一家に一台専業主婦! 入り浸って、もう帰らないぞ作戦
最近忙しくて、投稿出来ずにすみません。
楓の誕生日の翌日、今日も今日とて俺は学校に来ていた。
もう夏場も夏場、超夏場。神様が設定温度を間違えているのかバカみたいに高い気温が一生に登下校してくれる。超いらないそんなパートナー。折角なら、楓と一緒に学校に来たい。
しかしその願いは一生叶わない。俺と楓の家は学校を挟んで真逆に位置していて、楓宅に行くには学校を一度通過してから、もう一回戻ってくるという一種の修行が強要される。
修行をしなくていい代わりに楓との登校がないのと、修行を強行してまで楓と来るのを秤にかけた場合、かなりの大差で前者が勝つ。
最近、いや割と元々だが……楓はスキンシップが多いから、汗をたっぷり染み込んだワイシャツで生活しているのは最悪中の最悪なのだ。楓の場合それでもいいと言い出しかねないけど、俺が嫌だ。
楓と一緒に住めば毎日一緒に登校出来るが、まあそんな夢物語は一生夢のまま叶う事はないのだろう。
えっ、ないよね……? 楓と毎日同じ屋根の下で暮らすとなったら、理性が保つか怪しいんですけど……。
なんて、馬鹿な事を考えているうちに照示が登場して、俺の後ろの席についた。
今日の彼は珍しく週明けなのに疲れている様子で、お兄さん心配になっちゃう。
「おはよう。朝っぱらから随分と疲れた様子だけど、どうしたの?」
「おはよう、湊。疲れてはいるが、別に心配してもらうほどの事はないぞ。昨夜の女の子が全然帰してくれなかっただけだからな」
「ケッ……」
どうせそんな事だろうと思っていたよ、このド畜生男。
どうせ、その女の子とも昨夜だけの縁だったんだろうし、女を何だと持っているんだこの男は……。
──『お兄ちゃんはお兄ちゃんのしたい事をしてくれれば良いんです』
妹ちゃんは照示にもっと教育した方がいいと思うんだよなぁ。
彼女がちょっと言うだけで妹ちゃん大好き照示は聞いてくれると愚考致す次第でありますが、如何でしょうか?
「──それよりも誕生日会はどうだったんだ?」
「とても楽しかったし、エプロンも気に入ってくれた。ありがとう、照示。天乃ちゃんにもありがとうって伝えておいて」
「それは良かった。アイツも喜ぶと思うぞ」
まあ当然だな、と言わんばかりの顔で照示は微笑んだ。
その微笑みの奥には安堵の念も潜んでいるのを感じて、一応心配してくれていたんだな密かに思った。言ったら絶対に否定するだろうから聞かないが、恐らく当たっているだろう。
そのまま照示は何があったのか根掘り葉掘り聞いてきた。
いつもならば、隠したり、誤魔化したりしているであろう場面──漏れ出た愛情の所も話した。
すると──
「それは……楓の父親が邪魔をしたというべきか、助けたというべきか……」
「えっ、武雄さんが俺を助けた……?」
あと少しで殺されそうだったんだけど……俺は助けられたのか?
自分には全くなかった見方が提示されて驚いたが、照示の話を聞いて納得した。
「いや、その気まずい空気感を打開してくれたんだろ……まあ、そこに込められている感情はアレだが」
「確かに……」
あの後、ケーキを二人(殆ど俺)で食べたりしたが、確かに気まずさはなかった。
俺の上に乗っかって恥ずかしがった後であったのに直前とのギャップで、寧ろ空気が柔らかかったような気がする。
確かに楓パパは楓の誕生日パーティの空気を図らずして助けてくれたのか……!?
「まあ、天使様からのオーケーが出そうな直前で邪魔してきたのは確かに許されざる事であると思うけどな」
「いや、ぶっちゃけあのタイミングでオーケーが出ても、何も変わらなかったと思うけどね」
男女の交際はやっぱり、ロマンチックでなくちゃネ♪
夕日をバックにとか、夜の東京をバックにとか、海をバックにとか……──いや、何かを背景にしないとロマンチックに出来ないやん。
恋愛経験ゼロ男には告白やら、交際やらは早すぎるらしい。
それも考慮してまだこの時期ではない。
俺自身、楓のことが好きなのか分かっていないし、そもそも恋愛感情がどういうものなのか分からないし、男女の交際がどういうものなのかも分かっていない……ゴニョゴニョ。
「まあ、な。どうせ今も付き合ってるみたいなもんだから、自然消滅ならぬ自然結合してるような感じだしな」
「いや、そういう意味じゃなくてね……」
そういえば、この男はロマンチックからかけ離れたドロドロとしていて、最低で女の敵な恋愛をしていらっしゃるんでしたね。
本当に女の敵! さいてー!──本当に最近これしか言っていないな。
「柊仁君、おはようございます」
「ああ、おはよう」
今日の楓は珍しくグループに留まらず、トテトテとこちらに歩いてきた。
どうしたのだろうか、と思っていつもグループが固まっているところを見たら──誰もいなかった。
「私たちのグループは南雲君が中心なので、南雲君がいないと集まらないんですよね……」
「あぁ、なるほど」
南雲君の元気は日を経るごとになくなっていて、今では心配になる程げっそりとしている。
本当に彼大丈夫だろうか? グループの誰かがカウンセリングをしたりしてあげないのだろうか?
あれか──リア充の王である南雲君は普通のリア充には雲の上の存在で、悩みを聞くのは烏滸がましいのか。
まあ、いずれにしても早く彼の心の内を聞き出してあげないと、いつか彼がダメになってしまいそうだ。
俺? 俺が南雲君の悩みを聞くだなんて恐れ多い……ゴニョゴニョ。
「それに、今日は柚茉ちゃんがいませんから」
「えっ、溝口さんが休み!? 珍しい事があるもんだねぇ」
「そうなんですよ、珍しいですよね。今まで一回も休んだ事がないのに」
そうなのだ。あの恐ろしいギャル子ちゃんは今まで一度達とも学校を欠席していないし、何ならサボっている姿すら見た事がない。
どの授業も真面目に受けていて、居眠り一つしないのだ。
まあ、彼女が真の意味でギャルでないと言うことも関わっているのだろうが……まあ、そんな彼女が休みとは本当に珍しいのだ。
「恐らくはこの暑さにやられたんだと思いますけどね。柚茉ちゃん、殆ど水分を摂らない子なので……」
「えぇ、熱中症……? 大丈夫なの?」
ついこの間経験したから分かる──熱中症で人は死ねる。
あれはマジでヤバい、水分を摂りに行こうにも動けず、動けないから水分が摂れない。
結果的に意識が混濁していってそのまま……ちーん。
俺の場合は楓が駆けつけてくれたから助かったが、溝口さんは……──
「柚茉ちゃんなら大丈夫ですよ。お母さんが専業主婦なので家にいますから」
「それなら……大丈夫か」
「そうですよ。やっぱりお世話してくれる人が必要なんですよ──という訳で、一家に一台専業主婦! どうですか、私をもらってはくれませんか? まずは一日だけで良いので……それからドンドンと日にちを増やして……ふへへ」
「んんん……!?」
これは夢か……? さっき、思っていたような構図が完成してしまうのだが……。
実際、楓が一緒に暮らしてくれたら掃除から料理まで何でもやってくれて楽そうだが……ダメだ。俺は家事が出来る男になるんだから!
楓に任せきりでスキルアップ出来ないようじゃ、彼女の隣に立って歩けるようにはなれない!
「ダメだ。俺は楓なしでも生きられるくらい力をつけて、楓の手伝いをしていきながら生きていきたいんだ!」
「柊仁君……!」
「──俺の前でイチャつくの、やめて欲しいんだが……やるならいつもの校舎裏に行け」
「「すみません……」」
──という事で、照示の打ち切りによって『一家に一台専業主婦! 入り浸って、もう帰らないぞ作戦』は失敗に終わったのだった。




