最近の7月はマジであっつい、けど11月はマジでさっむい
照示と斗弥が屋上を出ていくと、それに従って銀堂先生と宇都宮イロハが出ていき、最後に力が抜けたように座り込んでいたメイも程なくして力なく出ていった。
そんな一連の流れを上から見ていた『俺』は思った──
──あちい……。
あと少しで七月の下旬に入る今日この頃、気温は優に30℃を超え、もう少しで35℃に届こうとしている。
太陽もサンサンに輝き、日光が俺の体を焼いていく。
飲み物なんて持ってきちゃいないから喉がカラカラ、汗は止まらずワイシャツびちょびちょ。
斗弥が気を利かせてくれたから良かったものの、マジで死ぬとこだった……。
俺は水分を求めてするすると落ちるように梯子を降り、ゾンビの様な足取りで屋上を出た──その時だった。
「──何をしていたんですか?」
屋上と校内をつなぐ扉が開かれた時、そこにはいっそ恐怖すら抱きそうなくらいニコニコしている楓が立っていた。
「何をしていたんですか?」
「……ナニモシテナイヨ?」
楓はさっきと全く同じ声量、高さ、速度で言葉を繰り返してきた。
ゴゴゴゴゴと圧を与えてくるが、折角ここまで何事もなく事態の収拾が出来たのだ、ここで楓にバレたら裏でコソコソ動いてきた苦労が水の泡になってしまう。
だからこそ、絶対に口を開いてはならない──そう思っていたのだが……。
「話してくれたら、これをあげるんですけどね〜?」
「そ、それは……!」
楓の手に握られているのは水より体液に近い水で人気なスポーツドリンク!
カラカラな俺には喉から手が出て足が生えるほど欲しい逸品……だが──
「んぐぐ……ダメだ。流石にそれ位では口を割らんぞ……」
「そうですか……。それじゃあ、柊仁君が何もないのに補習をサボったそうですよってチクりに行きますかね」
「ちょちょちょ、それはダメだろぅ!?」
今日は用事があるからと補修すっぽ抜かして屋上で待機していたのだ。
我がクラスから虐めを無くすという大義名分はあれども、俺があの場で全てを見守っている必要性は皆無だった──言い訳としては何とも薄い。
「──というか、どうしてここに!?」
何としてもバレない様に最大限の注意を払って俺はここに来た。
俺が校内に残っている……ましてや屋上に居るだなんて分かるはずが──
「斗弥君が教えてくれましたよ? 柊仁が屋上で干からびているだろうから水分を持っていてくれって」
「まさかの戦犯、斗弥!?」
あれ〜? 斗弥には楓に内緒の作戦だから言わないように、って言わなかったかなぁ?
どうして行っちゃったかな……? 言わなければバレなかったの──
「──それに下駄箱に柊仁君の靴がありましたし、校内に居るんだろうな〜って思って探してたんですよ」
「……下駄箱勝手に開けたってコト?」
「まあ、結果的にはそうなりますかねぇ。けど、日中から柊仁君どこかソワソワしていたので何かあるんだろうな〜って確信があって」
「まさかの戦犯、俺!?」
極力何もない風を装っていたのに、楓様には全てがお見通しだったと!?
いや、確かに思い当たらない節がない訳ではない──昼食の時にやたらぼんやりしたり、逆に授業中にやけに張り切って盛大にミスったり……いつもと違うと思われる行動を取っていたかもしれない。
「よく分からないんですけど、『俺の事に関して話しても良い』と許可をもらって来ましたので観念して話してください」
「…………はぁ、斗弥がそこまで言ったのならもう無理か──分かったよ、話す」
これはもうどうやっても逃れられないやつだと悟ってしまった。斗弥が色々言ってくれてしまったのなら『何もなかったよ〜』では切り抜けられない。
反抗していても、包み隠さず話させられるのがオチだろう──すまない、溝口さん! けど、事態を収集させたから許してちょ♡
「……今回の事件の始まりはメイ&イロハが溝口さんに目を付けた所から始まった──」
観念した俺は俺は楓の知らない裏で何が起こっていたのかを順々に語り始めた。
最初、どういう風に虐めが始まり、どういう風に俺に飛び火して、どういう風に溝口さんがああなんてしまったのか。
流石にあんな重たい事が自分の知らない裏で起こっているとは露にも思っていなかったのだろう。
最初はようやく語ってくれたと満足げだった楓の表情は徐々に曇っていき、一区切りついた頃には半分泣きそうな表情をしていた。
「──そんな事になっていただなんて……、確かに柊仁君の様子がおかしい時がありましたが……。どうして言ってくれなかったんですか……っていうのは正しくないんでしょうね」
「正しくない訳じゃないけど、言ってくれない方が俺や溝口さんからしたら助かるかな……」
楓にも苦労の一端を担わせなかったのは俺や溝口さんの勝手だ。楓からしてみれば一緒に背負いたい苦労だったのかもしれない。
だが、楓が傷つくのはどうしても嫌で、俺も溝口さんも一人で抱え込んで、それが終わるまで耐え抜いたのだ。
「何も知らずにのうのうとしていた自分が憎いです……。柚茉ちゃんにもあんな事を言ってしまいましたし……ううううう」
「楓は何も悪くないよ……悪いのは全部あのド畜生女だよ」
「でも……」
何を言っても、自分が悪いとうじうじしている楓。
俺はそんな彼女を強く抱きしめて言った。
「俺にしても溝口さんにしても……楓が居るから今があるんだ。楓が居なくちゃ俺は今頃とっくに精神がぶっ壊れていただろうし、溝口さんだってとっくに途中退学していたかもしれない」
「…………!」
ハッと息を吐いた楓の顔は見えないが楓の目がパッと開かれたように感じた。
驚いているようだが、彼女の存在はやはり天使なのだ。迷える者を癒し導く──それこそが彼女の使命であり、また本能的に行ってしまう事なのだ……なんて厨二病臭いことを言おうと思ったが、やっぱやめた……単純に恥ずい。
無言で抱き締めていると楓が次第にぷるぷるとし出した。
何かと思ってその顔を見てみるといつの間にか真っ赤になっていて、俺は思わず抱き締めるのを止めた。
「ど、どうした……?」
抱き締めた程度でこんな事になるなんて珍しいなと思っていると身体を震わせながらぽつりと一言呟いた。
「──あ、汗臭いです……」
「んへっ!?」
楓の口から突然告げられたそんな衝撃的な事実を前に、自分のワイシャツに目線を下げると未だ僅かに湿っている生地、嗅いでみればほんのり……いや結構ガッツリ汗の臭い。
こんな状態で抱き締めたのかと冷静に思うと、マジやべえなコイツと他人事に感じてしまう程に引いた──アホなんちゃうか、と。
だが、肝心の楓は引かないでいてくれているらしく、極端に距離を取ったり逃げ出すような事はしなかった。
もしされていたら、今この場で死んでいたかもしれない。
「やっぱり、もっと抱き締めてくれても良いんですよ……?」
寧ろ引くどころかもっと頂戴の姿勢を見せられて俺は一言言い放った──
「──嫌だよ!」
──全くこの天使、改め変態ときたら……と思わず彼女の二つ名を変更せざるを得なかったが、拒絶されなかった事に安心している自分が居て、毒されているんだなと何処となく思ってしまったのだった。
変な空気を変える為にに俺は楓からポ○リを半分奪うように受け取って、即座に一気飲みをした。
甘い風味と共に渇いていた喉が急速に回復していき、身体中に潤いが行き届いた。
調子がリセットされた俺は一旦区切りとして止めていた話を再び始めた。
再開した話は溝口さんと楓が仲を違え、俺が楓の家で泊まった日の翌日の事からだった──




