走馬灯って本当に見るんすかね? というか、死って何なんでしょう……?
「──ここで何をしている?」
「ヒッ……!?」
武雄さんにキッとした視線を向けられて、俺は楓を隠す様にして身を縮めた。
そんな縮めた身体に上に目の前の大男は怪しげな視線を這わせてくる。
──そりゃそうだ。家の前でぐるぐる回っている姿を側から見たら頭のおかしいストーカー。いくら顔見知りと言えども怪しむのは無理もない。無理もないんだけど、警察だけはご勘弁を……。
「……って、そうか」
ワンチャン、警察に突き出されるとまで考えていたのに、武雄さんはそう一言呟くと俺から視線を外して扉の鍵を開けた。
何が起こったのか分からずにいると、武雄さんの視線が俺ではなく楓に向いていた事に気付いた。
そして俺は思った。
(………………殺される!!!)
武雄さんがこれからするのは通報じゃない、俺を殺害し抹消する事!
今家に入ろうとしているのは包丁を取ってこようとしているのだと気付いた。
そう気づいたなら俺がすべきは逃走だ。自らの命を守り、俺の人生をまだ先のあるものにしなければならない。
楓をしっかりと抱きしめて、二つの鞄を肩に掛けて走り出そうとした。
──その時だった。
自分の身体が強く締め付けられたのが気に入らなかったのか、楓が顔の向きを変えた。
元々彼女は肩に埋める形で寝ていた。その状態から顔を横に向けるとそこには俺の首があり、彼女の柔らかい唇が首に触れた。
その瞬間、当たった場所を基点として全身に電流が流れる様な感覚が起こり、走り出そうとしていた俺の身体からものの見事に力を吸い取っていった。
力が抜けた身体は膝から崩れ落ち、立ち上がれなくなってしまった。
そんな状態では流石に武雄さんから逃げる事も出来ず、ズンズンと寄ってくる死の気配を纏わせながら大男が迫ってきていた。
俺は目を瞑り、今世の思い出が走馬灯の様に浮かんできた。
──『我が名はピリオドセイヴァー、時空を統べる神である』
──『来てやったぞ、サトゥー。して、如何様な要件があって我を呼びつけたのだ?』
──『天寿を授かったのならそれを全うするのが貴様ら人間の使命だろうに』
あれ? どこを見てもピリオドセイヴァー、ピリオドセイヴァー。浮かんでくる記憶には俺の黒歴史しか出てこない。
もっとほら、走馬灯なんだから楓とかもっと華やかな記憶を──って、武雄さんが手ぇ伸ばしてきてるって! マズイって!!!
死を運ぶ大男はその大きな掌を俺の方へと伸ばしてきていて、しかもその先は俺の首元──この人、包丁はやめて首の骨を折る気で!?
ヒェぇぇぇ……と身を小さくしてみたが武雄さんの手は止まることを知らず、首を通り過ぎて肩に掛けていた二つの鞄を掴んだ。
うっ……苦しい。い、息が出来ない……死ぬ──って、鞄を持った?
「何をしている? 早く家に入れ」
「えっ?」
俺と楓の鞄を持った武雄さんは玄関の方へと歩いていき、半身を覗かせながら中へ入るように促してきた。
何が起こっているのか分かっていないが、武雄さんの命令に背くとヤバい事を理解している頭が身体動かしていて、いつの間にか俺は楓宅の中に居た。
「──柊仁君、いらっしゃい〜」
「あっ、えっと……」
扉の先には早苗さんが立っていて、迎える言葉と共に「中に入れ」と言わんばかりに速攻でスリッパを並べた。
このまま楓を引き渡して帰るつもりでいたから、早苗さんのその行動に対してどう対応すれば良いか分からなくてワタワタしていると──
「これからお夕飯だから食べていって♪」
「あっ、はい。それじゃあ……頂いていきます」
俺の胸の中でぐでっとしている楓に目を向けても何の驚きも示さない早苗さんに、俺は多少の疑問を抱きつつお誘いに了承する。
武雄さんがいる以上乗り気ではなかったが、今回の経緯の説明して命を守ろうと思ったのと、このまま帰れば待っているのはコンビニ飯だからである──いや、好きだよコンビニ飯。海老マヨのおにぎりとか特に好き。
「柊仁君、楓をお部屋まで連れていってくれな〜い? 私、御夕飯よそったりしてくるから〜」
「分っかりました〜……って、え!?」
今なんと仰いました? 俺が楓を部屋まで連れていく? 年頃の男が年頃の少女の部屋に入って、ベットに転がしてこいと?
それはなんともまあ……アカンでしょうに! 俺だって男ぞ? そんな寝ている女子を前にしたら今まで我慢していた理性が──
「──お願いね♪」
「はいっ!!!」
そんな全幅の信頼を寄せているような目で見られたら、破られかけていた理性も完全に修復されてしまう。
ここで何かをしでかしたら、この目から光が失われるなんて考えたらもう耐えられない──いや意外と良いかも? 同級生の若ママに軽蔑の目で見られるなんて中々ない体験……ぐへへ。
「──何かしたら殺す」
そうそうこういう圧力が……って怖えよ! あんたが言ったらマジで洒落にならないから!
楓の部屋を目に入れるだけで……いやもはや何もしなくてもパンチしてくる可能性まである──これは負けイベかな? 俺の命って一つだけなんだけど大丈夫?
色々心配はあるが、取り敢えず与えられた使命を果たさんと俺は階段を登った。
思えば俺がこの家の二階に上がるのはこれが初めてのことであり、謎の緊張感が全身を包んでいた。
自力で見つけた隠しダンジョンに足を踏み入れる様な高揚感が俺の運足を速くする。
気付けば階段が終わっていて、俺は二階へと辿り着いた。
どうやら二階はそれぞれの部屋といった感じで、一回とは違って複数の扉があった。
その光景を前にして俺は思った──やっべ、どの部屋か聞いてねえや。
今見えている範囲で扉の数は五枚。恐らく楓が使用している部屋は一つであるから単純に開くなら、初っ端で引き当てられる確率は二十パーセントだ。
楓の部屋が何処なのかここから聞き出せば百パーセントになるが、他人の家で大声を出すのはどこか気恥ずかしい。
そこで俺は一つの秘策を使う事にした。それは『左手の法則』だ。
迷路に対する有効な手立てだったか、フレミングさんに関係あったかは思い出せないが、取り敢えず左手側にある部屋を片っ端から開けようと決めた──それじゃあ、関係ない部屋を開けるかもしれないって? うっせ!
「楓の部屋であ〜れ♪」
ガチャリと小気味の良い音を立てて開いた扉の先には──
「う、うわぁ……」
まず、天井から吊り下げられていて、赤字で『殺』と書かれているサンドバックがあった。しかもおおよそ殴るであろう位置には『羽虫』と書かれていたであろう紙が貼り付けてあった──言い方が推量なのは既に紙がぐちゃぐちゃで読めないからである。
また、部屋の至る所に置かれている長銃とそれで狙い撃つのであろう的もあった……しかも、こちらの中心にも『ゴミムシ』と書かれていたであろう紙が貼り付けてある──こちらも推量なのはサンドバックど同様だから。
──あれ? 武雄さんの俺への殺意高すぎない?
いや、俺への殺意の高さは楓への愛の深さを示しているのだから家族仲……というか武雄さんからの一方的な愛の重さが感じられる。感じられるんだけど……。
何だあの拳か弾の餌食となった紙は……ボッコボコじゃあないか。あんな目に遭わされたら死んじまうぜ?
というか壁を覆い尽くすように飾られている長銃、本物……じゃないよな? 的になっている紙の中心にゴム弾で撃たれた様な跡の他に、明らかにやばそうな穴が空いているところがあるんだけど……何だか硝煙の臭いもしてきたような……?
HAHAHA、まさかそんなわけある筈が──無いよね?
──左手の法則を信じた結果、武雄さんの部屋を見てしまい、とんでもなく震え上がる事となってしまったのだった。




