後悔先に立たず
ああぁ、勿体ないことをした。あの状況で嘘コクでないと気付けるわけがないだろ。
学年一の美少女の嘘コクを振ったら、それはまさかの本当の告白だった。
その事実は非モテの俺に重くのしかかってくる。
今更、嘘コクじゃないなら付き合おう、って言うのはダサい、ダサ過ぎる。
はあ、彼女いない歴=年齢を脱却するこのチャンスを棒に振るのは痛いなあ。この先、彼女出来るかな……。
「そう言えば──」
この告白を思い返して疑問に思ったことが一つある。
「一さんは何で俺に告白を?昨日が初登校だから関わりはないと思うし、外見はこうだし……」
「……やっぱり覚えていなかったのですね。──いや、同一人物だと分からないだけですかね」
「うーん……どこかで会ったことがあるの?」
こんな美少女を前にした事は一度もないと思うが……。
「入学式の朝。ここの学校に繋がる通りで、私は貴方に生きる希望を貰いました」
「入学式の朝……ってまさか! 一さんはあの時の女の子なのか!?」
一さん、本当にあの時の子か……? あの時は掻き乱れた髪に、今よりも涙で腫れた目元。今の様に笑みを湛えていなく、絶望に染まった様な表情。
それらの特徴を当てはめていくと、目の前にいる楓があの時の少女になる気がする。
「はい。あの時は本当にありがとうございました。あと、本当にごめんなさい。私のせいで命の危機にまで陥ってしまって……」
「いや、咄嗟に身体が動いただけだから、謝罪なんてしてもらわなくて良いんだけどさ」
唯一謝ってほしい事があるとしたら、高校もぼっちになってしまうのか、と心配させられたくらいだ。
その他に謝ってほしいことなんて一つもない。とにかく無事で良かった、その気持ちが強い。
「うん。ちゃんと無事だね。傷とかも残っていなさそうだし」
「湊君がしっかり守ってくれましたから。けど、そのせいで湊君は……」
「だから、別に気にしなくて良いって。本当にただ身体が動いただけだから。と言うか、僕ももっと考えて行動していればどっちも助かったんだから。自業自得だよ」
本当になんで、一度歩道まで引っ張って来なかったのだろうか。それだけが疑問でならない。
「そう……ですかね?」
「そうそう。それにあの事故のお陰で助かったこともあるからね」
あの事故のお陰で俺は厨二病から脱却出来た。多分あの機会がなければ俺はこの先もずっと厨二病のままで、勉強が出来ず、高校中退で、学歴もなし。きっと堕落した生活を過ごす事になっていただろう。
神田照示という友達もゲット出来たし、あれはあれで良い判断だったのかもしれない。
まあ、全ては結果論でしかないんだが。
「そう言えば、湊君、あの時となんか違いますね。一人称は我じゃなくて俺ですし、何と言うか話し方が丸い?」
「ッッッッッッ!?」
まずい、その話題はまずい。絶対に触れられてはならない。
照示が友達になってくれたんだ。元厨二病ということがバレて逃がすわけにはいかない。
「そ、そうかな。かかか、変わらないと思うよ。うん、絶対に。あの時、一さんも錯乱?混乱?していたから聞き間違えたんじゃないかな」
「いや、聞き間違えてないです。あの日から毎晩、あの時の夢を見るようになったので忘れません。湊君は『天寿を授かったのならそれを全うするのが──」
「やめて、お願いだからやめて。俺の黒歴史を掘り起こさないでぇ」
あの時、俺が楓に言った事を一言一句違わずに言っていく。しかも、声色や言い方まで似せて。人の痛い所を突いてきて、この子は本当に俺のことが好きなのだろうか。
というか、あの時の夢を毎晩見るってどんな地獄だよ。あの日から毎日、って単純に三十日以上だぞ。その間、悪夢をずっと見続けている楓に同情の念が絶えない。──俺のせいだけど。
「ふふ。ごめんなさい。意地悪する気は全くなかったんです。ただ私はあの時の言葉に救われた。あの時の貴方に救われたのです。湊君にとって黒歴史なのだとしても、私にとっては大切な言葉ですよ」
「あんなの大切な言葉として記憶してなくて良いから。何なら忘れてくれても良いからね」
「絶対に忘れません! ところで、そんなに後悔をしているのなら、どうしてあの様な感じだったんですか?」
この子、意外とSの才能があるのかもしれない。明らかにこの状況を楽しんでいる。
「それはね……。えっと、罰ゲームだったんだよ。友達に勝負で負けてね、罰ゲームで一日、誰に対しても偉そうにしろ、って決まっちゃってね……」
「へー、そうだったんですか。けど、あの日は入学式でしたよね。いつお友達さんと勝負されたのですか?」
「んんんんん……。その前日にだよ」
友達なんていないからボロは出たが、何とかミスを補えるそれとない理由を思いついたのではないだろうか。
「ふーん、そういう事にしておいてあげます♪」
楓は微笑みを浮かべて、そう言った。それは天使が微笑むような柔らかいものではなく、悪魔がニヤけるようなそう言った類のものだった。
『怪盗小悪魔』の方が似合っているのではないだろうかと思うほどだ。
そんな事を考えていると一さんはきっちりと服装を整え直して一歩後ろに下がった。
「湊君!」
一歩下がった所から僕の名を呼んだ楓。それと同時に、さっきまでの打ち解けた空気が一変して、引き締まる様な雰囲気へと変化した。
「突然、どうしたの?」
「その、あの……。私はまだ、湊君のことが好きです……」
斜め下に向いていた視線をこちらに向けると、一言一言丁寧に言い出した。
「これから先、お友達として関わる中でもし、もし湊君の気を向かせられたら……その時は付き合って頂けますか?」
「…………」
所々つっかえているのは緊張している証だろう。それは当然だ。
他人に本当の思いを伝えるのは、本当に怖い事だ。距離が近付くのか、逆に遠くなるのか。元々あった印象が大きく変わってしまうこともある。
それにも関わらず、一さんは二度も思いを伝えてくれている。
その上、一度逃した絶好の機会が、もう一度帰ってきた重要な時。ここはビシッと──
「あ、ああ。そ、その時はよろ、宜しく頼んだ」
ビシッと決めようと思っていたのに、盛大に噛みまくってしまった。恥ずかしッ!
恥ずかしさと申し訳なさで、恐る恐る一さんの顔を伺うと──
「やった! 今日は来てくれてありがとうございました。またね!」
小さくガッツポーズをしたかと思ったら、ピューッと風のように去っていってしまった。
あの嬉しそうな表情たるや……。盛大に失敗してしまったが、俺があの表情を引き出せたと考えるとなんだか俺まで嬉しくなってしまう。
それに──
「またね、か」
またね、なんて言われたのはいつ振りだろうか。俺と照示はわざわざそんな事言わないし、中学の時はそんな事を言ってくれる人はいなかったし……。俺って寂しい男だなぁ。
★☆★☆★☆★☆
『へー、あの天使がねぇ。告白を全部断っていたのは湊を待っていたという事か』
「そうっぽいね。それなのに俺はそんな事も梅雨知らず……」
『まあ、仕方ないさ。湊にそんな過去があればなぁ……ははは。おもしろ』
「面白くないさ。あんなの最低だよ」
中学の時の嘘コク事件についてを厨二病だった事を抜かして話した。そうしたら照示は大爆笑。これ以上ないってほど笑われた。
『さて、そろそろ休憩も終わりにして勉強を進めるか』
「お願いしまーす」
俺は今夜も変わらず、Rain越しに照示に授業を受けていた。照示はしばらく先まで夜の予定は埋まっていたそうだが、僕のためにその全てをリスケして、時間を空けてくれた。本当に照示様様だ。
『えっと次は……連立方程式か』
「あっ、それ知ってる。ガッチャンガッチャンってやるやつでしょ」
何となく記憶の奥底にある知識を引っ張り出したら、そんな子供の様な説明しか出てこなかった。
しかし、説明とは裏腹に、俺は液晶画面にスムーズに解を書き込んでいく。今の時代、離れていても画面を共有出来るのが凄いところだ。お陰で照示先生の授業がスムーズに進む。
『……合っている。湊は方程式とか関数とかの形さえ覚えとけば何とか解ける単元は得意だけど、証明とか頭使う系が致命的だな』
「あはは……お恥ずかしい限りで」
『慣れるには数を熟すしかないけど、やるべきはまだまだあるからなぁ。どうするべきか……』
「……」
照示は勉強面で物凄く僕の事を考えてくれている。正直、まだ会って二日だとは思えない。
「どうして照示はこんなにも親身になってくれているの?元々あった予定を変更してまで」
「ん?ああ、俺がお前を気に入ったから。初日にも言っただろう、湊は俺の学校生活を面白くしてくれそうだからな、進級出来ないとかなったら俺が困るんだ」
勉強をする気は十二分にある。気力さえあれば何とかなる……はずだ。
「なんでそんなに期待されているのか分からないけど、ここまで手伝って貰っているんだから頑張るよ」
「もう既に湊は面白いよ。天使に告白された上に振ったんだから」
「その話はもう良いよ……」
「さて、これからどうなっていくのか。あのリア充グループも関わってきそうだな。楽しみだなぁ」
何やら不穏な事を言っているが、僕は聞いていないふりをして問題を解くのを進めた。
あっ、二次方程式楽しいな。