そもそもまだ楓の物でないという事は……黙ってた方がいい?
「──つまり、財閥系へと押し上げる時に金を借りたところがまさかの闇金で、それから逃げてミオは日本……というか俺の家に?」
『そういう事さ。迷惑をかけてすまないね、湊君』
口の端から覗かせた歯をきらりと光らせて、イケおじでミオのとーちゃんで財閥トップの士郎さんは画面越しに微笑んだ。
──いや、全然笑える話じゃないと思うんだが……。
ゼロがめちゃめちゃ多い金の話だったり、ミオが闇金業者から何度か誘拐されかけてたり……ただの高校生にする話にしては荷が重いだろぅ!?
しかも、そんな娘を俺に預けるなんてどうかしちゃってるぜ、全く!
「大体分かりました。ミオが我が家で暮らす事も認めます」
「柊仁君!?」『おお、それは良かった』
俺の言葉に楓の驚きの声と士郎さんの安心したような声が響いた。
楓は置いといても、士郎さんが娘の安全を祈っている事は素晴らしい事だ。
だが、俺は困っている少女を無償で助けるような気前の良い男じゃない!
「ただし……」と付け加えて俺はニヤリと笑った。
「──勿論、報酬は弾んでくれるんですよね?」
『勿論だ──怜音』
「はい」
おふさげ半分で言ってみた言葉だったが、どうしてか士郎さんはガチ目な表情で指示を出し、それを受けて怜音さんはガチ目な表情でアタッシュケースを出してきた。
パカりと開かれたケースの中には金金金金金……大量の諭吉さんがガンを飛ばしてきていた──ひぅぅぅ……目がいっぱい。
『少なければ言ってくれ。娘の願いを叶えてくれるのだから幾らでも出そう』
「いやいやいやいや、冗談ですって! こんな大金貰ったって困りますよ!」
『しかし、湊君は報酬は弾むのかって』
「そんなの定番ネタみたいなものですよ! まさか本当に大金を出されるなんて思っている訳ないじゃないですか!」
口から心臓飛び出すかと思ったわ!
どうしてただの高校生にこんな大金を出してくると思おうか?
『なら、要らないのかい?』
「いや……、要る……要りませんよ」
「今、要るって言いましたか?」
「言ってません」
欲望に眩んだ一瞬を楓は見逃してはくれなかった。
だが、ちゃんと拒否した。俺はお金に勝ったのだ、ガハハ。
『なら、ミオの生活費として使ってくれ。余った分は回収する』
「分か……りました。分かりましたけど、そんなこれ見よがしに置いとかないでくださいね、怜音さん?」
まさかの棚の上にポンとアタッシュケースを置いた怜音さん。
明らかに使っても構いませんというポーズを取られているのは流石に試されている様で精神が削られる。
「それでは、どうしましょう」と言いながら、神棚に置いたりとアタッシュケースの扱いに困っている怜音さん──あら、意外と天然?
──そんな事を思っていると、楓が突然口を開いた。
「──全部嘘って可能性も……ありますよね?」
ここで楓は可能性の一手を投じた。
しかし──
「ミオは嘘を吐かない。多分、本当の話だ」
色彩の伝導者は嘘を吐かない。それはあの時からのお約束であり、彼女が絶対に違えた事のない誓い。
『そうだよな?』とミオの顔を見ると彼女はニコリと微笑んだ──こう見ると親父さんそっくりだな。
「そういう事で、この家で暮らすのがけってーい!」
「おー、パチパチパチ」
「パチパチじゃありません! 年頃の男女が一つ屋根の下で二人きりだなんて!」
「この家を案内してよ、ピリオド♪」
「私の話を聞いてください!」
楓が怒っているのは他所に、パッと立ち上がったミオが俺の手を引いて走り出した。
そんな全く自分の存在を無視してくるミオに楓は怒りつつ、俺達の後を追った。
「……これで良かったのですよね?」
『ああ。ミオが望んだのだ……良かったのだろうよ』
──バタバタ騒ぎの中で呟かれた怜音と士郎の言葉は、誰も気付く事はなかったのだった。
★☆★☆★☆★☆
──十六女ミオが柊仁宅に居候する事が決まった晩のこと。
「──あああああああああああ、どうしようどうしようどうしようどうしよう!」
楓は想い人を横から掻っ攫われる最悪の未来を考えて、自宅にて暴れ回っていた。
「少し騒がしいわよ〜」
「だってぇ……あの泥棒猫に柊仁君取られちゃうぅぅぅうう!」
「泥棒猫って……、いつの間にそんな言葉を使う様になってしまったのか……私は悲しいわ」
「柊仁くううぅぅぅぅん!」
よよと泣く様な素振りを見せる楓の母──早苗だったが、肝心の娘はそれどころではないと言った様子で柊仁の名を叫んだ。
流石にその様子には今まで静観を貫いていた父──武雄も見過ごせなかったらしく、乱心の娘に向かって言葉を投げかけた。
「あんな男を追いかけるのなんて止めたらどうだ? そうすれば万事解け……」
「──うるさい、お父さんは黙ってて!」
「あっ……はい黙ってます」
今まで見せたこともない様なキレ顔で怒鳴られてしまえば、娘大好き父ちゃんはそれに従うしかない。
武雄としてはそんな娘の粗暴な態度に腹を立てる事はない。
──だが、その原因たる存在に対する殺意はむくむくと湧いている訳だが。
「お母さん! 私も柊仁君の家で暮らす!」
「えぇ……。私は構わないけど、柊仁君が乗り気じゃないんでしょう?」
「そ、そうだけど……」
そう、楓が荒れている一番の原因はそこにある。
十六女ミオの滞在はすんなりと認めた柊仁だが、楓の滞在にはほんのうっすらとだが拒否の意を見せたのだ。
(柊仁君は理性が保たないって言ってたけど、本当にそう? 本当は昔の女が現れて、そっちに鞍替えをしようと……くううぅぅぅぅ!)
柊仁の本心を知らない楓はそんな様に考えて、彼の言葉すらを疑ってしまう。
だって、楓は知らないのだ──柊仁が寝ている楓を前に暴走しかけた事を。そして、ミオの|一ミリも性欲を掻き立ててこない身体に信頼を置いている事を。
「──しかし、少し妙だな」
「妙? 変なこと言ってないで、お父さんは少し黙ってて」
「酷い……。まあ、気になったから口にはするけどな」
一瞬引っかかった様子を見せたものの、いつもの言葉を浴びせてきた楓。
柊仁の事は気に入らないが、娘の困っている姿は見たくない。そんな健気な想いが武雄の折れかけた心を再生して、その口を開かせた。
「闇金やら何やらから逃げて来たと言うのは百歩譲って飲み込むにしても──どうして転校までした? 俺にはまるで居着くかの様な素振りに感じるが……」
「……確かに」
「それに普通、闇金どうこうもグループを財閥に押し上げた実力者がそんな失態を犯すか? 俺には中々考えにくいと思うが……」
柊仁が盗られてしまうと焦っていた楓には気付く事の出来なかった疑問点。特に二つ目は、コンサル関係の職に就いている武雄だからこそ見えてくるかもしれない疑問だった。
自らの父を初めて尊敬したとでも言いたげな眼差しで見つめていた楓は、父の提示した疑問点からふと思った。
「──じゃあ、あの泥棒猫はやっぱり嘘を吐いてるってこと?」
「可能性はあるんじゃないか? そこまでの事をして近付く価値のある男には思えんけどな」
「やっぱりお父さんは黙ってて」
「酷い……、今回は活躍したのに……」
折角再生していた心も、二度目の言葉の刃には耐えられる筈もなく武雄は撃沈した。
(闇金云々は嘘……けど、柊仁君は昔からの信頼の所為で嘘であるとは欠片も思っていない。どうやったら、あの泥棒猫を柊仁君から引き剥がせる?)
──しかし、父親を撃沈した当の娘は十六女ミオを引き剥がす事だけをずっと考えていて、父の様子は気にも留めていないのだった。