酸いも甘いも経験して、人間は強くなっていくのです
「──結局、そんな願いは叶わなかった。俺の手の届かない所であまのは連中の仕打ちを受け続けて、やがて学校に来なくなってしまった。連絡もつかず、二度と会えず仕舞いになってしまった……」
──長い長い話を終えて、最後にそう言うと南雲君は暗い表情を浮かぶ顔を下げてしまった。
話をしていく程にどんどんと辛くなってしまったのだろう、話し始める時よりも悲痛さが際立っている様に見えた。
流石にそんな表情を見せられてしまったら、掛ける言葉が思い浮かばず俺も黙ってしまった。
(いやだって、こんな重い話だとは思わなくない!?)
二ヶ月くらい前、楓に重い話を押し付けた俺が言えた義理はないが、重すぎません!?
いや何かしらの事があった事ぐらいは雰囲気から分かってたけど、最初モテ自慢みたいのをされて『ああ、なんだ……』って思って気を抜かせてくるのは罠じゃないですかねぇ?!
悲痛な面持ちの南雲君には悪いが、俺は頭の中で暴れ回っていた。
そんな時、ふと疑問に思う事が出てきた。
「その、あまの……さんの精神を追い込んだ女子達の正体って分かったの?」
まずはそれだ。結局、その女子達がどういう流れで南雲君の元カノに別れるように迫ってきたのかが分かっていない。
あと……『あまの』っていう名前、物凄く引っかかるんだよなぁ……いや、気のせいかもしれないんだけど。
「アイツらは──『ユニコーン隊』なんてふざけた名前の集団だった」
「ユニコーン隊? 処女厨的なユニコーン?」
「まあ、そんなところ……かな」
ユニコーンはいわゆる処女信仰──純潔を尊ぶ人達の事を少し前からネット上で刺される様になった言葉だ。
由来は極めて獰猛で力強かったユニコーンは唯一、処女にだけはその獰猛さを忘れて大人しくなったという伝承からだ──何でそんなに詳しいかって? 俺自身がユニコーンだからだお?
「あー、分かった。あれでしょ──告白がなかったのって、そのユニコーン隊が南雲君への告白を片っ端から潰してたんでしょ?」
「よくその少ない情報だけで分かったな……まあ、そうだったらしい」
褒められたのは嬉しいが、至極真っ当な結論だ。
具体的に何があったのかは分からないが、虐め紛いの行為を平気で行う過激派純潔組織がする事なんて大体そんな事だろう。
南雲斗弥の純潔を守る為ならば、と彼との交際を企てる連中には片っ端から何かしらの躾をしていったのだろう──ただ、南雲君自身の耳には入らない様に『神格化』なんて噂を流して。
だが、過激派組織が何らかの理由であまのという少女の接近を見逃してしまった。それが図書館の中で起きていた事だったからなのか、それとも別の何かがあったからなのかは分からないが。
一度くっついた二人を別れさせる為には、精神的に未熟な彼女の方を徹底的に攻撃して自分から別れさせる──それに信仰対象の南雲斗弥に手を出す事なんて以ての外だろうし。
「──これは確かに……似ている。……いや似すぎているまである」
今回の溝口柚茉虐め事件の発端は溝口さんが南雲君へ好意を抱いていて、しかも南雲君との距離が近かったからあの二人に目を付けられてしまったのだ。
あの二人は別に南雲君の純潔を守ろうとした訳ではないが、それでも南雲君へ好意を抱き、その事をきっかけに攻撃をされしまったのだ。
お互いに好意を抱いて付き合っていたあまの。双方向なのか一方的なのかは分からないが、好意を抱いてずっと近くに居た溝口さん。
二人とも最後は他の女子に追い詰められて、不登校になってしまった。
──確かに似すぎていて、あの場でフラッシュバックしていて動けなかったというのは無理ない気がする。
「俺が早くに柚茉の好意を拒絶しておけば良かったんだ……。拒絶してへし折って……、そうすれば柚茉は……ッ!」
独白するようにポツリポツリと言葉を発していた南雲君は、ある時自らの過ちを悔やんで思い切り自分の腿をぶん殴った。
パチーン──という乾いた音が鳴り響き、周囲の客はこちらに目を向けてきていたが、彼は全く気付いていない様だった。
それだけ自責の念に追い込まれていたという何よりもの証拠だった。
最近、彼の様子がおかしかったのもずっと自分の事を責め続けていたからだったのだろう。
「けど……、少なくとも溝口さんは幸せだったんじゃないかな?」
「幸せ?」
まだ虐めが起こる前、溝口さんは俺を半分脅迫するように、南雲君の好きな人を知っているかと尋ねてきた。
あの時はめちゃめちゃ怖かったが、今思ってみるとあの時の彼女はとても楽しそうで──恋愛を楽しんでいる様に感じた。
勿論、当時溝口さんが幸せだったからあんな事が起きても良かったとは思わない。
けど、彼女から南雲君への好意を無理矢理にも刈り取ってしまっていたら、それこそ悪い未来が待っていた様にしか思えない。
──多分、どう転がっても溝口さんは傷ついてしまう運命だったのだ。
「どう転がっても溝口さんが傷ついてしまうなら、その時は南雲君や楓……役不足でなければ俺が支えれば良かったんだ」
今回は敵が悪かったばっかりに、誰も手出しが出来ない状況に陥ってしまっただけで……。
「酸いも甘いも経験するのが恋愛ってものじゃないかな?」
何事も経験あるのみで、それによって傷付いてしまってもその痛みを噛み締めて前に進むしかない。
うむ、中々に良い事を言ったな、俺──そう思ってむふふんとしていたのだが、依然として南雲君の表情は晴れなかった。
「そうだとしても、俺は俺が原因で誰にも傷付いてほしくない……。だから──部活にも入らず、誰からも気に入られる『南雲斗弥』を捨てて昔よりも歯に絹着せぬ物言いをする様になった。高校では誰にも傷ついてほしくないから、誰にもモテない為に……」
そう言う南雲君はとても苦しそうだった。その苦しみが一体どんなもので、どうして生まれているかなんて想像もつかない。
たが、誰からも気に入られる南雲斗弥を捨てようとしたのだろう事は、何となく今までの言動から感じられるかもしれない。
楓が大切なのもあったのだろうが、俺と南雲君が初対面の時、楓の事に関してめちゃめちゃ圧を掛けてきたり、照示と周りに隠さず険悪なのもそれが原因だったのだろう。
他人の気を極力慮らず、自分の意思を強く示す──それこそ陰キャを焼き殺す陽キャオーラが生まれたきっかけがその気持ちだったのだろう。
俺がそんな納得の仕方をしてはみたが、一つの矛盾を感じた。
それでもどう触れて良いか分からず、彼の瞳を見ていると──幸か不幸か、その矛盾点を指摘する声が背後から響いた。
「──だが、そう思っている筈のお前は高校に入って尚、今まで通りに身だしなみを整え、明るい性格もそのまま。クラスを引っ張って、クラスのトップに君臨した──とてもじゃないが、誰からも好かれない様にしようとする男の行動じゃないよなぁ?」
会話をしていたのは俺と南雲君だけの筈だが、俺の背後から響いてきたのは聞き馴染みのある第三者の声。
失意のどん底に落ちた目をしていた南雲君はその声がする方へとパッと向き、そして──二人の名前を呼んだ。
「神代……? ──と、あまのちゃん!?」
──嫌味ったらしい顔で嫌味ったらしい言葉を掛けた照示とその横に気まずそうに立つあまのちゃん……もとい天乃ちゃんは、俺の腰掛けていたソファの後ろからその姿を現したのだった。




