誰もが誰もが意志と意思を一致出来るとは限らない……私はできぬ
「──という事で、お兄ちゃんは謝ってください」
「はっ!? 何でだよ?」
長い長い後悔の歴史にようやく一段落ついた──誰もがそう思った直後、天乃ちゃんは照示の方を向いてそんな事を言った。
それに対して照示はかなりガチで驚いていて、ガチで意味不明そうだった。
俺も南雲君も天乃ちゃんが何の事を言っているのか分からず、「どうして照示が謝らなくちゃならないの?」とハモりながら尋ねると、彼女は困ったような顔を浮かべて教えてくれた。
「だってお兄ちゃん、あの後から何かと斗弥先輩と突っ掛かっていたんですよね? だから、謝ってもらうんです」
「いやそれは、お前の事を想ってだな……」
言葉尻が少々弱い兄の主張に、妹は首をふるふると振ってから叱った。
「勿論、お兄ちゃんの行きすぎた愛情が故だと言うのは分かっいるけど、それでも斗弥先輩を困らせるのはダメ……というか、斗弥先輩じゃなくてもダメ」
「けどな……」
「──それに私の事を理由に自分の嫉妬もぶつけてたんでしょ?」
「チッ……バレてたのかよ」
嫉妬とか何とか何の事を言っているのか分からなかったが、取り敢えず天乃ちゃんのお説教タイムは終わったらしい。
しかし、照示はそれでも頭を下げたくないと駄々を捏ねたのだが、天乃ちゃんは照示の頭を掴むと半強制的に頭を下げさせた。
俺宛ではないが、照示が頭を下げている……というか照示が一方的に責められるとかいう珍しい光景に「ほへぇ〜」と感嘆の息を吐いた。
一方その横の南雲君は、照示のお辞儀になんて興味がないようだった。何故なら、「斗弥、先輩……。まだ俺を斗弥って……」と感極まって自分の世界に入り込んでいた──イケメン行動だけじゃなくて、割と童貞味がある行動も取れるんスね。
──というか、ヤケに照示からの南雲君への当たりが強かったのってそういう事だったのね……流石はシスコン。
「第一、そいつがじみ〜に過ごしていたら、絡もうとしなかった。ギラッギラにモテオーラ貼り付けて闊歩してたのが気に食わなかったんだ」
「……そう言えばモテないようにしてたのに、どうしてオシャレを続けてたのかって、まだ決着がついてないよね?」
折角なら蟠りは一切なしで終わらせたい。自分の世界に入り続けている南雲君を無理矢理引き戻して問い尋ねた。
すると、南雲君は少々恥ずかしそうにしながら、恐る恐るといった様子で告げた。
「いや、モテたくない……ってのは本当の気持ちだ。俺の所為で傷つく人は見たくない。けど……」
「けど?」
モジモジするイケメンという割とありそうな画が続く中、天乃ちゃんは『全くもう』とでも言いたげな半笑いを浮かべた。
「モテたくない……けどモテたい──っていうのが本心ですよね?」
「うっ……」
「「はい?」」
俺と照示の口から阿呆っぽい声が同時に漏れた。
そりゃ漏れるに決まっている──天乃ちゃんが告げた事は矛盾どころの騒ぎではないのに、それに南雲君は痛い所を突かれた様な反応を見せているのだ。
そんなの天乃ちゃんの矛盾した話を肯定しているに他ならない。
ワケわかめになっている俺達を見て、天乃ちゃんは『私の方が知ってるんだぞー』とでも言いたげな顔をして話を続けた。
「斗弥先輩、まだ付き合っていた頃に言っていました──俺は今までモテるけどモテなかった。だから天乃が彼女になってくれて本当に嬉しいって」
「つ、つまり……?」
「──高校でも彼女が欲しかったと言う事ですよ」
それが告げられた瞬間、南雲君はKOされた。全身から力を失い倒れ込んだ彼にはいつもの王者の風格は微塵もなかった。
そんな光景を前に、高校生男子の相反する感情のせめぎ合い……とでも言うべきか、人間は物語の登場人物の様に必ずしも意思と意志が一致するもんじゃないんだなと実感した──まあ、そりゃそうか。彼も俺と同じ人間だしな……。
それでも、完璧イケメンの意外な面あるんだなと新たな発見に唖然はした。
「──それじゃあ、溝口さんとどうこうなれば良かったんじゃない?」
溝口さんの好意に気づいていたのだったら、彼女と付き合っていれば良かったと思うが──
「……モテたくないという感情が、俺の他人への好意を阻害して……そういう気分には」
「あら〜、なんともまあ複雑な」
モテたくないけど誰かと付き合いたくて、モテたいけど他人を好きにはなれず……なんじゃそりゃ。まーじで複雑で頭おかしなるわ。
もしかしたら。長年の苦悩で思考がぶっ飛んだのかもしれないな……。だって、中二の出来事だから二年間も苦しんでたわけだし……半分厨二病みたいな? ちょっと違うけど。
「まあ……ゆっくりで良いから誰かを好きになれるようにしていきなよ。おすすめはやっぱり溝口さんだけど」
本人達の自由意志だが、天乃ちゃんとの復縁は少々難しそうに思える。
多分これから関わっていくのだったら、先輩後輩の関係が定着していきそうな気がする。
だったら溝口さんが良いだろう。彼女だったら万が一にも南雲君を不幸にする事はないだろう。
まあ、今回の件で好意を無くしてしまっていたら、アレだが……その時はその時だ。
「どうやって?」
「どうやって……って、じゃあこう思いなよ──俺は自分のことが好きな奴を好きだ、って」
やっぱりこれが一番でしょ。幸いにも南雲君は自分への好意に敏感らしいし、それで見分けてその人を見分ければいい。
我ながら完璧な案だ、ハッハッハ。
「自分を好きな奴を好きになったら、コイツは何十股する事になるんだろうな……」
「──やっぱダメだ! 第二の照示を生み出しちゃならない」
危なく、新たな対女性系クズ男の誕生を見逃すどころか助長してしまう所だった……危ない危ない。
ナイス、照示──って、アンタも何十股もかけるのはやめなさい。
「……まあ、試行錯誤していくよ」
「そうしておくんなまし。我輩には無理どす」
やっぱ、置かれてる状況が特殊すぎるんだよなぁ……。
天は二物を与え、一つの呪いを課したらしい。プラマイ一で俺と同じ、やったね♪──お前は一物すら与えられていないんじゃないかって? うるせぇ、呪いが与えられたことくらい分かっとるわ!
「それで……良いかな?」
「良いと思いますよ。私は先輩が幸せでいてくれたら、それで満足なので」
「天乃ちゃん……」
「ただ、お友達では居てくださいね。一切関係がなくなるのは嫌ですよっ!」
「はは、俺もそうだよ」
にっこりと笑う二人には暗い過去なんて一切感じられず、とても明るい雰囲気が包み込んでいた。
やっぱり二人の間では彼氏彼女の物語は完全に完結したのだろう。
しかしそれは悲観すべきものなんかではなく、これからの友としての二人の輝かしい物語が刻まれていく為に必要な事だったのだ。
──全てはなるべくしてなっている。そう思った方が精神的に健康でいられるのだと思う。
だから──
「──ずっと気になったまま、放置してたんだけど……誰か推しの過激派グループって、どこかで似た様なものを聞いたことがある気がするんだけど……」
「ああ……『天使派』と『怪盗派』の事か?」
「一楓を推してるガチムチとインテリの集団か。そういや、そんなもんもあったなぁ」
きっと万物はなるべくしてなっているのだろう。
だから、楓推しのヤバ集団達も何かしら良い影響を与えてくれるんだろうな……はは。
「『天使派』とか『怪盗派』って何なんですか?」
「ああ、それは……」
頭の中で胎動する筋肉が踊り、如何にも頭良いですと主張してくるメガネがくるくると回転しているのを幻視していると、唯一その実態を知らない天乃ちゃんは尋ねてきた。
口にするのも憚られる筋肉とメガネに口を閉じていると、南雲君が懇切丁寧に説明してあげていた。
すると、理解した瞬間に彼女は可哀想な物を見る目でこちらを見てきた。なまじ『ユニコーン隊』にメチャクチャにされた経験を持つからか、その瞳は心配よりも同情の方が強い様に感じた。
「前にも言ったけど、何かあったら俺が守るよ。今回のお礼も兼ねてさ」
「南雲君……♡」
余りのイケメン台詞に、そんな事言われたら惚れてまうやろ〜と内心で叫んでいたら、彼の表情が突然曇った。
もしかして、語尾のハートが不快だったかな、マズイかなと不安になっていると彼は俺の両目を見つめて言った。
「──斗弥って呼んでくれないか?」
「え?」
「俺の全てを曝け出したと言っても過言じゃない。なら、俺達は親友だろ? それなのに苗字呼びなんて他人行儀さ」
「おぅ……」
ぎゃあアアアアアア、ひっさしぶりに陽キャ光線に焼かれるぅ……!
陰キャの力を強く保て、俺なら耐えられる大丈夫!
「柊仁……改めて、これからもよろしく!」
「ぎゃあアアアアアア……ぐふっ──」
名前呼びからの力強いハグという最強の陽キャタイプ技で俺は死んだ。
かなでしゅうとは めのまえが まっくらに なった!
──Lv1の俺がどう頑張ったところで、環境トップポケの攻撃を耐えられるはずもなかったのだ……この世には頑丈もなきゃ、気合いのタスキもないんじゃああああ!