シリアスシーンを上手に書く方法が知りたい今日この頃
一ヶ月経つのが早過ぎる……
「──楓が何でここに!?」
溝口ママ──怜さんでも開かせる事が出来なかった扉が楓の大声一つで最も簡単に開いた。
そしてそこから身体を覗かした溝口さんは俺と楓の姿を認めるなり、ハッとした様な顔をして扉を閉めようとした。
しかし──
「──柊仁君、お願いします!」
「ガッテン! ……って──ぎゃあアアアアアアアッッッ!」
忠犬かと言われんばかりの聞き分けの良さで、俺は閉められようとした扉の間に足を差し込んだ。
溝口さんは反射的に開けてしまった焦りから急いで締めようとしたのだろう──木製の外開き扉は物凄い勢いで閉められようと移動してきた。
──その結果、スリッパと靴下しか防具がない俺の足は盛大に挟まれて、この世の果の様な激痛が走った。
家中に俺の汚ったない悲鳴が響き渡り、部屋の中からも階下からも「ガタガタッ……」とびっくりしたような音が聞こえてきた。
ただ、それのお陰で閉まりかけていた扉の動きが止まり、空いた隙間から扉をこじ開けた。
「ナイスです、柊仁君!」
「くぅん……」
口では明るく褒めながらも申し訳なさそうな表情を浮かべる楓は、俺の頭を撫でながら呆気に取られている溝口さんの部屋に侵入していった。
頭を撫でられた俺は痛みの取れない足を摩りながら、弱々しい返事を発した──忠犬、主人ノ指示、守ル……。
幸いにも骨折はしていない様だったから俺は無理矢理這う様に進んで、楓に倣って溝口ルームに侵入した。
現役空手家(だと思っている)の力で骨折しないとは俺の身体も丈夫なものだ。
「まずは……急に押しかけてごめん。どうしても柚茉ちゃんと話をしたかったの……」
俺と楓が部屋に入ったというのに未だに唖然としている溝口さんに向かって、楓は恐る恐る声を掛けた。どうやら、屋に無理矢理入ってしまった事への罪悪感はあるようだ。
因みに俺は二人から少し離れた扉の前に腰を下ろして陣取っていた──壁となって万が一にも締め出されるのを防ぐ為だ。
「…………」
「柚茉ちゃん……?」
そんな心配とは裏腹に溝口さんは全く動かなかった。
楓の姿を目に入れている様だが、楓の声に反応を示さない。どこか困った様な表情でぱくぱくと口を開いたり閉じたりしていた。
流石に様子がおかしいと思った楓は、確認の為にもう一度彼女の名を呼んだ。
すると、何らかの意を決した様に表情を引き締めた彼女はポツリと呟いた。
「──って……」
「え……?」
溝口さんの呟き声は余りにも小さく、楓は聞き取る事が出来なかったらしい。
首を傾げて「なんて言ったの?」と言い掛けた時、今度は叫び声に近い大声で溝口さんは言った。
「──帰って!!!」
溝口さんがそう叫んだ直後、僕らの居る空間は静寂に包まれた。
叫んだ溝口さんはバツの悪そうな顔をして斜め下に視線を落とし、楓は何を言われたのか分からず目を白黒させ、俺はそんな二人を静かに見ていた。
──気まずい。
勿論、こんな展開があるのではないかと予想はしていた。予想はしていたからこそ俺は随分と平静を保ててはいる。
しかし、平静だからといって何かを言ってあげられる訳でもないし、何か出来る訳でもない。
救急車のサイレンが近付いてきて、遠ざかっている──そんな事が分かるくらいには静まり返ってしまった部屋の中で、俺はどうにも出来ないまま静かにしていた。
しかし、そのままではいけないと思ったのか楓は重たい口を開いて言葉を発した。
「どうして……? どうして柚茉ちゃんは一人きりで抱え込んでしまっているの?」
「……どうしてって、それは…………」
楓の問いに対して溝口さんは何かを言いかけて、すぐに口を閉ざした。
何かを隠した衣装だが、その様子は一人で抱え込んでいる事に何かしらの理由があると噤まれた口とは反対に雄弁に語っていた。
そして、それを見逃せる余裕は楓にはなかった。
「何かあるんだよね……? なら、教えてよ……私達友達でしょ?」
何としてでも聞き出したい。困っている友を放っておく事は出来ない──その気持ちからその言葉が出てきたのだろう。
──しかし、その言葉が地雷だった。
何も知らない楓は何も知らずに地雷を踏み抜いてしまった。
キッと目を鋭くした溝口さんは目の端から少量の涙を覗かせて叫んだ。
「──そうだよ、何かあるよッ! けど言えないんだよ!」
「どう……して? 友達なんだから頼ってよ?」
声量なんて関係なしに目の前の楓に大声で訴えかける溝口さん。その激しさたるや、楓が泣き出してしまう程だった。
しかし、涙がどれだけ出ようとも溝口さんに問いかける楓。その声は完全に涙声になってしまっていて、さっきまでの彼女と違って酷く弱々しかった。
「友達、友達ってさっきから言ってるけどさァ……」
泣き出してしまった楓なんてお構いなしに溝口さんは言葉を畳み掛ける。
「──元々、孤立している私が気になって声を掛けたんでしょッ! 私が可哀想だから!」
「ち、ちが……」
「違くないでしょ!?」
妙に饒舌になった溝口さんに勢いを完全に飲まれてしまった。
この部屋を訪れた時とは反対に、今度は楓が口をぱくぱくとさせて、言葉を発しようにも出てこない様子になってしまった。
「楓は天使様なんて呼ばれるくらいお人好しで……だから、私を独りにしておけなかった。でも、そんな偽善で近づかれるくらいなら──あの時、ほっといてほしかったっ!」
溝口さんは楓の存在を完全に拒絶する言葉をぶつけた。
そしてその棘のある言葉は楓に大きな衝撃を与え、目を見開いて大粒の涙をポロポロと流したまま固まってしまった。
そんな様子が胸に来たのか、それとも別の理由があるのか、キツい事を言っている側である溝口さんも涙腺を完全に決壊させた。
しかし何が彼女を突き動かしているのか、溝口さんは一度口を噤んだ後に最大級にキツい言葉を放った。
「──楓となんか知り合わなければ良かったッ!」
「……ッ!」
その言葉が告げられた直後、扉の前に居座っていた俺を踏みつけた事なんかお構いなしに顔を伏せた楓は部屋を飛び出した。
バタバタバタッ……と廊下を走り、階段を駆け降りる乱暴な音がすると溝口さんは力なく天井を見上げた。
「──あはは、あは……はは。これで良いの……これで良いんだ…………」
糸が切れたかの様に天井を見つめる溝口さんは壊れた機械のように笑ってそう言った。
彼女の目には俺の存在は映ってないのだろう──いや、映ってはいるのだが、それ以上の事が原因で気になっていないのだろう。
そのまま俺の前では一人呟いた。
「──楓には迷惑掛けたくないんだよ……」
楓が出て行った事で隠していた本当の気持ちが漏れてしまったのだろう。
あれだけ酷い事を言ったのも全ては楓を思っての行動。楓が大事で大事で関わらせた結果、彼女の身に良くない事が降りかかってしまうかもしれない。
そんな可能性を欠片もなくす為に、自分への好感度を犠牲に彼女を遠ざからせた。
──その気持ちは分からなくもない。
俺も溝口さんの件に首を突っ込んだ結果、あの女子二人に徹底的にやられた。
あんな目には遭ってほしくないし、あの時実際に俺も楓には何が起こっているのかを伝えようとは絶対にしなかった。
楓を突き放す事を選んだ溝口さんと、彼女に甘える事で何とか自己を保ち切った俺とは天と地ほどの差があるのだが……楓が好きで仕方のない同類を目の前に、俺は『後は任せろ』という思いを込めた強い視線を送って立ち上がった。
「──かえでぇ……かえでぇぇ……ごめんねぇ…………」
──俺はその小さな小さな心の呟きを耳にしながら、その部屋を出たのだった。




