本当に良い人は自分の事を良いとは言わない……と思う
来週から投稿スパンが短くなるはずです
「──流石に照示でも気になるの?」
「ああ……これはかなりきな臭いな。また『あの男』絡みで一人の生徒がダメになったか……?」
「あの男?」
「すまない、忘れてくれ。何でもない」
照示はふるふると首を振って、僕に忘却を求めてきた。
正直物凄く気になる……が、それよりもだ。
──『溝口さんが来ない』
あの日、溝口さんが休んでから今日で三日目。
普通ならば風邪を拗らせてるだの、理由が付くが彼女の場合は違う。彼女が至って健康である事は確認が取れている。
──と言うのも、溝口さんの母親が銀堂先生に欠席する事は伝えているらしい。しかし親から見ても休みたがっている理由は不明らしく、困っているらしい。
そして何よりおかしいのが、楓からのRainに対して一切返信をしていない事だ。
いや、正確には楓を含むメッセージを送ってきた全員に対して返信がなく、既読もつかないらしい。
それは即レスの神(楓命名)である溝口さんらしからぬ行動であり、確実に何かあったという確固たる証拠。
「確実に奴らが絡んでいる事は間違いないだろうけど……」
「そうだな」
僕らの視線の先にいるのはとある二人の女子──その名はメイ&イロハ。
例の俺を徹底的に虐めてきて、精神崩壊の一歩手前まで追い込んできた張本人達。
銀堂先生の告発によって一週間の停学処分を食らっていたが、期間を終えて舞い戻ってきた。
その表情はすっきりとしたような顔で、確実に『ナニカ』をした後だった。
「湊は何かされたか?」
「いいや、僕の方には何も。視線を送ってくることもなければ、こちらに気付いている素振りすらない」
「──という事は湊では期待した反応を得られなかった、寧ろ反撃されてしまったから元の対象に立ち返ったといった所か?」
この件には彼女らが関わっているのだろうが、肝心の被害者がこの場にいないから何が起こったのか知りようがない。
「何にせよ、奴らが手を出したのだとしたら相当酷い事をされたに違いない。しかも、タイミング的には土日のどちらか……親くらいとしか顔を合わせていなかったに違いない」
思い起こされるのは今までされてきた悪行の数々。そのうちのどれか、または同等の何かをされたのだとしたら相当メンタルにきているに違いない。
それに日曜に起こったのだとしたら、その日は奇しくも楓の誕生会だ。通話をしようにも、それが気掛かりで電話出来なかっただろう。
それに、溝口さんは人に心配を掛けたくない、ある意味優しく、ある意味弱い女の子だ。
楓に心配は掛けたくないと言っていたが、恐らくそれは両親にも心配をかけたくないと思ったに違いない。
だからこそ、一人で抱え込み──パンクした。
それ故に欠席しているんじゃないかと俺は踏んでいる。
「そうだな……。このまま不登校にならなければ良いんだが……正直、今の状況ではかなり危ういな」
照示の言葉に俺は無言で相槌を打ち、ぼんやりと溝口さんの席を眺めていたら、教室の戸を開けて楓が入ってくるのが見えた。
彼女は溝口さんの席を見るなり、小さなため息と共に肩を落として俺たちの方に歩いてきた。
「おはようございます……」
「ああ、おはよう」
溝口さんの連日欠席によって一番影響を受けているのが、彼女が一番の親友である楓だ。
外見上ではいつも通りを取り繕ってはいるが、その節々から悲しみの色が滲み出ている。
溝口さんとしては楓に心配を掛けたくないから詳しい事情を話していないのだが、楓からしてみれば理由も話してくれずに連日欠席している親友だ。
自分が頼りないから話してくれていない。自分が信用にならないから話してくれない。そんな考えが楓の頭の中には巡っている。
──何も話してくれないのは辛い事なのだ。
しかし、本人が黙っていたいと思っているのだから、不用意に俺が伝えていい事でもない。
結果、楓は何も知らずに指を咥えて状況を見ているしかない。
それが嫌だったからこその発言だったのだろう──
「柊仁君、今日の補習後空いていますか?」
「えっ? 空いてるけど、どうしたの?」
彼女は小さく呼吸をしてから言った。
「──柚茉ちゃんのお家に行きます」
「直接問い質しに行くのか……大丈夫かな? 話してくれないかもだよ」
「それでも、です。とにかく聞いてみない事にはどう言った状況なのかも分かりません。もしかしたらスマホをどこかに落としちゃって、連絡出来ないという線も無くはありませんからね」
スマホを落とした……限りなくゼロに近いと思うが、それでもその無きに等しい可能性にも縋りたいのが今の心情、か。
楓一人では何かあった時に心配だし、邪魔者になる可能性が高いけど俺も付いていくか。
「分かった。放課後に溝口さんの家を訪ねよう。──因みに、どこに家があるか知ってるの?」
「はい。かなり前にですが柚茉ちゃんのお宅にお邪魔したことがあるので、場所は完璧に覚えています」
「そっか、じゃあ問題ないか」
本来はアポを取ったほうが良いのだろうが、肝心の溝口さんは音信不通だし、溝口ママ、パパの連絡先を持っているわけではない。
突然の訪問になってしまうが、それは致し方ないこととして割り切るべきなのだろう。
「えーっと、照示も来る……?」
「行かねぇわ。なんで赤の他人である俺が大丈夫ですかー、って行かないといけないんだよ。向こうからしても恐怖だろ、それ」
「まあ、確かに。碌に話した事もない人が家に来たって困るか。話せる事も話せないだろうし」
「そうだろ? だから俺は女と遊んでくる」
「照示ぃ……」
この男は本当にどこまでも女、女、女だな。
溝口さんの事を心配しているんだったら、ちょっとはセーブするもんじゃないのかね?
まあ、そんなのは今に始まった事じゃない。
それよりも──
「──照示が女子の事を心配するなんて珍しいよね。普段は使ったら捨てる程度にしか思っていないのに。それに前に溝口さんの事は好みじゃないって言ってたし」
「俺は鬼か悪魔か? お前は俺をどんな奴だと思っているんだよ」
「ド畜生の屑野郎?」「女の敵?」
「ひでえな。天使様の言っている事はまあ妥当にしても、湊は明らかに言い過ぎだろ!」
いや、これが貴方の本質を知っている世間の声です。
現に、楓も「間違いではない」といった様な面持ちで何度も頷いている。予想だが、口を慎んだが故の『女の敵』だったのだろう。
照示はその事に気付いたのか、自分を守るように反論した。
「俺はそんなに酷い奴じゃないぞ。湊も天使様も勘違いしている」
「いや、勘違いじゃないぞ」「右に同じく、勘違いではありません」
「お前ら本当に酷いうえに仲良いな! そんなに俺を悪者に仕立て上げたいのか?!」
あー、これは恐らくあれだ。悪い事をしている当事者はそれが悪い事だとは気付いていないパターン。
自覚症状がないから軽々と酷いことが出来てしまっているのだ。
「これは……ちょっと道徳の教育が必要なのかもしれませんね」
「そうだなぁ」
「いや、必要ねぇから。俺を悪い奴扱いするのも良い加減にしろよ……。俺はお前達が思っている百倍は良い奴だからな!」
「「はいはい」」
「ぜってぇ信じてないな──」
──そこで一日の始まりを告げるチャイムが鳴った。
自分を良い奴と言っている人は何とやらとよく言うが、それがまさに当てはまる例だった。
何故か頑なに認めようとしないが、この教室で票を取ったらまず間違いなく照示は最低だと満場一致するはずだ。
照示は自分の事を客観視した方が良いと伝えようと思ったが、銀堂先生の入室によって阻まれたのだった。
──楓じゃないが、本当に小学校の同時からやり直したほうが良いと思った。