乙女ゲー未経験で真の悪役令嬢どんななのかは分からない
「──両手に花?」
──補習教室に着くと、先に来ていた楓の大親友である溝口柚茉は開口一番にそんな事を言った。
「うーんと……左手に薔薇、右手にラベンダーかな?」
「ありゃ、意外に普通な選択。ミオの花は変なのにすると思ってたけど、杞憂だったな」
「そんなそんな……柊仁君は私を疑すぎですよ!」
賄賂の件で再び大騒動が発生しそうになっていたのを無理矢理食い止めている状態だったから、変なのを良いそうとも思ったがそんな事はなかった。
因みに、俺の左には楓、右にミオが位置している。つまり、ミオはラベンダーだというのだ──良い匂いの花だし、何の問題もないな!
楓を疑いすぎちゃったな、反省反省。まさか、心優しくて天使なんて言われちゃうような女の子が相手を貶めようとだなんて……ねぇ?
そう自分に言い聞かせようとしていると、ちゃかちゃかとスマホを構っていた溝口さんは言った。
「薔薇の花言葉は愛情。ラベンダーの花言葉は──不信感」
「んー、楓さん?」
「ななななななんでしょうっ?! いやー、ラベンダーの花言葉なんてしらなかったなー」
「はぁ……」
溝口さんが高速でスマホを弄っていたのは、恐らくネットで調べてくれたのだろう。
彼女の端的な説明を聞いて、俺は大きなため息をついた──やっぱり二人の和解はまだまだ先らしい。
(二人とも違ったタイプだし、相性は良いと思うんだけどなぁ……)
楓は包容力が神っていて根っからのお姉さんタイプ。ミオは無邪気な子どもの様に自由奔放な風来坊タイプ。
和解さえすれば相性最高なんだと思うんだけどなぁ……どうしたら良いんかな──と、その最大の障害になっている俺が言うんだが……。
「──まあ、それはそれとして……席が四つ。ミオは別にしても、補習は俺達だけか……」
「まー、ウチの学校それなりに頭良いガッコだし? 逆に赤点取りまくる湊と楓が異常っていうか?」
「……仰るとおりです」
県内では大分……いや、メチャクチャ頭の良い高校であると評価されている。当然、そこには頭の良い生徒が集まる。
その内の一人である溝口さんは今回は補習参加組になっているが、普段の彼女はそれなりに高い成績を取っているらしく、赤点なんか取らないらしい──見た目ギャルなのにホントよくやるぜ……普通系男子な俺の立つ瀬がねえじゃん。
「ピリオド、地頭は悪い訳じゃないけど基礎がないからね〜」
「まあ、厨二病だったら仕方ないんじゃない? くくっ……」
「──笑うなあ!」
さっき名前を呼ばれた時、『ピリオド』呼びじゃなかったから油断していたが、こんな屈辱を味合わされるなんて……くっ、殺してくれ!
「(柚茉ちゃんと仲良くなりましたね〜。やっぱり仲良くなるには秘密の共有が大事ですね♪)」
「(こんな形では仲良くなりたくなかったな……)」
俺の耳に顔を寄せて小声でそんな事を言ってきた楓に俺は肩を落とした。
がっくりしている俺とは正反対に嬉しそうな楓。いじめ騒動でそれどころではなかったが、楓は俺と溝口さんが仲良くなる事を望んでいたからであろう。
「……というか、俺と溝口さんが仲良くなるのは良いんだ」
ミオとの距離を近いと思った瞬間に比喩的な意味で噛み付いてくるが、溝口さん相手だと楓の機嫌は損なわれていない。
その差は何なのかと、もしかしたらミオとの和解の道が見えるのではないかと聞いたのだが──
「──柚茉ちゃんは私の娘の様なものですから。それに、柚茉ちゃんの好意の先は柊仁君じゃありませんからね……そこのとは違って」
「そりゃあ、ピリオド一筋ですから〜♪」
「あっ! 離れてください!」
「にひひ、うりうり〜」
楓が明らかに嫌がっているのを嬉しんで、ミオは俺の腕に抱きついて身体をすりすりとしてきた。
腕に抱きついてすりすりしているのだから、俺の腕には当然彼女の胸が当たっている訳だが……柔らかくない──どうせなら楓の大きな大きなおっぱいで……ごほんごほん、おっといけない。
「仲良くなってはもらえないんでしょうか……?」
「無理ですよ? 私とその女は根本から相性が悪いですから」
「断定ですか……」
「私も仲良くしろなんてお断りだよっ!」
「「むむむむむむむ……!」」
互いに嫌い合っている筈なのに、互いの『仲良くしたくない宣言』に気分を害したのかムッとした楓とミオ。
俺を挟んで睨み合っていた二人だったが、いつの間にか俺を退けてほぼノー距離で睨み合っていた。
「相性バツグンだよね……湊さえいなければ」
「溝口さんの仰る通りで……」
俺さえいなければ最高に相性がいい──まさについさっき思っていた事であり、客観的な意見と合致している事に肩を落とした。
(やはり俺さえいなければ……てぇてぇ光景が見れるのにっ!)
自らの欲の為にどうにか自分の存在を抹消出来ないのかと思考を巡らせていると、溝口さんはずいずいっと身を近付けてきた。
「──溝口さんって……なんか他人行儀、と思うんだけど?」
「ん? 別にいいんじゃない?」
「よ、良くないっ!」
楓とミオが争っている裏で、溝口さんは頬をほんのり赤らめながらそんな事を言った。
だが、俺としては最初の印象の怖さの所為で『さん』付けが良い……いや寧ろ『姉御』って呼ばせてほしいんですが……。
「曲がりなりにもアレで一役買ってくれたんだし……し、下の名前で呼ばせてあげてもいいけど?!」
「んー……いいの?」
「私が良いって言ってんでしょ!」
「じゃあ……柚茉?」
「ん」
どこかツンデレっぽい反応を見せた溝口さん。それに俺の心は少し動かされた──どうした? なんかツンデレっぽくて少し可愛く感じてきちまったぜ……いや、やっぱ怖いわ。
今までの怖さを払拭するレベルで可愛く見え始めていた時、ミオとバトっていた楓がふと溝口さんを見て言った。
「──うん? 好意の気配?」
「んな訳ないっしょ? 楓の物を取る気はないって。ただ……か、感謝してんの!」
「そっか、そうだよねー? まさか柚茉ちゃんも柊仁君のを事をなんてあり得ないよね〜?」
「その顔ちょー怖いからやめよ!?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッと笑顔でなのに果てしなく恐怖心を掻き立ててくる楓に、流石の溝口さん……もとい柚茉も椅子から転がり落ちながら楓から距離を取った──あっ、くまさんじゃない!?
椅子から転げ落ちた時に見えたレース地の布に驚いていると、背後からガバッと大きな衝撃を食らった。
「あっちはあっちで楽しんでるみたいだし、ピリオドは私とイイコト……しない?」
「ご、ごくり……イイコト?」
「イイコトなんてさせません!」
柚茉を追い込んでいた筈なのにいつの間にか現れた楓は、ミオの手を掴むと即座に俺から引っぺがした。
しかし、ミオは引っぺがされても再び俺にくっつこうとした。
それを再び引き剥がして、またくっついて……と繰り返し、楓の息が乱れ始めた時──楓は『はっ!』と何か思いついた様な反応を見せた。
また何をしでかしてくれるのだろうと内心ヒヤヒヤしていると、彼女はビシッとミオに指を指すと──言い放った。
「──十六女ミオ! 私と柊仁君を賭けて勝負です!」
ここは勝負で不毛な戦いに決着をつけよう──そうカッコよく言い放った楓。
それに対してミオはまるで『狙い通り』とでも言いたげで、また悪役令嬢顔負けなニヤリとした笑みを浮かべたのだった。




