エプロンのプレゼントは「もっと働いて下さい」という意味が籠るらしいが、どうか気にしないでほしい
「エプロンとかどうですか? 消耗品ですから重くないけれど、これからも作ってねと想いは籠りますし」
「確かにそうだな」
「ど、どうでしょうか……湊さん?」
そう言えば楓宅で一緒にカレーを作った時、エプロンを着けていなかった気がする。
単に俺に教えるためだったから付けていなかったのか、持っていないのかは分からないがちょうど良い気がする。
それに服ほどセンスを必要としないだろうし。──因みにこれ重要。
「うん、とても良いと思うよ。考えてくれてありがとう」
「──ひゃっ!」
「あっ、ごめん」
妹ちゃんは何処かの特攻系小動物少女ちゃんと同じ様な小動物感がある。まあ、向こうはリスで、こちらは臆病な兎だが。
だからこそ、いつもの癖で彼女の頭に手を伸ばしてしまった。
そしたら妹ちゃんは心底驚いてしまった様で、可愛らしい悲鳴を上げながら飛び跳ねて照示の後ろに隠れてしまった。
妹ちゃんもそうだが、気にするべきは兄貴の方。シスコンブラザーが妹に触れられた事に大激怒する可能性があったが──
「……ふん」
鼻を鳴らしただけで怒っているのか、いないのかよく分かんない反応を見せた。
大激怒はされずに済んだ様だ。
「そ、それで……どの様な感じのエプロンにしましょうか……?」
「そうだねぇ……」
俺はハンガーラックに掛けられているエプロンを一つ一つ見ていく。
どうやら、最終判断は僕に任せる様で兄妹は離れた所で見守ってくれていた。まあ時々、「アイツ、大丈夫だろうか?」とかいう照示の声が耳に入って、握り拳を固める事は何回かあったが。
エプロン専門店の中を見回って、およそ一周しようとしている時だった。
「これ……」
俺は地が紺で小さなドットが組み合わされている肌触りの良いエプロンを手に取って、想像してみた。
サラサラで柔らかいストレート髪と細くて小柄な楓に当てはめる。
──時は会社から帰宅した直後、このエプロンを着た楓がパタパタとスリッパを鳴らして歩いてきて言った。
『お帰りなさい。お風呂にする? ご飯にする? それともわ・た・し?』
そう言うとはらりはらりと服を落としていき……小悪魔が淫魔へと進化した。
そこからは本能に従順になった楓が俺を貪り始めて──
「──ハッ」
当てて試すだけのつもりが、俺のどーてーを奪われる事に……!?
恐ろしき魔性のエプロン。古の時代には封印されていた筈だが、解き放たれていたのか!?
──なんてバカな厨二病ごっこを想像しながら、俺は照示達の元へ魔性のエプロンを持っていった。
因みに そもそも服をはらりはらりしたら、エプロン関係なくなるだろ……というツッコミは無視させていただく。
「これ、どうかな?」
「あー、無難で良いんじゃねえの? 外れやしないと思うが……天乃はどう思う?」
「い、良いと思います……きっとお似合いですよ」
「じゃあ、これにしよう。買ってくるね」
背後から永遠にダメ出しされていたから、自信を失っていたが、兄妹にお墨付きを貰ったから買う決心が着いた。
会計に出してラッピングをしてもらうが──
「七千円です」
「……高いなぁ」
勿論、いつもの感謝を込めての誕生日プレゼントだからケチるつもりはない。
しかし、それにしても高すぎないかなぁ……。ラノベ十冊分以上かぁ。
いや、これが一番良いという結論になったんだ。これを買うのが一番の正攻法であり、最善策なんだ。
「七千円丁度頂きます。ありがとうございました」
店員のお嬢さんが綺麗にお辞儀して、営業スマイルをニコリ。
そんな無料のサービスを背に俺は照示の方に向かった。
「買ってこれたよ」
「ああ……ラッピングも無難だな。変なのじゃなくて良かったよ」
「それは店員の女性に選んでもらったからね。どうせ、文句言われると思ったから」
『と○森』のラッピングペーパーみたいな紙に包んでもらい、その仕上がりは如何にも「プレゼントです」と伝えてくる。
恐らくあの選択肢の中で最も無難であり、分かりやすく照示には了承を得られた。
「よし。湊の服は買ったし、天使様への贈り物も買ったし、一応果たすべき事は終わったのか」
「そうだね。これからどうする?」
僕がそう聞いた時だった。どこからともなく、「きゅるきゅるきゅる」とお腹のなる音が聞こえた。
そのお腹の虫の飼い主はボンッと顔を赤くなった顔を細くて綺麗な指で覆った。
「うう〜ぅぅぅぅ」
「えーっと、ご飯行こっか?」
一応気遣いのつもりでそう言ったのだが、妹ちゃんはしゃがんで蹲ってしまった。
何と言うか……苛めているみたいで胸が痛む。
「ほら、天乃。こんな所で蹲っていたら邪魔だから、場所を帰るぞ」
「うぅ〜」
照示に抱えられて立ち上がらされた妹ちゃんは小さく唸りながら抵抗していたが、やがて観念し多様で両足で立った。
ただ、恥ずかしいのは依然として晴れないようで顔を俯かせたまま。
「……照示の妹ちゃん、可愛いね」
「だろ?」
「恥ずかしくなる事言わないでください〜……」
楓に対しては辱めたり、辱められたり大体交互くらいだからあまり感じていなかったが、妹ちゃんの反応を見るのがちょっと楽しい。
何となくだが、嗜虐心が俺の中に芽吹いた瞬間のように思える。
「ううぅぅぅぅ……恥ずかしいですぅ」
★☆★☆★☆★☆
──という訳でやってまいりました『ワクドナルド』。
世間では『ワック』と『ワクド』の愛称論争がありますが、私は『ワック』派でございます。
だって、『ワックシェイク』はワクドシェイクではないんだからね。公式が答えを出してしまっております。
「天乃はどうするんだ?」
「……ビックワックのセットとダブル肉厚ビーフを単品で」
「分かった。俺が注文待ってるから二人は先に席に着いてろ」
妹ちゃんの機嫌は恥ずかしがってから崩れていて、今はむすーっとしている。
そんな妹ちゃんと同じ席に二人っきり、あまりに気まずいったらありゃしない。
この気まずさはあれだ、溝口さんと二人っきりにされた時に似ている。
「天乃ちゃんはワックかワクド、どっち派?」
だからこそ、こんな意味不明で話題が広がりそうにない質問しか出来ない。
「……ワック派です」
「おー、一緒だ」
「…………」
会話が続いた時間──二十秒。
朝会った時は面と向かって話も出来ない状態だったから、進歩なんだろうけど……これは俺のコミュニケーション能力が足りない所為かな?
「えーっと、妹ちゃんは照示の女癖の悪さは知ってる?」
「はい、知っています」
「どう、思ってる?」
正直に言って、前から家族がどう思っているのか物凄い気になっていた。
身内としては二十股、三十股なんてやめてほしいと思うが──実際は全く違かった。
「──それは……勿論女性とは誠実な関係であってほしいと思いますが、絶対にそうしろとは思っていないですよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんのしたい事をしてくれれば良いんです」
「ほう、それはどうして?」
「それは家の事情が絡むので何とも言いにくいですが……お兄ちゃんはモテない事が何よりも嫌なんですよ」
「モテない事が嫌……」
これが自分イケてるぜと思っている系の男子ならば、痛いなぁと感じるだけで済む。
しかし、何というか照示らしくない言葉のように思える。彼は自分からは行かず、罠に掛かった獲物を片っ端から相手しているという感じであると思っていたが……違うのだろうか?
「お兄ちゃんにとってちょっとしたトラウマなんですよ。──かく言う私も恋愛にはトラウマがあるんですけどね」
そう困ったように言う妹ちゃんは照示が帰って来たのを機に話題を変えた。
兄に気を遣っているのか、それとも自分の過去にこれ以上触れたくなかったのか。
どちらにせよ、これ以上踏み込んで良い話ではなかったから丁度良かったと思う。
「──照示も天乃ちゃんも今日はありがとう!」
「ああ、意外と面白かったよ」
「こら、お兄ちゃん。意外とじゃないでしょ。──湊さん、一日楽しかったです。ありがとうございました」
あの後、ゲームセンターで一頻り遊んだ僕らは集合した駅前で別れた。
一日中遊んで楽しかった事を思い出して頬を綻ばせ、楓に丁度良いプレゼントを見つけられた事に安堵の息を吐いた。
満足する一日であったと思うその裏で──人間誰しも暗い過去の一つや二つ、あるものなのかなと思っていた。




