなっていてくれるだろう作戦』は見事成功だったという訳だ。
これで二人の仲は多少なりとも改善して言ってくれるだろう。
そのまま唯一無二の親友と言えるまで仲良くなってくれればいいな──って、あれ? 二人から殺意のこもった視線向けられてね?
どうしたの、二人してそんなにゆらゆらゆっくり亡霊みたいに近づいてきて。
亡霊だなんて怖いじゃないか、二人の可愛い顔が台無しだぞっ☆ ……って、ちょまっ──アアアアアアアアアアアア!




