冷房の最低温度って16度くらいなんね……知らんかった
今朝は何故か異常に寒く、布団を被っていないとやっていられない──そんな朝だった。
真夏の暑さに慣れたこの身体にはこの寒さは明らかな異常であり、目を覚ますことも出来ずに夢の淵を漂っていた。
冬眠に近いそんな中で掴んだ人肌ほどの温もり、それの気持ちよさたるや……地獄の沙汰も温もり次第というやつだった。
そんな言葉の誤りさえも気づけない程に微睡んでいた俺の耳に一つの声が響き渡った。
「──なななな、なんですかこれはああああ!」
──そんな聞き覚えのある声が耳朶を打ち、ゆったりと微睡んでいた俺の意識はゆっくりと浮上していった。
「……んん?」
「──柊仁君! これは一体どういう事ですか! 説明してください!!!」
「うおおおっ!? なになになになに?!」
「なになにはこっちのセリフです! どういう事ですか!」
意識がうっすらと覚醒して上体を起こした瞬間、楓に襟首を掴まれてぶんぶんと振り回された。
すぐさまタップで解放してもらおうとするも楓は止まらず、その代わりと言わんばかりに顔を足下に向けさせてきた。
「うおおおおっ、何じゃこりゃあ!?」
楓によって強引に首の向きを変えられた事で、景色が変わったその視線の先には──シャツとタンクトップだけのミオが転がっていた。
はだけるタンクトップは瑞々しい肌色を遺憾なく見せつけてきていて、若干残っていた眠気は一瞬にして吹き飛んだ──ちょっ、TKB見えちゃうよぉ!?
「説明」
「俺もこの状況はちょっと分からないというか……」
「説明!」
「いや、俺には……み、ミオ、起きろ!」
俺は隣で今もすやすやと眠っているミオの身体を揺さぶって起こそうとした。
恐らく、今まで俺と楓がギャーギャーしていたお陰で若干目は覚めていたのだろう──ミオはすぐに目を覚ましてくれた。
「──ううん……、なにぃ……?」
「何はこっちのセリフだ! ちょ、起きてくれ!」
目を覚ましてくれたと言っても意識がまだ戻ってきていない。
しかし、ぽやぽやとしているミオをこのままにしておいては、説明がされずに俺の身に危機が迫る。
これはこのままにしておけないと、俺は楓の制止を振り切ってキッチンに行き、氷を入手……すぐに戻ってきてミオの口に放り込んだ。
すると──
「──冷た〜〜いっ! 何してくれちゃってんの、ピリオド?!」
「何をしてくれちゃってんの?──はこっちのセリフじゃアアアアア!」
寝起き一番にブチギレられるミオは何のことやらといった様子を貫いていたが、周囲の様子を見回すとすぐに納得したように手を打った。
「あ〜……結局こっちに来たんだ、私」
「どういう事か説明してもらおうか……ミオ?」
「ひっ……ごめんってピリオド、そんな怖い顔しないでよ……あはは」
自分の中で何かを納得したらしいミオに俺はずいっと迫った。
とにかく今はこの状況の打開が必須。俺に非がない以上、何があったのかを全て語ってもらわなければならない──え? 何もやってないよね、俺?
「えっとね……ピリオドとおやすみした後にお風呂に入ったんだよ。それで上がって、着替えたんだけど暑かったからやっぱり脱いで……寝た」
「どこで?」
「ピリオドに紹介された部屋で」
そうか、そうか……なら問題ないな──って! じゃあ何でここにいるんだよ!
そんな風にブチギレると、ミオは自らの唇に指を当ててしばし思案して言った
「……けど、やっぱりピリオドの所に行こうかなって考えてたら寝ちゃって……寝ぼけながらここに来ちゃったんじゃない?」
「じゃない? じゃないわ! なんて事してくれたんだよ!」
見てみ、楓の目。まるでゴミを見ているかのような目で俺を見てるよ?
初めてだよ、楓にこんな目をされたのなんて!
──実際は『私じゃなくて、どうしてこのぺったん泥棒猫が?』と言う目線だったのだが、この時の俺に分かる術はなし。
「あとねぇ……二人で布団に入るのはあっついなって思ったから冷房もガンガンにした」
「だからこんなに寒かったのかよ! 体感冬じゃねぇか!」
手を伸ばしてサイドテーブルに置かれている冷房のリモコンを取って見てみると、その設定温度は16度になっていた。
温度を下げるボタンを連打してみるとそこから下がらないから、16度が最低温度なんだなって知った──要らない知識だったなァ!
「──それで……何もなかったんですか?」
楓のヒヤリとした声、それは俺の心臓をギュッと握りしめてきたが──
「ああ、間違いなく何もしていない。信じてくれ」
俺は力強くそう答え返した──だって、何もしていないのだから……何もしてないよね? うん、きっと……大丈夫。
若干の不安を抱えつつも、自信を持って答える俺の様子を見て、ミオは首を捻りながら言った。
「──どうしてピリオドはそんなに信じてほしいの? 私と何かあっても、その女狐には関係ないでしょ?」
「関係ないってことは……」「女狐って貴女……」
──俺とミオに何かあったとしても関係ない? いいや、楓は俺を好いてくれているし……けど、これは俺とミオの問題。けど、楓と俺は……ううん?
ミオの的確な言葉は、俺が挑むにはまだ早かった問題なのだろう──俺の頭を見事にショートさせた。
楓は、けど俺とミオは……けど楓と俺は、いやミオは……と永遠と巡回しまくって意味が分からない。
そんな風にプスープスーと俺の頭が煙を吐き出しているうちに、ミオと楓は──
「ピリオドは私のものなんだから盗らないで、この女狐!」
「また女狐って言いましたね! 第一、柊仁君は貴女のものなんかじゃありません! そっちこそ、取らないでください、このぺったん泥棒猫!」
「あー! ぺったんって……私に言っちゃいけないこと言ったね! 絶対に後悔させてやるんだから!」
「やれるものならやってみたらどうです? ぺったん泥棒猫にやられる私なんかじゃないんですから!」
「あー、また言った! また言ったなぁ!」
脳がショートしてぼやっとしている俺の横で、喧嘩寸前……と言うか完全の喧嘩の口論が始まっていた。
いつもの楓さんは何処へやら、ミオの事を煽ること煽ること……対してミオはムキーっとハートのアホ毛を尖らせて臨戦体制に。
両者睨み合いを続けていたのも束の間、取っ組み合いが始まり、俺が追い出されたベットの上は戦場と化していた。
「このでっかい脂肪は飾りかあ!」
「痛い痛いっ……! こんの!」
「へっ、やっぱりこんなのない方が得なんだよ!」
まずは楓を押し倒したミオの先制攻撃。楓の豊満な胸をがっしりと掴んで、自分にはないそれを潰さんと力を込めた。
それには流石の楓も苦しんでいたが、小さい身体を生かして腕の間をすり抜けてミオの上に乗ると形勢を逆転してみせた。
「へへっ! やっぱり、全然おっぱいないですね! 負け惜しみは苦しいですよ?」
「またまた……言ったなっ! 人の事をまな板まな板って……馬鹿にするなぁ!」
「私は一回もまな板とは言ってませんよ? 自覚しているんですねぇ?」
「ムッキイ〜〜〜〜! 絶対許さないんだから!」
上を取った楓はお返しとばかりにミオのぺったんおっぱいに手伸ばした。
タンクトップという薄いシャツの上から触った楓──しかし、掴もうにも全く掴むことが出来なかった事に嬉々としてミオを煽った。
──そんな光景は何回も繰り返され、その度にヒートアップしていった。
ギシギシバッタンバッタンという音でキッチンに居た怜音さんも異常に気がついたのだろう。
彼女がやってくるまで、立場を入れ替えては互いの胸を揉みしだいたり、髪を引っ張ったり、と見る人によっては天国、けど内容は地獄な光景が続いた。
「──出発のお時間も迫っている事ですし、取り敢えずここは幕引きに致しましょう……ね?」
使えない俺とは違って、有能な怜音さんの活躍によって二人の喧嘩は一時休戦。
また今度に持ち越されたのだった──いや、持ち越さないで終わりにしてほしかったな! ずっと天井を見上げてぼおーっとしてた俺が言うのは悪いんだけどさ!




