自分の匂いってなんで自分じゃ分からないの?
「──ところでどうして、その泥棒ね……その子はカラーマスターなんですか?……くんくん」
──今朝の大騒動を乗り越えて、俺達は何とか学校に登校することが出来ていた。
並びは当然……楓、俺、ミオの順番。両手に花だね、やったね!──とか言ってられるくらいには、二人の険悪ムードは取り敢えず何とかなった。
昨日の下校時と違って睨み合いをしていなければ、怖い言葉が飛び交う事もない。
周囲の人から『修羅場か!?』という視線で見られることもなくなり、大変結構でござる──ぶっちゃけこれが一番大きい……まあ、違った視線は同年代男子から送られてくるんだが。
「どうしてそんな事を?」
「いや〜、柊仁君のピリオドセイヴァーは何となく分かるんですよ? 色々聞きましたし……くんくん」
「うぐっ……、出来れば忘れていただきたいのですが……」
「いやでーす♪ 墓場まで持っていきます」
「……持ってくなら口外禁止ですよ?」
俺の言葉に対して「分かっていますよ」とニヤニヤしながら告げる楓。
少し話は逸れているが、ミオに対しても多少なり興味を抱き始めてくれているらしいから嬉しき事限りなし。出来ればそのまま和解してね☆
──と考えている俺だったが、楓視点では『柊仁君から名前をもらうなんて事してたら、吹っ飛ばすかんな……』とこれまた何ともまあな思考が展開されていたのだった……多少は脚色してるかもしれないけど。
「ミオのカラーマスターと『色彩の伝導者』は自分で考えてきたらしいよ」
「──考えてなんかいないよ! だって、カラーマスターは私の真の名だからねっ!」
「……らしいです」
あるものに熱中していて静かだった所での急な発言と、まさかの厨二病的な返しに度肝を抜かれたが、まあ何となくでいなした──昔の俺はこんな扱いをされてたから他人にするのも楽勝だね……ぐすん。
「由来とかあるんですか?……くんくん」
「もちろん♪ けど、ピリオドとの永久の誓いで秘匿するって決めてるの!」
「……という事は、柊仁君も知っているんですか?」
「うんまあ……知ってるけど」
まさかミオが約束を守っているとはな……とっくに忘れているかとも思っていたがまあ、ミオだもんな……。
ミオが守っている以上、俺がペラペラと言って良いわけもなし。
「まあ……その理由はミオと関わってれば直に分かるよ」
「何ですかそれ?……くんくん」
「まあ……今日にも分かるかもね」
今日の補習の終わりには一日のまとめテスト的なのがあった筈だ。
しかも数学系とあれば……ミオの独壇場だ。
「それは楽しみにしておきます……くんくん」
「(──あの楓さん? スルーしてましたけど、さっきからめちゃめちゃ気になるんですが?)」
「(何がですか?……くんくん)」
「(それだよ、それ!?)」
ミオに聞こえないように小声で話している最中にも、全身にむず痒さが駆け抜ける。
隙があれば『くんくん、くんくん』ってぶかぶかなワイシャツに鼻を当てて……むず痒いったりゃありゃしないんじゃあああ!
──話していない事が一つあった。
楓とミオの全面戦争が一時休戦となるに至るのに最も活躍したのは怜音さんだ。
しかし、その裏では俺が暗躍していたのだ!──まあ、実際は何もしないでぼんやりしていたのが申し訳なくて、何か出来ないかって考えた末の行動なんですけど……ホント、役に立たなくてすんません。
と、とにかくその暗躍の裏に何があったというと──賄賂、袖の下、まいない……それに類するものだ。
何とか一時的にも和解してもらえませんかねぇ、と楓に渡した……というか貸したのは俺の『ワイシャツ』だ。
は?──いや、その反応は正しい、正しいけど聞いてほしい。俺の気遣い王で天才的な発想を。
楓とミオが揉みくちゃになってプロレスをしていた時、ミオはあの格好だったから良いとしても、楓は学校行く準備万端のワイシャツ姿だった。
そんな姿で暴れ回ったばかりに……丁寧にアイロンがかけられてピンとしていたワイシャツはくしゃくしゃ、それはもうクシャックシャになった──しかも胸周りを重点的に。
いつも糊の利いたワイシャツを身につけている楓が皺々のままで来ただなんて、想像力豊かな人なら何かあったって勘違いしちゃう!
それは避けなあかへんと、俺は部屋の隅に掛けてあったワイシャツをパス。ミオに黙って装着させておいた。
そのお陰で、一際小さな身体の彼女にはあまりにぶかぶかなワイシャツを身につけている楓という、むしろ怪しさ満点な姿が完成したという訳だ。
しかも、春から着ているワイシャツには俺の匂いがたっぷりついているようで、時折……というかめちゃくちゃなペースで、くんくんと鼻に当てて匂いを嗅いでいるのだった。
「(柊仁君が良い匂いだからいけないんですよ?)」
「(本当に良い匂いなの……?)」
「(ふふ……)」
「(何その含み笑い!?)」
自分じゃ自分の身体の匂いなんて分からないから、楓が好き好んで嗅いでいるのが匂いなのか臭いなのか分からない。
それでミオと衝突をしないでもらえるなら良いのだが……やっぱりムズムズずする!
「なにコソコソ話してるの? 私を外すなんて良い度胸じゃん」
「べべべ、別に仲間外れにした訳じゃないよ?」
楓と話していると脇腹をちょいちょいと突いてきた何故か喧嘩腰なミオ。
楓とばっかり話しているのが不機嫌の原因だなと一瞬で見抜いた俺は、ワイシャツの件はバレたらあかんと直感して急いで話題を変えた。
「(──それより気に入ってくれた?)」
「(うん! これカッコイイ!)」
キラキラキラン☆と目を光らせながら見ているのは、シルバーで骸骨のような意匠が施された指輪。
俺が昔──不浄な死を無くす為に死神を滅して、その素材から創ったとか言いながら周りに自慢していた指輪だ。
これもまた嫌な記憶を呼び起こしてくるのだが、割と高かったから捨てるに困っていたが……まさかこんなところで役立つとは……人生とは分からないものだ。
因みに、こっちはこっちで楓に内緒である。指輪を渡しただなんて言ったらどれだけ暴れ狂うことか──しかも左手の薬指に装着してるし。
「(この円環に封印されし死を司りし神よ! 我が魂の呼びかけに応じ、ここに姿を顕現せよ!──みたいな?)」
「(お、おう……)」
流石、厨二病を極めに極めた俺の弟分……昔の俺そっくりだぁ──あいたたたたたたた。やめ、やめてぇ……嫌な記憶を引っ張り出さないでぇ。
ミオが召喚した死神が俺の首に鎌を掛けてくるのをぶんぶんと頭を振って追い出すと、動いた視線の先で怜音さんを捉えた。
隠業を極めている怜音さんを知覚出来るなんて珍しいなと思っていると、彼女は親指を立ててこちらを見ていた。
『──グッジョブ』
ダブルスパイの様な所業を成した俺の苦労を知っているのは世界で怜音さんだけ。
彼女にだけでも賞賛されて、俺の心は多少楽になった。
──だから一瞬気が抜けた。
「──良い匂いですねぇ、柊仁君のワイシャツ!」
「──すっごく素敵、ピリオドにもらった指輪!」
「「ん?」」
「あ……」
再び訪れる終末大戦の危機! 誰の所為か?──俺の所為じゃねぇかあああ!
何となく小声で話していたからやった気になってたけど、口止めするの忘れてたアアアアアア!
完全にアホをやらかした俺──いつの間にか怜音さんのサムズアップはダウンへと変わっていたのだった。




