後悔している様で自慢している様に聞こえるのは気のせいですかねぇ?
──楓の部屋で寝た日の翌日、俺は一人でとある喫茶店に来ていた。
「痛ててて……」
床で寝た所為なのか、もう夕になるというのに軋むような痛みが響いている身体を動かしながら、俺はとある男を待っていた。
今回の事件解決の鍵にして、個人的にずっと気になっていた男で──っと、どうやら来たようだ。
「──湊君が俺を呼び出すだなんて、どうかしたのかな?」
「いや、南雲君と少し話したいな〜なんて急に思ってさ、突然でごめんね。ほら、こうして一緒に喫茶店に入るのも梅雨ぶりじゃん?」
出来るだけ話に詰まらないように普段使わない語尾『じゃん』で自分自身に陽キャオーラを降臨させて、やってきたイケメン南雲斗弥と会話をする。
俺は陽キャ、俺は陽キャ……パリピとウェイとウィッシュとラーメンつけ麺僕イケメンなあらゆる陽キャ達よ……俺に力を貸してくれ──って、一部陽キャとは別種の存在が混ざり込んだような……、特に最後はナルシ……いやこれ以上は止めておこう。いやナル……でも好きですよ、クセ強な歌い方!
「……期末もうすぐだけど、調子はどう?」
「ぼちぼち……化な。数学がムズいなって」
「分かる〜。不等式とかわからんんちんだよねぇ……うっ」
ストレートパンチを入れる前にジャブで反応を試そうと思ったのに、どうして俺の胸はこんなに苦しいのでしょうか?
どうしてだろう、何故か分からないな(すっとぼけ)。
「今度は赤点取らないようにしなよ」
「ぐはっ!── き、貴様、絶対に開けてはならぬ箱を開けたな……!」
「はは……ごめんごめん。あの低い赤点ラインに引っかかってたの、湊君と楓だけだったからさ」
「ぐぐぐぐっは……!!!」
せっっかくすっとぼけていたというのに、このイケメンは……! ──けどイケメンだから許しちゃう、だってイケメンなんだから。
けど許すと言ってもイケメン税は払ってもらうけどね♪ 我ら非モテの恨みをとくと食らいやがれ──え、お前には楓が居るって? ……うへへ。
「はあ。もう少し後にしようと思ってたけど、やっぱやめた」
「……?」
「そっちがストレートパンチぶっ込んできたんだから、こっちもやり返させてもらうよ──どうしてそんなに元気がないの?」
俺がずっと気になっていたのはそう──溝口さんが虐められ出してから様子がおかしくなっていた彼の調子だった。
俺がそう尋ねた瞬間、くすりと笑っていた南雲君の表情が一気に曇った──そりゃもう、冬場のメガネのように。
どうして、溝口さんの虐めを機にここまで調子が落ちてしまったのか。いつもは輝いてすら見える金髪が今はこんなにくすんで見えるのか。
そして──普段の彼であれば絶対に止めに入ったであろうあの場面で、どうして顔を真っ青にして静観しているだけだったのか。
「昔、色々あったんだ……。その時のことを思い出したら、柚茉がやられているってのに動けなかった……」
昔……虐められていたのか、虐めていたのか──考えられる線としてはその二つだが、南雲君に限って前者も後者もあり得ない……ある訳がない。
となると……?
──悲痛な面持ちで黙ってしまったからその間にそう思考を巡らせていると、彼は恐る恐る顔を上げてしばらくすると再び口を開いた。
「──良かったら……聞いてくれないかな? 少し、いやかなり長くなってしまうが……」
どこかおどおどしていると感じるのは、恐らくその話を誰にも話した事がないからなのだろう。
だからこそ彼の手は僅かにだが震え、顔色があからさまに悪くなっているのだろう。
「もちろん、聴かせてよ」
俺は南雲君の震える手を押さえて、出来るだけ包容力がある様な笑みを讃えてそう応えた──楓がやってくれた様に、人間弱っている時は寛大に包み込まれる様な温かさが身に染みるってものよ。
そんな心の声に同調するかの様に、次第に南雲君の手から震えがなくなっていき、顔色も幾分かはマシになった様な気がする。
それを見届けたのちに俺は席を離れて、南雲君の分も合わせてドリンクを注ぎに行った。
長くなるとの事だし、適度に飲み物を挟んだ方が話も進むだろう。
「────」
席に戻ると南雲君は深く目を閉じていたが、グラスを目の前に置くとパッとその目を開いた。
要望の烏龍茶を半分まで一気飲みをして一息吐くと口を開き始めた。
「あれは中二の夏……七月の事だった──」
★☆★☆★☆★☆
──中学二年の時、自慢じゃないが結構モテていた自信がある。
教室に居ればひそひそと何処かから自分の名前が会話に出ているのを聞き、体育でスポーツをやれば歓声がない事はなかった。
誰々が自分の事が好きだの何だのと常に耳に入ってきたし、それらしい態度を取られる事も山ほどあった。
当時の俺は中学二年……思春期にがっつり入り、異性だの交際だのにそれなりに興味を持つようになっていた。
しかし、告白される事は全くなかった。当時男友達に聞いた話だと、神格化されすぎていて手を出せないと言われたが、果たしてどうだったのか──それが分かったのはもう少し後になってからだった。
告白はされない。けれど、自分の事が好きらしいと聞きはするし、匂わせもされる。
精神的にかなりキツい厄介なジレンマに陥っていた。
──一年のうちから部活に熱中していたらそのうち彼女が欲しいだなんて想いは勝手に消えていったのだが、それでも何処か燻っていたのだろう。
「──南雲先輩はどうして図書委員に?」
「なんとなくね、特に理由はないよ」
俺と一緒に本の片付けをしながら雑談をしている、サイドテールが特徴の可愛らしいこの女の子は一つ下の学年のあまのちゃん。
彼女が言った通り俺と彼女は図書委員会であり、こうして本の整理や貸し出しを行う仕事のシフトの関係でよく話す間柄だ。
「けど先輩は一年生の時から、バスケ部のエースなんて言われるくらい凄い人なんですよね? こんな委員会に時間を割いてちゃ怒られちゃいますよ?」
「こら、大事な委員会を『こんな』なんて言うんじゃありません」
「ふふ。はーい、ごめんなさーい」
この図書委員会の業務は前述の通り本の整理と貸し出しの管理。
そしてそれを行うこの図書館はこの学校内でかなりの端っこに位置していて、更に本の揃えも良いとは言えない。
つまり、ここを訪れる生徒はかなり少ない。
返却された本を元の棚に返す仕事は酷い時には一週間に一度しか行わなくて良い状況にもなる。
だから、こんな委員会と言われてしまうのは仕方がない部分もある。
──だが、俺がこの委員会に入っていると知っている生徒は数少なく、教室に居ては向けられる多種多様な好意の視線もここなら殆ど浴びなくて済む……それにバレたとしても、この図書館には委員以外の会話に超厳しいオババが居るからな。
だから俺はこの図書委員会をとても気に入っている。
何の気兼ねも気苦労もなく悠々自適に過ごせるこの空間が。
また、もう一つこの委員会を気に入っている点がある。
それは──正直言ってこのあまのちゃん、俺の事を好きだ。
自分への好意に対して異常に敏感になっていた俺には、彼女の仕草や態度にそういう感情が込められている事に気付いていた。
本来なら、誰かから好意を向けられる事はあまり嬉しいことではない──だからこそ、この図書委員会が気に入っているのだし。
だが、あまのちゃんの行為は教室に居る連中よりも遥かに純粋で何処か儚くて……綺麗だった。
年上への尊敬の念も少なからず入っているその感情は、向けられてとても気持ち良いものであった。
好意を向けられて嬉しいと思うのは随分と久しぶりな感覚で、彼女と過ごすのが心地良く感じているのだ。
この心地良さがいつまで続くのか分からない──同級生の連中も最初は良かったのだ。
この時の俺は彼女の中の感情が彼からどう言ったものに変化していくのか興味がありつつも、また同時にこの心地良さがいつか壊れてしまうのではないかという恐怖も渦巻いていたのだった──この後、事態がどう動いていってしまうのかも知らずに……。




