チェスを上手くなりたい今日この頃
「──溝口柚茉への仕打ちをしていたのは君達が休んでいる前だけだったのか?」
メイとイロハは溝口柚茉の件に関わった柊仁にも一時期虐めに等しい行為を行っていた。その際にヘマをした事で、担任である銀堂金に行為が気付かれて一時的に停学処分を受けていた。
その停学を南雲は敢えて『休み』と軽い表現で表して質問をした。
質問をした直後、南雲はイロハの方へと一瞬目を向けたが彼女は何も反応を示さずに居た──メイの話を遮ろうとする彼女の存在が気にしていたのだが、何処か諦めた様子に彼は安心した。
──これからが二人を呼び出した目的なのだ。これを失敗しては全てがパーである。
南雲がゆっくりと視線を戻してメイの目を見つめ直すと、彼女は頬を朱に染めて口を開いた。
「うん、休み前だった……あーけど、休みの最終日に偶々会ってさ、『また南雲くんに近付いたり、余計な事をしたらアンタの大事な大事な親友を今度は壊しちゃうよ』って脅迫しておいたよ♪」
「脅迫か……どれ位の本気度で?」
「それはもうガチガチのガチだよ。あの性格最悪女は絶対に南雲くんには近付いちゃいけない存在だからね♪」
南雲が質問をするとメイはペラペラとなんでも答えてしまう。
それは何故なのか──自分がやっている事が本当に正しいと思っているからだ。そして、自分がやる事で南雲が喜んでくれるだろうと疑っていないからだ。
しかし実際は真逆で話を聞けば聞く程、南雲は自らの中に怒りを蓄積させていく。
今だって二人から見えない所で拳を握りしめて、肌を爪で抉る事で何とかキレないように気を付けているのだ。
話の中に出てきた溝口柚茉の大事な大事な親友──つまり、一楓。
溝口柚茉だけに関わらず、万が一には楓にまで手を出そうとしているというメイをキレないでいるなんてかなり精神を削る行為だった。
──また、そこに溝口柚茉が一楓を事態に関わらせたくなかった理由が隠れていた。
「それじゃあ……話は変わるけど──」
聞きたい事は全て聞き終えた南雲はついでと言わんばかりに話題の転換を図った。
ここまで順調に話は聞けたが、現状はチェックである。まだ逃げられてしまう可能性がある以上、それに併せて最後の一手──チェックメイトを打つべく動き出した。
「最近、学校に来ていない子が居るよね? それも君が?」
ここ五日辺り、教室から姿を消した生徒が居る事に南雲は気付いていた。
その生徒は『さゆほ』という名の女子で、普段は少人数のメンバーと固まって動いているような木の弱い女の子だ。
彼女の欠席の原因がメイであるという確証はなかったが、一応話を振ってみたのだった。
「よく分かったね、そうだよ〜♪ 彼女、分不相応にも南雲くんに告白なんかしようとしていたからねぇ──そりゃ悪いむしは潰しておかないと!」
何処ぞやの父親のような事を言ったメイ。だが、その父親と違うのは実際に手を出した事。
彼女の口から語られた事実を前に南雲は目の端を吊り上げて思った──掛かった……と。
「南雲くんの彼女になるのは私なのに、全員アホだよねぇ……って、南雲くん?」
未だに妄言を吐き続けていたメイがその口を止めて意中の彼の名前を呼んだ。
今まで一度たりとも止まらなかったメイが急停止した……何故か。
──それは……南雲の様子が変わったのだ。
全てをやり終えたと確信した南雲は今まで隠してきた怒りを爆発させた。爪を手のひらに食い込ませて無表情に固めていた顔の筋肉を楽にして、溜め込んできたストレスを解き放つ。
しかし、有り余る怒りとステレスが表面に出てくる時には、一周回って笑いへと変わっていた。
くつくつと狂ったように笑う南雲はメイの目から見ても異常で、気付いた時には言葉が止まっていた。
「──これで良いですかね……銀堂先生?」
「ああ、十分だ」
南雲がその名を呼ぶと、その担任は何処からともなく──いや、さっきからイロハが注目していた梯子を登った先から飛び降りてきた。
高さ二・五メートル以上あるというのに一切の恐れなく飛び降りてきた銀堂金は、きらりと汗を光らせながら南雲の隣に着地した。
「──なッ! 先生!?」
「話は全部聞かせてもらった──全部、な」
「南雲くん、私をハメたの!?」
笑いで溜め込んだストレスを発散し続けている南雲はヒラヒラと手を振りながらメイの目を見た。
「俺は嵌めようとした訳じゃないよ、君が勝手に話してくれたんだ」
「くッ──」
急にピンチに陥ったメイはパニックになって逃げようとした。
しかし、屋上と校内をつなぐ扉の前にある男が立っていた。
「神代照示!?」
「ここは通さないぜ──まあ、逃げたところでお前の未来は変わらないがな」
「どうしてアンダが!? 南雲くんと仲悪かったんじゃ?」
「悪いには悪いぜ? だが、今回は特別だ」
腕を組んで仁王立ちして立っている照示はキリッとカッコつけた笑顔を浮かべて、ここは通さないと示した。
行くも地獄、帰るも地獄──どうすれば良いか分からなくなったメイは、陽光で熱々になっているにも関わらずその場にへたり込んだ。
そこに銀堂金はズンズンと歩いてメイに近付くと口を開いた。
「──前回の件で学校側が塩谷にどうして一週間の停学を命じたか分かるか?」
「へっ……ぁ?」
「……学校は塩谷が停学を機に反省をして、二度と虐めなんて起こさない様になってほしいという願いから命じたのだ」
銀堂金は自ら答えに至ってほしいと思ったが、混乱が最高潮に達して目を白黒させて喘いでいるメイには到底不可能な話だった。
困った様に肩を竦め、しかし表情から真剣さを一切抜けさせずに教師は言葉を続けた。
「今回、ここで聞いた話は全て報告させてもらう。一週間も経たずに処置が下るだろうが、果たしてどうなるだろうな?」
一週間の停学では反省が見られなかった事を鑑みるに、良くて二ヶ月、最悪の場合無期限停学──つまり実質的な退学宣言が下るだろう。
そんな事を考えながら銀堂金は真っ直ぐメイの目を見ながら言い放ち、次に静かにしているイロハの方に目を向けた。
「今回の話を聞いていた限り、宇都宮も虐めに加担していたにせよ、一度は止めようとした姿勢は評価に値すると考える。最終的に判断するのは俺ではないが、南雲の話に上がった生徒の欠席にも関わっていなかった所も含めて考えるに、そこまでひどい状況に陥ることはないだろう」
言葉には出さなかったが、その話の終わりには『塩谷に比べて』とメイの処分の重さと比べている言葉が付いたのだろう。
話を終えると銀堂金はふんっと息を吐いた。その息はため息だったのか単に深呼吸をしただけだったのか、その場に居た誰にも分からなかった。
だが、いつの間にかストレスを吐き出しきって冷静になっていた南雲だけには──その教師の視線が自ら飛び降りてきた梯子の上へと向いていて、表情はやりきったと言わんばかりに満足げになっている事に気付いていた。
「──照示、俺達はそろそろ行こうか。早く行かないとそろそろ『彼』が干からびてしまう」
「まあ、そうだな──ってか、気安く名前を呼ぶんじゃねえ!」
「まあまあ、良いじゃないか」
「良くねぇわ、ぶっ飛ばすぞ!」
一連の事件の収束に決定打を打った南雲斗弥は、扉の前で陣取っていた照示を連れて屋上を後にした。
その様子は今までの険悪ムードだった二人とは少し違って、二人の口元には笑みが浮かんでいたのだった──




