勘違いお化け……怖いねぇ
「──はぁ~~、南雲くんからの呼び出し! 何の用なのかなぁ……もしかして告白!? な〜んて……あるかもしれないよねぇ!」
ウチ──メイは南雲くんから昼休みにこっそりと声を掛けられた『屋上に来てくれ』なんて言葉に従って屋上に向かっていた。
普段は鍵が掛かっていて立ち入りが禁じられている屋上に、センセからどうにかこうにか鍵を借りて呼び出すだなんて相当の事があるんだと思う──やっぱり、告白!? やっだぁ、どうしよっかなぁ!
──どうしようなんて口では言いながらも、ニマニマとニヤけて答えなんて決まっているかの様なメイ。溝口柚茉を虐め、追い込んだ事なんてまるで気にしていない事は明らかだった。
「あーあ、遂に南雲くんも私の魅力に気付いちゃたか〜。イロハも狙ったのに悪いねぇ♪」
ウチはそんな心にもない御託を並べて、屋上へと至る階段を一歩一歩と登っていく。
立ち入り禁止されている所為か、窓には蜘蛛の巣が張っていてお化けでも出そうな雰囲気が漂っているのにも関わらず、ウチの足はスキップだってしてしまいそうな位にはちょーいい気分!
そんなこんなで屋上と校内を阻む扉の前へと辿り着き、私は大きく深呼吸をする。
磨りガラスには人影が写っている──つまり、もう居る。
これからどんな展開で、自分がどう求愛されてしまうのか──想像するだけで涎が垂れてくる。
あんな極上が手に入るのだから、少しくらい興奮したって仕方ないよねぇ?
さて……呼吸を整え終わり、垂れ出た涎も拭いたし、髪の毛だって整えた。
これから告白される準備は万全ですよ、南雲きゅんっ!
ギギギと盾付けの悪い扉を押し開き、外のむわっとした暑い空気を全身に受けながら言った──
「──お待たせっ!」「南雲君、やっと来た!」
暑い暑い日光が天から差し込むこの暑い屋上で、キャピキャピな声を出して入ったその先にあったのは見知った顔。
恐らく、現れたのは互いに求めていた相手ではなく、だからこそ私達は──
「「え……何で居るの?」」
私の目の前に立って不思議そうにしているのは、私の相方とも言っていい程に気心の知れた親友──イロハ。
そんな相方は普段はしていない高そうな口紅を塗って、校則にガッツリ触れる程のメイクを施し、髪の毛を巻いていた。
──如何にも、それっぽい格好をしている……まあ、かくいう私もしているのだが。
「「んで、何で居るの?」」
流石、仲の良い私達だ。質問を復唱するタイミング、言葉、そして声色まで完全に一致した。
ただ、仲の良いとはいない程に険悪なムードが築き上がっているような気がするのは気のせいなのだろうか?
このままでは永遠と『なんで』が繰り返されて、やがて南雲くんが来てしまう様な事態になってしまう。そうなってしまったら、こんな状態では告白になんて進めない。なんとかして。何処かへ行かせないと!
私は片手を上げて、こちらから先に言うという事を示した。
「──私は南雲くんに告白される為に来たの! だから、早くこの場を去ってくれない?」
「えっ!?」
「……何か?」
イロハは驚いたような声を発して、口元に片手を持っていった彼女が信じられないと思った時に偶にする仕草だ。
何を信じられないのか? そんなもの決まっている──南雲くんから告白されるという事実をだ。
「……何それ〜、私聞いてないんですけど〜……あっ、だからそんなに気合の入った格好なんだ……」
相当ショックを受けているのかイロハの声がどこか上擦っている。
そりゃあそうだ、彼女も南雲くんを好きだったのだから……ショックに決まっている。
「ごめんね〜。ウチ昼休みにこそっと呼ばれて、しかも『周りには誰にも言わないでくれなんて』真剣に頼まれたからさー言えなかったんだワ。いや〜、こんなところで二人っきりになって、何されちゃうんだ〜」
『ウチはこれから南雲くんにイロイロされるんだ。だから失せろ』と言外に伝えつつ、イロハの反応を伺った。
しかし、察しが悪い彼女は全くもってこの場を去ろうとはせず、寧ろ逆にこのまま居着きそうな感じがしていた。
──ああもう! もうすぐ南雲くんが来ちゃうっていうのに、ホントに邪魔だな!
どうして私が告白されるのを阻もうとするのか理解不能である。いや、妬みとかそういうのだったら、ウザいんですけど……。
髪の毛をくるくると巻き付けていじったりして何処か上の空な彼女に、今度は私が尋ねた。
「アンタはどうしてこんな所に? ここ、立ち入り禁止なんだけど」
「メイがそれ言う……?」
「まあ、確かに。けど、ウチは南雲くんに呼ばれたから来たのよ。だけどアンタは誰からも呼ばれていない暇人……それなのに、どうしてこんな所に?」
南雲くんが来ちゃうという焦りからか、イロハに向かっては普段は絶対に言わない『アンタ』呼びまで出てしまっている事には気付いていなかった。
しかし、イロハは高圧的な態度を感じ取ったのか、少し目を伏せさせながら絞り出すように言ってきた。
「──誰からも呼ばれていない訳じゃないもん……」
駄々っ子の様な口調で不満を訴えてくるイロハ──ハッキリ言って気持ちが悪い。
何に色目を使ってぶっているのかは知らないが、私相手でもそんな態度を見せなくても良い……というか見せられるだけ不愉快である事を気付かないのだろう。
不愉快な気持ちが胸一杯に広がらせてきたイロハに私は少なくない怒りを抱きつつ、何かを言いかけてはやめてを繰り返している彼女を問い質した。
「じゃあ、誰から呼ばれたのよ!」
「それは……」
ああ、もう気持ち悪い! 言うなら言うで早くしろよ、アンタのモジモジしてる姿なんて見たくないのよ!
そんな私の思いが伝わったのか、イロハは頭を振ると言い放った。
「──南雲君よっ!」
「…………は?」
一ミリも、一ミクロンも、全く考えていなかった名前がイロハの口から飛び出した。
言われた直後は何を言われているのか分からず、屋上には静寂が訪れた。
短く、そして殆ど吐息の様な声を出してはみたものの、訳が分からなかった。
意味分からない。イロハも南雲君に呼ばれた? そんなわけあるはずがない。告白されるのは私だ、他の誰にも譲らない!
「アンタが呼ばれる訳ないじゃない! だって、南雲くんは私に……」
「──けど呼ばれたもん! けど……だけど、メイも呼ばれたんだから私は譲ろうと思って黙ってた、のに……っ!」
何故だかその言葉は私の感情の深い所を激しく刺激した。
今までも怒りが湧いていたが、それを遥かに勝る憤怒が思考全体を一瞬にして支配して考えるよりも先に言葉が出ていた。
「──アンタのそういう良い子ちゃんぶってる所、大っ嫌い!」
口を衝いて出てしまったその言葉は言ってから流石に酷かったか……と思ったが、そんな遠慮は一瞬にして引っ込んだ。
だって、イロハも──
「私も、メイのなんでも自分の思い通りにならなきゃ気が済まない所……昔からずっと嫌だった!」
私の言葉にも負けずとも劣らない酷い言葉が飛び出してきたのだ。
──そして、そこからは酷いものだった。
今まで仲良くしてきたからこそ、押し込めてきた怒り。溜めに溜めてきた互いへの不満をぶつけ合い、それはもう酷く罵った。
ここが一応屋外である事なんて忘れて、大声で叫び合った。
だから、ビリビリとした私達の声は遮るものが何もないこの屋上においてよく響き渡った。もしかしたら、唯一の扉を貫通して校舎の中へ声絵が響いてしまったかもしれない。
もしかしたら、南雲くんに聞かれたかもしれない──そんな心配をした瞬間、唯一の扉はガチャリと音を響かせて開いた。
そしてそこから現れたのは──
「──やあ、二人とも。待たせてすまない……いや、もう少し待っていた方が良かったかな?」
──ニヒルな笑みを浮かべてこちらを見ている彼は、誰よりもこの場に来てほしくて、また誰よりも今この場に来てほしくなかった……南雲斗弥その人だった。




