対女性系クズ男は案外面倒見が良い?
「──なあ、湊。銀堂のヤツ、どうしたか知ってるか? 元々狂ってはいたが、あれ程酷くはなかったと思うが?」
「いや……俺には何が何だか分からないなぁ……なぁ」
昨日の今日で銀堂先生は空回りしている。教室に入った瞬間から「皆んなの友達、金ちゃんです♪」って、ガタイの良い強面の大人が言る光景は地獄すらも生温く感じる悪寒。
暑さすらも生温く感じさせる寒さという矛盾──つまりそういう事、どういう事?
──意気揚々と出て行った時から嫌な予感はしていたが、本当に的中するとは思わないだろ。
はっきり言ってヤバい。はっきり言わなくてもヤバい。
今の銀堂先生は見た目は大人、頭脳は子供な逆名探偵になってしまっている。
「今日も一日、元気に過ごしてくれる事を『友』として祈っているよ〜♪」
「…………」
いつもならばちょこちょこ話し声が聞こえてくるものだが、この異常事態の前には皆が押し黙り、事の行方を見届けようとしている。
因みに主犯は目を逸らして、虚空を見つめるばかり……はい、後ほど認識の齟齬を修正させていただきます。
「そう言えば、湊。週末、週末買い物に行くぞ」
「どうして、週末の予定を聞かれる前に決まっているの……? 日曜は楓の誕生日なんだけど……」
「勿論分かっている。行くのは土曜だ」
「直前でプレゼント選びを手伝ってくれる気になったって事?」
考えておくと言っていたが、本当に考えていてくれたとは思っていなかった。
しかし、照示はプレゼントを渡すのではなく渡される側と言っていたし、センスは俺と同じくらいだろう……いや単純に面倒くさいからそう答えただけかもしれないが。
そう思っていたのが伝わったのか、照示は答えを言った。
「俺は手伝わない。手伝うのは俺の妹だ」
「照示って妹いたの?」
「ああ。ただ、極度の対人恐怖症だから、使いもんにならないかもしれないけどな」
「いや、少しでも女性の意見がある方が頼もしいよ」
やっぱり持つべきものは相手を思ってくれる友だよなぁ。
いやあ、照示が優しい人だって信じてたヨ。薄情とか思ってなかったからネ。
「俺の妹が可愛いからって、天使様から乗り換えるんじゃねぇぞ」
「いや……プレゼントを買いに行って、他の人に惚れるなんて照示じゃないんだから、ありえないよ」
「あ? 別に俺は行かなくても良いんだぞ?」
「本当にすんません!」
照示のシスコンという意外な一面には触れずに、俺達は多少の時間を決めた。
何で触れなかったって?
──そんなの本気でキレられる可能性が高いからに決まっているじゃないか。
★☆★☆★☆★☆
そんな訳で迎えた楓の誕生日前日、即ち照示とそのリトルシスターと買い物に行く日。
一応、何処に行くかとかは妹ちゃんが組んでくれたみたいだから、俺は付いて行くのが仕事だ。
今は照示達を待って、駅前の小さな噴水を眺めているだけだったが……来たようだ。
「おはよう!」
「おはよう……って湊、その服しか持っていないのか? それ、俺が春先にコーディネイトしたやつだろ?」
「そうだけど?」
「それじゃもう暑いだろ。──天使様への贈り物の他にも服買いに行くぞ」
照示はそれを俺ではなく、自らの背後へ言った。
よくよく見ると照示の肩ほどから長い髪が一束生えていて、その色は照示の人工的な茶色と違って、地らしき茶髪が覗いていた。
俺が髪の持ち主の元へ歩いていこうとしたら、その髪がピクンと跳ねて完全に照示の後ろに隠れてしまった。
「天乃、挨拶は?」
照示が端的にそう言うと、隠れていった髪の毛がゆっくりと戻ってきて、やがて顔も覗かせた。
天乃と呼ばれた少女はサイドテールで纏めた髪が特徴で、背は高くもなく低くもない中くらいの小顔な美少女だった。
しかし、その身体は妙に震えていて、今も照示の身体に張り付いている。
「お、おはようございましゅっ!」
「おはよう、天乃ちゃん。不甲斐ない俺達に代わって、今日は宜しくね」
「ひゃ、ひゃい……」
そう言って、手を差し伸べたら瞬時に照示の後ろに隠れられてしまった。
この怯えよう、単に対人が苦手だからという枠には収まらない気がする。
考えられるとしたら……俺が怖い? この人畜無害、ド平均中のド平均なこの顔立ちが怖いのかな?
年下の子に怖がられた経験はないからちょっとガックリ。俺は小さくであったが、肩を落とした。
「まあ、コイツは誰に対してもこんな感じだから気にするなよ」
「お、おう」
何というか……お兄さんしてんなぁ。
春頃に勉強教えてくれていたのとかから考えると、照示って結構面倒見いいんだよな。妹ちゃんのお陰なのかしら?
「──それで、まずは何処に行くんだ?」
「えっと、服から買いに行きましょう。その方がか、湊さんも良いでしょうし」
「そうだな。男物の服が豊富な店となるとあそこか」
俺は兄妹に導かれるまま駅から数分もしない所にある服屋に行き、着せ替え人形にされた。
お洒落達人の照示とその妹ちゃんは喧嘩をしながらも一生懸命考えてくれた。お陰で俺は一時間も試着室に押し込められたままで、延々と脱いでは着てを繰り返していた。
──だって、俺が選んだ組み合わせは照示からボコボコに貶されたんだもの。心が折れた。
やがて、決着が着いたのが妹ちゃんの組み合わせだった。二人とも最後の方は謎にボロボロになっていた。
私の為に争わないでと言いたかったが、選んでもらっている張本人は黙っていろという謎の圧に負けて、俺は静かにしていた。
その熱き死闘の末に、俺の服は夏ニットのポロシャツに黒のスキニーパンツ、Uチップシューズと黒を基調とした落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
まあ、お値段はかなりのものだったけれど、多少は目を瞑ろうと思う。
天使様と遊ぶ機会もあるんだし、その辺はケチってはいけない、と照示に教わったからだ。
確かにお洒落名人である楓の横をクソダサコーデで歩けやしない。
「うん。やっぱりこちらの方が良いですね」
「そうか? もうちょい崩しめの方が良いと思うんだけどな」
兄妹の兄はまだ納得していない様で、ぐちぐちと言っているが妹ちゃんはどこ吹く風だ。
妹ちゃん、他人に対してはああだが、血の繋がった兄とはとても仲が良さそうで微笑ましい。俺も妹が欲しくなるくらいだ。
「さて、こんな事している時間はないか。次の所に行こうか」
「おー!」
気を切り替えた兄が僕らを先導して歩く。次は楓へのプレゼントを選ぶそうだ。
今日のメインターゲットにして、最大の難関。
俺の服選びなんかよりも何十倍も、何百倍も大切なそれは相当な時間が要すと思った。
その予想は当たって、何処に行っても照示と妹ちゃんがぶつかり合っていた。
ある時は──
「テキトーに高めの菓子とかで良いんじゃないか?」
「ダメですよ。大分親密な関係の男性からの贈り物として、不適切です。お中元じゃないんですから」
「そうかぁ……」
照示の提案に妹ちゃんが否定した。
またある時は──
「やっぱり、男性から女性への贈り物として定番はアクセサリーとかでしょうか?」
「駄目だな。コイツが天使様に合ったものなんて考えられる訳がない。見ただろ、あの服」
「確かに……」
妹ちゃんの提案に照示が否定した。
その後も照示と妹ちゃんはぶつかり続けて、色々な店を訪れては出た。
ウィンドウショッピングと言えば聞こえは良いが、店の入り口で兄妹が言い合う姿は明らかに営業妨害だった。
それに俺の心を抉る様な事を何度も言われもした。
妹ちゃんはそれに気がつくと俺の方を向いてあわあわとして謝っていたが、照示に関しては謝罪すらなしだった。
それが十回も繰り返された時だっただろうか?
その位の時に妹ちゃんの口から出た言葉がこの長き戦いを終結へと導いた。
「──その、楓さんは料理がお得意なんですよね? なら、エプロンとかどうですか?」