これを書いている途中、ノンスタさんのネタを思い出した
赤髪海賊の弱化版覇気の様な殺気を受けた俺は気絶しかけたが、何とか意識を保っていた。
空気がピリピリとしていて、身動きが取れない──これが、武雄さんの実力……!
柄にもないが、あまりの相手の強さにワクワクとしてしまっている自分が居る。
身体の震えはとうに止まっていて、この強大な相手を下し楓を手に入れている自分が見える。
──とまあ格好つけてみたが、ワクワクしているのは恐怖が一周回って興奮に変わってしまったのと、震えが止まったのはもう限界以上に震えてしまっているからだった。
だ、誰か助けて……と心の中で救援を求めるが、楓や早苗さんは机を挟んだ向こう側で未だに抱きしめ合っている。
これはもう死ぬしかないか……こんな事なら紳士的になんてなるんじゃなかった──そんなサイテーな事を考えた瞬間だった。
バコンッ──と鋭いのに鈍い音が部屋中に一瞬鳴り響いたと思ったら、俺の目の前に早苗さんが立っていた。
ちょうど、俺と武雄さんの間に挟まる位置。少々怖いが、何があったのかと覗いてみると──
「ひえぇぇ……!」
あの武雄さんが白目を剥いて完全に気絶していた。その額には拳大の赤い跡がついていて、そこから煙が上がっているような光景を幻視した。
それを起こした早苗さんは何事もなかったかのようにニコニコとしていて、一周回って恐怖した──武雄さんの大声も怖いけど、これもこれで怖えぇ……。
「──さて、ひと段落つきましたしご飯にしましょ〜♪」
「「いや、怖いよ!!!」」
本当に何事もなかったかの様になされてしまいましたよ、このお母様! 人気絶させといてこんなにすっと元の調子に戻るなんて、思わず俺と楓の声がハモっちまったわ!
しかも気付いたら武雄さんぱっちり目覚ましてるし、ほんとどうなってんだよ……?
「今日のご飯はハンバーグよ〜」
「──やった!……あっ」
早苗さんの身の毛もよだつ様な怖さに度肝を抜かれていたら、自らを制御する事を完全に忘れていた。
俺を含んで四人しかいないこの空間に、ウキウキとした幼児のような俺の声が響いてしまったのだ。あまりの恥ずかしさに、首をギギギと動かして楓の方を見ると──
「柊仁君……ハンバーグ、お好きなんですか?」
びっくりしたような表情を浮かべて、楓はそんな事を問いかけてきた。
子供っぽい反応を見せてしまっただけに楓が揶揄ってこないかと心配したが、そんな事はなかった──まあ、彼女はそんな子ではないか。
「あ、ああ……好きだよ、ハンバーグ」
「どうして言ってくれなかったんですか? 今までのお弁当でハンバーグを出した事もありましたが、そんな反応はしていませんでしたよね?」
「どうしてって、えっと……」
楓のその問いに対して俺は言い籠ってしまった。今の楓の反応を見れば大した理由ではなかったのだが、見たからこそ大した理由となってしまった。
ハンバーグが好きだなんて言ったら、子供っぽく思われる──なんて思っていたが、それを気にしていた事が子供っぽくて嫌だったなんて知られたくない!
「なるほど……ハンバーグが好きなんて言ったら子供っぽいと思われるのを避けたかったのですね」
「ナチュラルに心読むのやめなー! 早苗さんの力も怖いけど、楓の読心力はもっと怖いよ!」
偶にホント的確に心の内を当ててくるんだから怖い怖い。こんなんじゃ、楓に隠し事の一つも出来ないよ──まあ、もう隠し事なんてないんだけどさ。
逆に楓は俺に『何か』を隠している。今だって、ハンバーグを頬張る俺を温かい目で見つめる一方、自分はカロリーメルトと幾つかのサプリを摂取している。
──前に小食だって言っていたが、普段の様子を見ているに明らかにおかしい。
「──どうしましたか?」
楓にそう問われて、俺は自分の目が彼女に固定されてしまっていた事に気付いた。
心なしか眉間に皺が寄ってしまっていた様にも感じるし、そりゃどうしたのかと思うのが普通である。
「いや、何でもないよ。今日も可愛いなって思ってただけ」
「そ、そうですか……///」
楓が俺に隠しているのは何なのか──そう問いかけるのはやめて、そう話を逸らしておいた。
当人が言いたくなさそうな事は聞くべきではないし、楓であればいつかは話してくれるだろうと思ったからだ──だから射殺すような視線を向けるのはやめてください、武雄さん。
額ではなく、武雄さんの目からまかんぽうさっぽーが放たれている様な感覚がしたが、無視をして目の前のハンバーグをパクリ……うん、美味い。
俺の訪問があるかどうかは分からなかったのにも関わらず、しっかり俺の分まで準備してくれていた早苗さんに感謝っ。お陰でコンビニ弁当が出来立てご飯に早変わりした──いや、コンビニ弁当も良いんだけどねっ! いつもお世話になっております。
訪問があるかどうかが分からなかったと言えば──
「──俺って、この後は徒歩で帰れば良いですかね?」
──そう言ったのも、全ては送ってもらう為だ。
この家の前でグルコサミンしていた時からそうだったが、お外は中々に暗くなっている。加えて、この家は高校を挟んで俺の家とは真反対に位置している。
しょーじき、歩いて帰りたくない──べ、別に暗いのが怖いんじゃないんだからっ!
そんな思いから俺は心の中で「車で送っていくわ」と言ってくれと祈ってた──のだったが……。
「俺が送って……」
「──この家で泊まっていくんじゃないの〜?」
「「「え?」」」
俺の願い通り、武雄さんは優しくも送ってくれようとした。
しかし、それを阻止したのが早苗さんだった……しかも、全くもって不可解な方向へ引っ張った。
「いやいや、泊まっていくだなんて……」
「遠慮なんてしなくて良いのよ〜。それにそっちの方が楓も喜ぶわ」
「お母さん!?」
早苗さんの不可解に発言にぽかんとしていた俺たち三人だったが、真っ先に動いたのは楓だった。
カッと開いた目で止めにかかった楓だったが、早苗さんは「ほら〜」と言って、俺の左肩を指差した。
何だろうかと思って、俺も亀の様に首を伸ばして自らの肩を見た。
そして、気付いた──ワイシャツの左肩部分だけが唯一温かく湿っている事に。
また俺が気付いたのと同時に楓は光よりも速く動いて俺の側に寄ってきて、左肩を両手で押さえた。
まるで封印するかのように、それはもうしっかりと押さえ込んだ……って、イタタタタ。つめ! 爪が食い込んでるからぁ……!
「今すぐ服を脱いでください、柊仁君!」
「柊仁君を泊めたい?」
「泊めたい! ものすっごい、泊めたい気になった!」
そう言って、ワイシャツを破り散らかさん勢いで引っ張ってくる楓。しかも、引っ張っているのはワイシャツ……だけではなく、食い込んだ爪が地肌まで引き剥がそうとしてくる。
流石にこのまま引っ張られたら、ワイシャツビッリビリビリ、肌ペッリペリペリ、血ブシャー──になってしまうと思った俺は楓を止めて、素直にワイシャツを脱いで渡した。
他人の家でタンクトップ一枚になるのは如何なものかとは思うがしゃあない。
肩周りが根こそぎ引っぺがされてしまうよりはマシだ。
「これで良い?」
「はい…… 」
──っておーい。渡した瞬間、ワイシャツに顔を埋めるのをやめたまえ。楓と違って汗臭いだけじゃぞ?
そう伝えても楓は止まらず、より一層その形の良い鼻をワイシャツに押し付けてしまった──むず痒く感じるが、腕よりまし、腕よりまし……!
そんな俺と楓の様子を見て、早苗さんは拳を掲げて喜ばしくも言った。
「──という事で、柊仁君のお泊まりけって〜い♪」
普段はぽわぽわしている様に見えて、霊長類最強の女と同格の力を持ちながら、頭も良く回るとは本当に恐ろしい人だなと早苗さんを見て思った。
そんな人が俺をこの家に泊らせようとしている事に何らかの意図がある様に感じられて、心の奥底で警戒心を高めたのだった──