時空神改め、失言神ここに見参!
──楓が家の中で暴れ回っているのと奇しくも同時刻、我が家でもドンパチ騒ぎが起こっていた。
「──良いから、私に任せてっ!」
「ですが、お嬢様は包丁を握った経験すら……やはり、私がさせていただきます!」
「私にはこの目があるから大丈夫! 色が全部を教えてくれるよ!」
「そうは言ってもですね……」
調理場を巡ってミオと怜音さんが争っていた。おおよそ、どっちが先に俺の胃袋を掴めるか争っているのだろう。
HAHAHA、良きかなよきかな。存分に争うが良い──とか言っていられる状況ではない。
ミオに関しては俺に食わしたいのだろうが、怜音さんは違う。彼女は単にミオに怪我をさせたくないのだ。
側付きとしてお嬢様に怪我をさせるなんて言語道断。士郎さんは優しそうだからないだろうだが、雇い主が主だったら文字通り首を飛ばされかねない事案だ。
そりゃ、今まで存在感を消していた怜音さんがパッと出てくる訳だ。
「私にやーらーせーてー!」
「残念ですが、こればかりは許容しかねます!」
怜音さんの服の端を引っ張って料理させてくれと懇願するミオに対して、懇切丁寧に断る怜音さん。
このままでは一生こうしていそうだと思った俺は、仕方なしにミオに話しかけた。
「怜音さんがこれだけ頼み込んでいるんだから、今回は聞きなよ」
「いや!」
「あぁ……じゃあ、こうなったミオは止められませんよ? 諦めましょう、怜音さん?」
「お嬢様がお怪我をされる様な事態になってしまったら……私は死んでも死に切れません!」
「あぁ……だってよ、ミオ?」
幼児退行と言わんばかりに『嫌だ』の一点張りをするミオと、ミオが怪我した暁には責任を取って自殺する様な含みを持たせている怜音さん。
俺が少し間を取り持とうとしたところで、彼女らの争いを止めるに至らず、逆にそのどっちつかずの態度がミオの気を一層昂らせてしまった。
「ピリオドはどっちの味方なの?!」
「どっちの味方っていう訳でもないけど……」
「じゃあ、どっちにご飯作ってほしいの?!」
どっちかって言えば……まあ、料理経験豊富であろう怜音さんに作ってほしいのだが──それに、ミオは包丁を握った事もないみたいな事が聞こえた気がするし……。
しかしそんな願望は置いといて、完全に頭に血が昇ってしまっていて冷静な思考が出来ていない彼女に、俺は一石を投じた。
「──一緒に作れば良いんじゃない……?」
「「あっ……」」
俺が告げた一言に対して、ミオと怜音さんは『考えてもいなかった』と言わんばかりの声を漏らした。
いや、ミオが気づいていないのは分かっていたが、怜音さんも気づいていなかったんかーいって──流石、ポンコツの片鱗を見せつつあるスーパーメイド様。
そんなポンを取り戻したいのか、アホっぽい声を漏らしていた筈の姿ははたと消してミオと向かい会った。
「……一緒にお料理しましょうか」
「そ、そうだね……。へへ……」
一足早く取り繕い終えた怜音さんと違って、異常に熱くなっていた自分を恥ずかしがっているミオ。
発散する先のない恥ずかしい気持ちをにへらとした微笑みで隠そうとしていた。
そんな姿に一瞬、可愛いと思ってしまった自分をヘッドロックで押さえつけつつ、この安定した空気をぶち壊す様な事を言った──
「あっ、と……俺料理しないんで、この家に食材らしい食材がないんですけど……」
「──ご安心してください。準備しております」
「Wow!」
──と思っていたのだが、怜音さんは何処からともなく食材が詰め込まれた籠を取り出した。
やはり完璧メイド過ぎて笑う事しか出来ない、ハッハッハ。
冷蔵庫の中を様子を確かめた怜音さんに『本当に何ですか、この貧相な中身の冷蔵庫は?』と聞かれて、『何でや、金のハンバーグ美味しいやろ!』というツッコミを内心用意していた俺からしたらネタ潰しの現行犯。しかし、捕まえるどころか賞賛するしか出来ない完璧ように思わずスタンディングオベーション。
「キッチンを使わせていただきますが宜しいでしょうか?」
「はい、存分にお使いください。これからも使うでしょうし、調味料とか道具の位置は好きに変えてください」
「了解しました。ではお嬢様、一緒にクッキングでございます」
「やったー♪」
ようやく怜音さんから料理の許可が降りたミオはまるで子供の様に跳ねて喜んでいた。
また、怜音さんはミオのそんな様子を見て、肩を竦めながらもどこか愛しげな目をしていた。
「はあ……なんて素敵な主従関係♡」
てぇてぇとは少し違った、しかしとても美しくて微笑ましい空間が俺の前に広がっていた。
一生これが続けば良いのに──そう思っていたのだが……。
「──お嬢様! 包丁の持ち方が違います! それでは、とても危険です!」
「あれ? そうなの?」
ミオの壊滅的な料理センスのなさに怜音さんはずっとハラハラ。
癒し空間は一瞬にして崩壊していた。
まあ、よくよく考えてみたら、一人で作らせるのも一緒に作るのもミオが怪我をする確率は同じだし、こうなるのは必然であったというか何と言うか……。
まったく〜、それに気付かないとは怜音さんポンコツ〜──はい、すみません! よく考えて物を言うべきでした。
──そんな事を思いながら、ハラハラといった様子でミオに料理を教えている怜音さんを見ていたのだった。
★☆★☆★☆★☆
「──かん、せーい!」
「おお〜、お疲れさま〜」
「本当に疲れた〜。褒めて褒めて〜♪」
「はいはい、偉い偉い」
テーブルに作った料理を並べ終えたミオは颯爽と僕の元に寄ってきて、頭を差し出しながらそう言ってきた。
この夕食作りで真に頑張ったのは他ならぬ怜音さんであるが、取り敢えず差し出されたミオの頭を撫でた。
むふぅ〜と満足げな息を吐いてそのまま俺の膝に寝転がったミオ──男の膝枕なんてそんな良いものでもないだろうに……。
「お嬢様、早くお食べにならないと折角作ったお料理が冷めてしまいますよ」
「はぁい」
キッチンで軽い後片付けをしている怜音さんが声を掛けたが、今のミオは完全に休憩モードに入っていて手を上げるだけで動こうとはしなかった。
「お疲れ様です、怜音さん」
「……いえ、これが役目ですので」
キッチンでテキパキと、しかし静かに作業をしている怜音さん、シャキッとした雰囲気を装っているが、料理前と比べると明らかにげっそりしていた。
途中、何度も側から見ている俺ですらハラハラさせられるシーンが何度もあったのだ。怜音さんの心的疲労は計り知れない。
ただその多大なる疲労のお陰で、俺の膝でごろごろと喉を鳴らしているミオには傷一つない──ちょいちょい、猫みたいに寛いでないでもう少し従者を労った方がいいですよ。
一部ポンコツな所を除けば怜音さんは完璧超人なのだ。今、ミオに辞表を叩きつけても就職口は無限に見つかるだろう。
タイトルはそうだな……『超絶完璧メイドの私、ワガママ主人に辞表を叩きつけたらスパイになっちゃった件』だろうか?──うーん、何と興味が引き立てられるタイトルだろうか。これで俺も印税生活待ったなし!
「──っと、本当に飯冷めちゃうから動くぞ」
「え〜、ピリオドが運んでよ〜」
「面倒だが……まあ良いよ」
一人暮らしかつ料理下手な所為でいつも貧相で可哀想だった食卓を豪華にしてくれたのだ。それくらいはやって然るべきなのだろう。
ソファでバタバタしているミオの脇に手を通して、俺は彼女を抱っこした──その瞬間の事だった。
「──おもて……あっ、ごめん!」
「ぴーりーおーどー!」
「いやごめん、ホントごめん」
──ミオを抱き上げた瞬間、思わず口から飛び出たしまった『重たい』発言。
別にミオが太っているとかいう訳ではない。寧ろ、彼女はスポーティな身体つきで、その四肢は適度に筋肉がついていて細い──ついでに胸もない……いや、まな板を装着している……いや何でもない。
しかし、俺が抱え上げた直近の人物は楓であり、彼女は全国の女子高校生で最も体重が軽いレベルに軽い……つまり相手が悪かった。
「痛い痛い痛い! 千切れちゃう、千切れちゃうからぁ!」
ミオをお仕置きをする時はいつもつねってくるのが癖である。
しかし今回はガチでヤバいらしく、耳に噛みついてきた……そのまま噛みちぎる勢いで。
いや、今回は俺が100パーセント悪いから何とも言えないのだが、言えないのだがやはり──
「──痛い痛い、離してミオおおおおおお!」
──割とガチで千切れてしまいそうな耳を自由にしてくれと、絶叫を轟かせたのだった。