この話を書きたかったが為に、ここまで頑張ってきたまである
「──それにしても……、はぁ……」
席替え翌日の朝礼前、俺は机の上にとある紙達を広げていた。
素直に言うと、とある紙というのは……まあ、テストの答案だ。
綺麗にファイルに綴じていたというのに、落っことしたらリングが開いて全部が舞い散った。
床に散らばったそれらを拾い上げて、机の上に並べたら……まあ、ため息が止まらないのなんの。
落とした所為で所々折れてしまったその紙の上には、片っ端から三十やら二十やらの数字に加えて補修補修補修……と分かりやすく専用ハンコを押してくれちゃっている。
まあ……そういう事だ。
クラス中は『アメリカからの転校生!』『男子かな? 女子かな?』とテンションぶち上げピーポーしているのに、俺だけは朝からテンションぶち下げピーポーだ。
再び始まる補修地獄を考えたら──くっ、いっそのこと殺せ!
「──ここまでなると圧巻だな」
「黙って、照示黙って」
「まあ…… 中々見られない光景ではあるよね」
「斗弥まで!?」
席替えによって近くなった二人が俺の答案を覗き込んで各々の感想を……しかし、殆ど内容が同じ事を呟いてくる。
返された時は別個に見ていたからあれだが、こうして揃い、ロイヤルストレートフラッシュばりに(逆の意味で)素晴らしいのは目を引くものがあるのだろう。
しかし──ひっくい点数な事は自覚しているにはしているが、それでもあんまりじゃないかぁ……。
俺だって頑張ったんだよぉ……。頑張ってこの点数なんだから仕方ないじゃないか……。
「殆ど同じ様に勉強をした私の赤点教科は数学と科学系だけですから……まあ、ここまで来ると才能ですよね」
「おい、楓にだけは言われたくないぞー!──というか、裏切り者ぉ!」
「へへーん、いつまでもダメダメな楓ちゃんじゃないのです!」
えっへんとただでさえでっかいおっぱいを更に強調させて、楓は自らの点数を誇ってくる。
いやまあ、見た感じそんなに誇れるほどの点数ではないんだけれど、おっぱいは二百点です──ってなに言ってんじゃアホ、楓を性的な目で見たらぶっ飛ばすぞ!
「まあ、あーしが一緒に受けるんだから満足しなよ」
「そうそう、柚茉ちゃんがいるんですから」
「──どうして溝口さんで手打ちになると思っているんですかねぇ!?」
例の件で休み続きだった溝口さんは、テスト前の重要部分連続授業に出席していなかった為に点数を大幅に落とした。
それによって見事、補修組にいらっしゃいしたという訳だ。
本来ならばマイナスな補修も、今の楓達にとっては単なる話題の一つ。
無事に二人の仲が元通りになってくれて良かったと、遅ればせながらに思った。
キャイキャイとしている二人に温かい目を向けていると、視界の端から斗弥が再び姿を表してめっちゃ失礼な事を言ってきた。
「柊仁の点数が悪かったのは本人の才能もあるにせよ……俺にも原因はある訳だ」
「別にそんな事気にしてないけど──前半の言葉が引っかかるんだが?」
俺のそんな虚しい疑問は無視という名の刃でズタズタに斬り裂かれて散った。
その代わりに、斗弥は物凄く魅力的な提案をしてきた。
「それでお詫びと言っては何なんだが……勉強会でもするか?」
「──勉強会! なにそれ陽キャぽい! やる、絶対やる!」
「お、おう……、めっちゃ食いついてくるな……。勉強会した事ないのか?」
そりゃまあ、勉強会なんて当然した事がない。
厨二病ぼっち男にそんな青春らしいイベントがある訳ない──のだが、正直に言ってしまうと色々バレるから濁そうと思った……のだが。
「柊仁君、ぼっちだったんですよね〜?」
「ちょちょちょ、楓さん!? 何で言っちゃいますん!?」
隠しておこうと思っていたのに、楓は馬鹿正直に言ってしまった。
言ってしまったというか、絶対にわざと言ったのだろうが……。
「(秘密の共有も仲良くなる一歩ですよ♪)」
「(黒歴史の暴露なんて絶対に嫌だ!──というか、もう割と仲良くなったよ!)」
小声なのに大声という相反する事象を抱えつつもしっかりと反論すると、楓はくつくつと笑った。
いや、本当に特に斗弥とは仲良くなった。怪我の功名というと事件が少し軽く感じてしまうが、そんな感じだった。
「へぇ〜、なんか意外だな。頭以外は柊仁は良くも悪くも普通だから、友達の一人や二人は作れたと思うけどね」
そんな仲が良くなった斗弥さん、現在進行形で悪意のない刃で俺の心臓をぶっ刺しまくってきている。
そりゃもう痛い痛いと心が叫んでいるのだが、その言葉は彼には届かない。そしてそんな俺が苦しんでいる中、楓はニヤリと黒い微笑を浮かべた。
──まさか……そう思ったがもう遅い。楓の口は既に開かれてしまっていて、彼女の口を塞ぐ事は叶わなかった。
「──まあ、柊仁君は『普通』ではなかったらしいですし……ねぇ?」
「ほう……詳しく」
「いや、俺にも関わりのある人くらいいたから! いや、めっちゃ普通だったから!」
嘘ではない。自称ぼっち語っていたが、封印したい過去の中に関わりのある奴なら居た。
しかし、アイツは絶対に俺の前に現れない。俺の黒歴史は俺と楓の口に蓋をしておけば絶対に守られる!
「──失礼しま〜す」
──そんな事を考えている時、教室中が『可愛い』『可愛い』とざわざわし始めた。
恐らく女子の転校生が入ってきたのだろうが、関係ない!
今の俺には楓の口から闇の情報を絶対に出させないという使命があるのだから!
「いやいや、普通ではないでしょうに? だって柊仁君は所謂、厨二びょ……」
必死に軌道修正をしたというのに全力で話を取り返し、口を塞げぬのを良い事に楓はペラペラと俺の黒歴史を語ろうとした──まさにその瞬間だった。
懐かしい声が響き、教室がざわざわしていたのが突然止んだ。
「──帰ってきたよ……ピリオド!」
その声を……というより名前を聞いた瞬間、俺の首は楓とは真逆を向いていた。
そりゃもうギュンと回った所為でめちゃ痛いがそんなの気にならない──俺の本能が全力で警報を鳴らしていた。
そしてその警報の存在を裏付ける様に──アイツは居た。
「──ミオっ!?」
「皆さんどうも、初めまして! 十六女澪って言いまーす♪」
居住まいを正して元気よく挨拶したのは──未だにどうやってセットしているのか謎なハートのアホ毛が特徴の長めのボブ……いわゆるロブ髪で、背丈は高くも低くもなく胸部は真っ平ら……ごほんごほん、モデル体型な少女──十六女澪。
アメリカからの転校生という話だったから、てっきり外人だと思っていた俺を含めたクラスメイト達。ミオの純日本人的な見た目に度肝を食らっている様子だった。
だがミオは外面的に見たら美少女に位置する少女で、外人ではなくてもクラス中の生徒の視線を釘付けている──何処かから聞こえた声は「天使様と並ぶ美少女」と言っているのだが……俺からしてみりゃ、そんなもんじゃ決してない。
だって──
「にひっ──」
皆の注目を集めている中でミオは小さく笑うと、片腕に肘を乗せた状態で掌を顔の前に持ってきて、この場で高らかに宣言した。
「──というのは表の顔で……真の私は時空神ピリオドセイヴァーの番にして、世界に本当の色を取り戻させる色彩の伝道者──カラーマスター・ミオーン!」
「み、ミオ……。やめなさ……」
「──ぴ、ぴりおどせいゔぁーに、からーますたー……?」
その口を止めようとしたのだが、今まで静観していた銀堂先生が異世界人が横文字を言われたかの様に拙く『俺達の名』を呟いた。
厨二病はその性質上変な目で見られる事はあれども、興味を向けられる事は少ない。故に銀堂先生のその反応が余程嬉しかったのか、ミオは俺の反応なんてお構いなしに喜色満面といった様子で笑って言い放った。
「そう! 時空神ピリオドセイヴァー──表の名は『湊柊仁』と私の間には『永久の誓い』で結ばれているの!」
「や、やめろおおおおおおおおおおおおお!!!」
そうして警報がなっていたにも関わらず、起こる事態に対処出来なかった俺の目の前で封印した筈のパンドラの箱が開けられた。
他ならない昔の相棒ミオによって、俺が元厨二病という事実がクラス中に広まってしまったのだった。
──そうして俺はこの先しばらく、クラスメイト達から『時w空w神w』とか『ぴりおどせいばーw』とか、もはやいじめレベルでイジられ続けることになったのだった。
ひとつ虐めを潰したら新たにひとつ……、ほんともう、どうしてくれんの……。
ポケットの中のビスケットだって、もう少し間を開けてくれるよ!
──あと、呼ぶなら呼ぶでピリオドセイ『ヴァー』だ、間違えんじゃねぇ!