絶対に開けるなよ!──これがフリでない訳がない
「──ってまあ、そんな事があった訳さ」
長い長い二人の成長の話を、そして塩谷メイによる虐め事件収束までの道のりを、俺は必要な部分だけを掻い摘んで楓に話した。
彼女は最初の方こそ、どうして自分も協力させてくれなかったのかと責め立ててきていたが、終わった時には何も言わなくなっていた。
「斗弥君がそんな過去をねぇ。意外な事もあるもんですね」
「意外な事?」
「ええ……。南雲君が裏で動いたのに守りきれなかったとは……、歪んだ恋情の力はとてつもないですね」
確かに、今まで気にならなかったが、斗弥が守っていたのにも関わらず、そこから天乃ちゃんを引き剥がしたとなると……『ユニコーン隊』は相当上手く動いていたのだろう。
そしてそれと同時に、楓の言葉は俺の背筋をヒヤリとさせた。
「歪んだ恋情って……やっぱり俺、死ぬかも」
「はい?」
「斗弥を推してた団体は一つ、だけど楓は二つ……まあインテリの方は良いとしても、ゴリマッチョの方はマジでヤバそうなのが多かった──死んだな……」
前にスポ科の生息する別棟を観察しにいった時、それはまあ地獄だったのを覚えている。
右見て筋肉、左見て筋肉、前見ても上見ても下見ても筋肉。よくもまあ、高校生でそんなに鍛えられたなって程に皆んなガッチガチ──脳まで筋肉で侵されていそうなまであった。
そんな奴らに楓と俺の距離感に関してはまだバレていない……と思う。別棟が故に行動範囲が違うからな。
だが、恐らくバレる日はいつか来る。その時、俺はどうなってしまうのか──そりゃあもう、脳の制御を失って獣となった奴らに、ぐちゃぐちゃのボッコボコにされてしまうんだろう。
「柊仁君は死なせませんよ。私が何に代えても守ります」
「おお……何とも頼もしい言葉」
斗弥もそうだが、俺を守ろうとしてくれる人が居てくれて非常に嬉しい。
厨二病時代、俺が困った状況に陥った時に手を差し伸べてくれる人は殆ど居なかった。
ヤベェ奴認定されていたから仕方ないのだが、だからこそ今この環境がとても居心地が良い。
逆に、俺が厨二病だった事を知られて周りが離れていってしまわないかがとても心配で──
「──今の柊仁君の周りにいる人なら、きっと柊仁君が厨二病でピリオドセイヴァーだったと知っても、離れていかないと思いますよ。だって、皆んな柊仁君の優しい心の内を知っていますから」
「かえでぇ〜……──って、シンプルに心読まんといて」
「えへっ、バレましたか」
俺がツッコミを入れると右の拳をこつりと頭に当てて、「てへっ」とした楓──何だそれ、かわゆっ!
いや、可愛いのは置いといて……本当にどうやったらその能力が解放されるんだい?──異世界転生の特典かな?
──って、なんでトラックに轢かれた側じゃなくて、守られた側に特典くれてんだよ、神様!?
(ん? 神様……うっ、頭が……!)
なんかピリオドから始まって、セイヴァーで終わる何かを思い出しそう……って、封印封印。
禁断の記憶はパンドラの箱に詰めておくから、絶対に開けるなよ! ぜっったいに開けるなよ!──いや、フリじゃねぇからな!?
「──って、話が逸れたな……、そんなこんなで斗弥を復活させて、あの二人……もとい塩谷メイにぶつけたってワケ」
「なるほどですねぇ……。確かに柊仁君では役不足でしょうし……斗弥君を復活させるのが一番良い手立てだったのでしょうね」
「おいっ! 俺じゃ役不足なのは分かっているが、はっきり言うんじゃないよ!」
「別に揶揄っている訳ではありませんよ。私が言いたいのは適材適所だった、という事です」
ちょっと頭良さげな言葉を言って俺の方を向き直り、柔らかい笑みを浮かべて楓は俺を優しく抱いた。
「確かに塩谷さんから話を引き出し、銀堂先生に引き渡す事が出来たのは斗弥君しか居ません。けど、その斗弥君を再び立たせることが出来たのは、柊仁君しか居ませんでした」
「そう……かな?」
「はい。その場に天乃さんを呼び寄せた手腕でしたり……」
「──あっ……天乃ちゃんが来たのは、照示が来るって言ってやまなかったからなんだけど……」
「…………」
やめて、そんな目で俺を見ないでぇ〜……。
けど良いこと言ったって思わせといて、ホントにごめんなんだけど違うんだよな……。
そもそもあの場に天乃ちゃんも来るって知らなかったし、天乃ちゃんと斗弥の間に深い関係があった事も知らなかった。
斗弥を立ち直させるにはどうすれば良いかって案を求めた時に、ああいう場を整えろって言ったのは照示。そこに自分を同伴させろって言ったのも照示。天乃ちゃんを連れてきて長い歴史に終止符を打ったのも照示──割と照示の手柄なんだよなぁ。
──まあ、本人にはそんな意図はなく、ただただ責め立てたかっただけなんだろうけど。
「ま、まあ! 過程はどうあれ事件は収束した。これで、溝口さんも安心して学校に来られる様になったよ」
「……本当ですか?」
「ああ! この後、もう一回溝口さんとこに行ってみようよ」
「……はい!」
あの夜、悩んで悩んで……心細くなっていた楓。俺はその姿を見て本格的に動こうと決心した。
だから、こうして嬉しそうな笑みを浮かべてくれている彼女を見て、俺自体は殆ど何もしていないけど頑張って良かったと思った。
これで、お互いを想いあったが故に割けてしまった二人の仲は元通りになるだろう。
いや寧ろ、雨降って地固まるように、二人の中は前よりもずっと強固に結ばれることになるだろう──これもなるべくしてなっている事……なのかもしれない。
「本当に──ありがとうございます!」
「ふっ、俺は仲良い二人が見たいだけだから」
「カッコつけちゃって、もう──これ以上好きになっちゃったらどうしてくれるんですか?」
「抱きつきながらそれ言われると、グッと来るよね……まじで」
さっきからずっと抱きつかれている状態だったが、そんな状態で『好き』とか言われたらマジで心臓に悪いからやめて……。鼓動が速くなりすぎて爆発しそう。
それにあの理性が一回崩壊した夜の影響か、楓のおっきいおっぱいを押し付けられてると、割と理性がギリギリなんですが……。
「えへへ〜」
あ、あの……グッと来るって言った瞬間にガシガシ身体を押し付けてくんのもやめてほしいんですが……やめなきゃマジで揉んじゃうぜ?──いや、冗談じゃなくて。
「──さ、さっき汗臭いから離れろって言ってなかったっけ?」
「その後にもう一回抱きしめてくれてもいいとも言いましたよ?」
上目遣いで誘惑するような笑みを向けてくるこの小娘はまるで小悪魔。俺の理性を甘く溶かし、野性を暴走させようと企む悪戯娘。
ついでに、意図してか、してないかは知らないが胸まで押しつけてくる始末。
この前、暴走した俺にちょっと嫌な目に遭わされかけたというのに、こんな事をしてくるとは……本当にどうなってんだ?
「──次は遠慮なくメチャクチャにしちゃうよ?」
「ぅう……、耳元で囁くのはやめてくださ〜ぃ……」
後々イジられそうでめちゃめちゃ嫌だったが、試しにとASMRが如く吐息たっぷり低音ボイスで囁いた。
すると予想以上に効果は抜群、楓は身体をぷるぷるっと震わせて抱き締める力を弱めてきた。
その反応で俺は少し調子に乗ったのだろう──
「そうか、耳が苦手か……なら──かぷっ」
瞬時に耳が弱いと見抜いた俺は、若干の躊躇いを覚えながらも彼女の耳に甘噛みをした。
はむはむとさせると、口内には甘い香りと若干の塩っぽさが広がった。
そんな楓の味を楽しみながら楓の顔を見ると──
「ひ、ひいぃぃ……! すみませんでしたあああ!」
──結果はご覧の通り。ボンっと顔を赤くした楓はすぐさま抱きつきを解除する……だけに留まらず、空いた手で耳を押さえて、脱兎の如く全力で逃げていった。
バタバタバタっと階段を降りていく姿はコケるんじゃないかと不安になる程辿々しかったが、それらしき音はしなかったから大丈夫なのだろう。
逃げる時にちらりと見えた顔は恐ろしいほど真っ赤になっていたが、まあ良いお仕置きになったんじゃないかなと思う。
それに耳を責めず、あのまま拘束状態を解除出来なければ、もっと酷い事態になっていたのだ。そこら辺は我慢してもらって──って……!
──バカ恥ずかしいじゃねぇかよおお! 何で噛んだ、何で甘噛みした!? 何だよ『かぷっ』って、男がやる甘噛みなんてめちゃめちゃきめえだけじゃねえかよおおおおおおお!!!




