彼女出来た日の興奮感は異常……出来た事ないから知らんけど
「──南雲先輩……好きです!」
彼女の表情は真剣そのもので、さっき勉強について相談した時と同じような緊張感を感じる。
いや、もしかしたらあの時に言おうとしてくれていたのかもしれない──真実は彼女の胸中にしか存在しないけれど。
「どうして……?」
「どうして、ですか……中々に難しい質問をしてきますねぇ」
『ふむふむ』と顎の下に指を当てて自分の中に問いかけているあまのちゃん。
そんな彼女を見ている間、俺も自分の胸の中に生じている様々な感情を一つ一つ整理していった。
あまのちゃんから告白されて素直に嬉しいと感じている。さっき告白されると思った時に、気付かぬ内に告白を望んでいた自分がいる事が判明した。
それを自覚してしまったら否が応でも認めるしかない──俺もあまのちゃんが好きだ。
彼女の優しくて気遣い上手な性格が、時に見せる彼女の爛漫な行動が、彼女の俺に抱いてくれている美しい気持ちが──挙げればキリがない程に俺は彼女のことが好きになってしまっている。
だからこそ、『今』で良いのかという不安な気持ちもある。
俺達は出会ってから、まだ三ヶ月ほどしか経っていない。
まだまだ互いが知らない事だって沢山あるし、それを知って仲を違えてしまうかもしれない。
俺はそれが怖い。一度手にしてしまったら、失う事が怖い。
何かがあったら──どうしてもそう考えてしまう。
だから俺は──
「──え〜っとですね、まず先輩はカッコいいです!」
「へっ?!」
「それにですね……先輩はカッコいいですけど、偶にドジっ子な所は可愛いですし──って、先輩にこんな事言うのは失礼ですかね……へへ」
頬を掻きながら「反省反省」と呟いてから、あまのちゃんは幾つも理由──彼女が知っている俺を伝えてくれた。
その姿はどうにも健気で、やっぱりとても可愛いかった。
そして何よりも──あまのちゃんは沢山俺を事を見てくれていたのだと、俺の良い面も悪い面も引っくるめて好きでいてくれているのだと分かった。
その事実が何よりも俺の心を温かくして、気付いた時には一筋の雫が俺の目から流れていった。
「──先輩?」
「いや、すまない……何でもない」
あまのちゃんに気付かれる前に涙を拭き取り、俺はいつも通りの笑みを浮かべた。
その様子を見て、あまのちゃんはくすりと笑った。何がおかしいのかと思っていると──
「──良かった……」
あまのちゃんは不意にそんな事を呟いた。
そして程なくしてその理由を語ってくれた。
「先輩に拒絶されたらそうしようかと考えていましたけど……嫌がられてはいないみたいですね」
「どうしてそう思うんだい?」
確かに嫌がっていないし、寧ろ喜んでいるがいつも通りの表情を貫いているから分かる筈が──
「──気付いていないんですか? 先輩、めっちゃ笑顔ですよ」
「え、嘘?」
あまのちゃんはポケットを弄ると鏡を出して俺の顔を映した。
するとそこには──明らかにいつも通りではない表情を浮かべた自分が居た。
「そんな顔見せられたら、最悪の結果にはならない事くらい気付いちゃいますよ……──違いましたか?」
「い、いや……」
無意識で表情がこんなんになってしまうんだったらもう逃れようはないか……。
より知り合って互いを嫌いになる事も恐らく無いだろう──だって、彼女は俺の欠点まで好きになってくれているのだから。
俺は自分の頬を二、三回叩いて表情を引き締め直してから──告げた。
「俺もあまのちゃんの事が好きだ」
「──ッ!」
「月並みな言葉になるけど……俺もあまのちゃんの全部が好きだ」
まさか今この場で返答を返されると思っていなかったのか、あまのちゃんは手で口を抑えて目をパッと開いていた。
そんな驚いている姿もめちゃめちゃ可愛くて、とことんまで好きになってしまっている事を改めて気がつかされた。
「……ぉ、それじゃあ…………」
「うん、俺と付き合ってくれないか……いや──」
──自分の言葉が微妙に思った俺は首を振り、一呼吸置いて言い直した。
「──俺と付き合ってください」
その言葉を言った瞬間、全身からぶわっと汗が吹き出してきた。
今まで生きてきて初めて言ったその言葉は、とんでもない緊張を感じさせると同時に幸福感も発生させた。
呆気に取られていたあまのちゃんの止まっていた呼吸を再開して数秒──満面の笑みを浮かべて答えた。
「──はいっ! 喜んで!」
その瞬間、あまのちゃんはとんでもない速さで突っ込んできて俺の首に腕を回した。
誰がどう見てもハグにしか見えないその愛情表現が起こった瞬間──チャイムが鳴った。
いつもは嫌なキーンコーンカーンコーンという授業開始の合図も、今の俺達には教会の鐘の音に聞こえる。
あまのちゃんの身体は細いのにとても柔らかくて、いい匂いがして幸福感で一杯に満たされていた。
「って、授業授業!」
「ああ! 完全に忘れていました!」
告白のインパクトで完全に頭からすっぽ抜けていたが、授業前のチャイムを聞いて帰ろうとしていた所だったのだ。
当然、こんなゆっくりしていたら授業が開始の時刻になるのは自明の理だった。
「え、え〜と……またね?」
「……ああ、またな?」
当たり前の日常に『交際』というインパクトをぶつけたら、いつもどうやって別れていたのか忘れてしまった。
それ故にどこかぎこちなくなってしまったが、俺達の間には笑顔が咲いていた。
「それじゃあ……、やっぱとやっ!」
「おう……。不意打ちはズルいぞ」
「へへ〜ん♪」
別れようとした瞬間にあまのちゃんは再び抱きついてきた。
急すぎるその行動に驚いていると、いつの間にかあまのちゃんは姿を消していた。
それからしばらくは幸せ物質が溢れてぼんやりしていたが、教室に行かなくちゃという意志が働いたのか、気付いた時には教室の前に立っていた。
一度深呼吸をしてから扉を開けると冷房の冷たい空気と共にクラスメイト達の視線が一斉に突き刺さった。
「どうしたんだ?」
「いや〜、すいません……。ちょ、ちょっと委員会の件が長引きまして……ねぇ?」
「そうか。なら早く席につけ〜」
あまのちゃんとの件だから委員会関係ではあるのだが、内容が内容だけにどこか後ろめたい気持ちになって若干キョドった。
だがこの程度の変化、俺の事を普段からよく見ている奴でもなければ気付けないだろう。
(それにしても俺に彼女かぁ……。中一頃に欲しいとは思ってたけど、まさか本当に出来るとはなぁ……)
妙に神格化とかされてしまったから、このまま中学生の内には出来ないものだと諦めていたけど……だからこそ、めっちゃ嬉しい!
もう、満面の笑みで小躍りしたい気分で一杯だが、こんな教室のど真ん中でしたら注目の的だ。我慢我慢……──
「──南雲、何ニヤニヤしてるんだ?」
「し、してませんが!?」
小躍りは抑えたが、顔の方はどうやら全く抑えられていなかったらしい。
教師の指摘によって教室中の笑いの的にされてしまったが、幸せを分けると思って我慢するしかない。
それに──今なら多少笑われたところで、あまのちゃんとの幸せパワーでなんでも乗り切れる!
俺だけが特別なのか、それとも皆んなこうなるのか分からないが、頭の中があまのちゃんで一杯になっていてとにかく幸せだった。
まともに思考を回す事が出来なくて、楽観的になっていく。世の中が物凄く平和で充実したものに感じてしまう。
だからこそ気付かなかったのだろう──俺の事をじっとりと見つめる視線があった事に。




