夕の刻、我らは魔王城へと魔王城へと至らん
大変長らくお待たせ致しました。ホ○ライブサマーやコロ助やらで気付けば三ヶ月も……
「──マジでキツすぎる。本当にキッツキツだわ……」
「あともう少しですよ、柊仁君。もう少しで気持ち良くなれるので、頑張りましょう」
「気持ち良く終わりたいから頑張るけど……全く分からない」
「経験が足りてないですねぇ〜。私はいつまでも待ちますよ」
「ここに入れれば良いのか?」
「あっ……そこは…………」
ここは我らが一年四組の教室。ここには俺と楓以外は誰も存在していなく、所謂二人っきりと言うやつである。
時刻は六時手前、男女二人で無人の教室に居残ってナニをしているかというと──
──勉強だよ!
「ちっくしょう。あのヘナ文字先め……!」
「ヘナ文字先って……流石に酷いですよ。まあ、言いたい事は分かりますけど」
そう言った楓は口を手で覆いながら抑えたような笑みを浮かべた。酷いと言ったからには普通に笑う訳にはいかなかったのだろう。
しっかし、自分は用事があるって俺の事をほっぽり出して行きやがってぇ! 後は自分で理解しておけだとぉ? 自分じゃ分っかんねぇからここにいるんじゃねぇかああああ。
俺の怒りはあだ名だけじゃあ収まらないぜ、ベイベー。
ヒッヒッヒ、今すぐ帰って藁人形を作って祭壇に飾ってやるゼェ……あれ? 藁人形って祭壇に飾るんだっけ?
「もう、バカな事言ってないで柚茉ちゃんのお家に向かいますよ」
「バカとは何だい、バカとは。楓も大して変わらないじゃまいか」
「でも私、今日の範囲は分かりましたよ」
「ふぇぇぇん……」
今日の範囲が理解出来たか、出来ていないかでこの場の勝者が決定する。つまりは楓が強者であり、勝者なのである。
まあ、元々の能力として楓の方が秀でているんだが……びええええん。
「ひぇぇぇん、楓ちゃんがいじめるよぉ」
「はいはい、ふざけてないで荷物を片付けますよ」
「……お母さんじゃん」
少しの息抜きにと思ってふざけていたのだが、その間も彼女はテキパキと俺の荷物を纏めてくれていた。
ノートと教科書を畳み、シャーペンをしまい、消しかすを集めてゴミ箱にポーい……お母さんやな。
「はい。荷物も纏め終わりましたし、行きましょう」
「早っ。イッツなプロミスじゃん」
「はいはい、行きますよー」
「はーい」
適当に流されてしまったが、俺も大して内容を覚えていないからまあ良いかと割り切った。
えーっと、車屋のCMだっけ……? あれっ、何だっけ?
思い出しそうで思い出せないこの感じ。くぅーっ、ムズムズする!
「もう六時ですか……。少し急いでも柚茉ちゃんの家に着く頃には夕食時になってしまいますね。訪問するには少し申し訳ない時間ですね」
「いや、それに関してはごめんなさい……。私の頭がごめんなさい……」
「いえいえ、分からない問題は誰にだってありますからね。柊仁君はそれが人よりもちょっと多いだけで」
「あれ? フォローに見せかけて刺されてる?」
今日の楓がいつもより冷たく感じるのは間違いないのだろう。俺の口と頭がいつもよりもボケ寄りになっている事からも、それが間違いないことが証明されている。
その理由はまず間違いなく、溝口さんの家へ行く事からの緊張が原因だろう。
俺には分からない感覚だが、いつも仲良くしている人が突然、連絡して来なくなると不安になるのが人ってもんらしい。
それが原因不明であれば尚更だ。
自分が何かしたのではないか。そういった考えが脳裏を過ぎり、途端に不安になってしまう。
そんな不安を抱えたまま相手を訪れるのだ。緊張しない訳がない。
寧ろ、それだけ緊張してしまうくらいならやめても良いんじゃないかと思うが、どうやらそうはいかないらしい。
「柊仁君と放課後に一緒に歩くって珍しいですよね」
「そうだね。家があるの、学校を挟んで真反対だからね。というか、意外にもこれが初めてじゃないかな?」
少なくとも俺の中にはこんなイベントに関しての記憶がない。記憶があるのは補修の後に下駄箱を出て別れを告げるところまでだ。
超貴重な機会を一ミリたりとも無駄にしたくないという思いが溢れているが、浮かれてはならない。今歩いている目的はそう明るいものではないのだから。
「何だか嬉しいです。こうやって、柊仁君と歩く事が出来て」
「……?」
楓は緊張していた頬を緩めて、にへらと微笑んだ。単純に嬉しさを表現しようとしているのだろう。
しかし、何に嬉しくなっているのかがいまいち分からなかった。
そんな俺を見かねて楓は微笑みながら言った。
「私、生涯でこうやって好きな人と歩く事はないんだろうな〜って思っていたんですよ。けど、私の隣には柊仁君がいる。それがとっても嬉しいんです」
「……いや、楓の可愛さなら彼氏くらい幾らでも出来るでしょ」
「幾らでも出来る彼氏に価値はありますか?」
「なんか哲学的ぃ」
幾らでも出来る彼氏に価値はあるか──人によってその答えは変わるだろう。
今を生きるキャッピキャピなJK達に聞けば当然その答えはイエスだろうし、逆に陰に生きる腐った瞳で穿った世界の見方をしている陰キャ童貞男共は叶いもしない夢と希望を胸にノーというだろう──勿論俺は後者だ。陰キャ男子は一世一代の恋をしたいものなのである。
ついでに、世界の為にヒロインと死に別れしてしまうとかの展開だと尚グッド。転生して次の人生で再開した二人が一生を添い遂げたらパーフェクト。
そんなパーフェクトな人生を夢見ているうちは数打ちゃ当たる恋愛なんて出来ないのである。ま、そもそも数打ちゃどころか一回も出来ないで三十まで行って魔法使いになるんだけどな、あっはっは。
──なーんてアホな事を考えているうちも楓は至って真面目に言葉を紡ぐ。
「幾らでも出来る彼氏よりも柊仁君の方が何倍も何十倍も何千倍も大切ですよ」
「お、おう……。恥ずかしい事言ってくれるじゃないか……」
「別に、当然の事を言ったまでですよ」
何だか楓に小っ恥ずかしい事を言われるのは久しぶりな気がする。それ故に俺のハートにクリティカルヒットして、まじん斬りで会心の一撃だ。
お返しと言わんばかりに赤くなっている頬を突いてやると、楓は気持ち良さそうに目を細めた……可愛いなあ!!
「──さて、前座はこれぐらいにして……そろそろですよ」
ごろにゃーと猫の様になっていた楓の顔が急にきっと鋭くなった。どうやら 魔王城が直ぐそこまで迫ってきているらしい。
俺達二人の間に理由は違えど同じ緊張が共有される──楓は受け入れてもらえるかという緊張が、俺は不審者に思われないかという緊張が。
俺と楓は無意識に互いの手を握り、「大丈夫だ」と言葉では言わないが伝え合う。
俺の手は手汗でびちょびちょだが、楓の手もそれなりに湿っていたから気にはならない──それ以上に緊張が感覚を支配している。
夕暮れ時に手を繋ぎながら道を歩くカップル。普通ならば甘い空気の一つでも流れる所だが、今の俺らにはそんなものはない。
ただ、そこには溝口柚茉という少女を学校に連れ戻したいという意志だけが存在していて、その意志は何よりも硬い。
こうして、色々な不安を抱えながらも一生懸命に進んでいる楓を見て、俺はその手を強く握った。
残り百メートルもない距離を前に緊張で硬くなっている彼女に向かって俺は勇気を送った──これが何千倍も大切と言ってくれた楓に俺だけがしてあげられる事なのだから。
「──行きましょう」
「ああ」
──溝口宅を目の前に立ち止まっていた俺達はインターホン、もとい扉の元へと足を進めたのだった。




