俺の楓は天使で救世主
「ふいぃ〜。どうすっかなぁ……」
楓による自爆特攻の末に完全回復を果たした俺は奴らの嫌がらせがいつ来るか、いつ来るかと警戒しながら毎日を過ごしていた。
しかし、仕返しは何かがあったかの様にあの日を境にピタリと止み、俺は呑気に……ではないが、気を楽にして過ごしていた。
因みに呑気に過ごせないのは発覚した楓の誕生日が理由だ。
人にプレゼントなんて送った事もないから、何をあげたら良いのか、女友達に何をあげるのが正しいのかが全く分からない。
照示は尽くすより尽くされる側だからと言って、碌なヒントもくれやしなかった。
手助けをしてくれない彼に「それでも友達か〜!」と言ったら、「考えておく」と言われて早数日。恐らく一ミリも考えてくれていないのだろう。
俺のもう一人の頼みの綱、南雲君もあれ以来陽キャの王みたいな性格は鳴りを潜めて、いつ見ても静かにしている。
虐めの現場を見た影響で、ああまでなってしまうとは何かがある様で、どうしたのかと聞きたくなってしまう。
──そして今だが、誰にも頼れず放課後にこっそりと屋上に登り、何をあげれば良いのか考えている最中だった。
屋上に登るには少々特殊なルートを通る必要があり、誰にも知られていない俺だけの場所だと思っていたのだが……──
「──湊、少し話いいか?」
「銀堂先生……」
「一応、ここ立ち入り禁止だからな。教師として注意させてもらうが」
我がクラスが誇る超変人教師──銀堂金先生のお出ましだった。
注意と言っているが別に怒っている様子もなく、それでも本当に教師かと問い詰めたくなる。まあ、怒られたくなんてないから良いんだけど。
あと補足させてもらうと、俺だけの場所というのは単純に立ち入り禁止が故に誰も近付かないというのもある。
「こんな所で何をしているんだ?」
「少し考え事を……銀堂先生はどうしてここに?」
「俺は湊が居るのが下から見えたから、用事ついでに来たのさ」
この人の視力はどうなっているんだ……ここ五階建ての屋上だぞ?
柵に身を乗り出していたとは言え、どうして地上から俺だって分かったんだよ……。
それにここへ来る方法を知っているのも驚きだ。知っていてどうして、職員会だので話を出して封鎖し様としなかったのか?
本当にこの人は不思議だ。
「用事って何ですか? 下からわざわざ登ってきたとなると相当な内容なんですよね」
「ああ、その通りだ。俺は非常に重要な事を湊と話すつもりで来たんだ」
「ほう……。それでその内容とは……?」
教師らしくないこの人の事だ。どうせ碌なことじゃ──
「気付いてやれなくてすまなかった」
至って真面目な顔をしての深謝。何やら只事では無い雰囲気を感じ取って俺は姿勢を正した。
銀堂先生が何を言っているのかは目的語が付いていないから、何に気付いていなかったのかが分からない。──分からないが、今まで感じていた違和感の答えを目の前の先生が持っている様な気がした。
「何に……ですか?」
「あの二人──塩谷メイと宇都宮イロハの件だ」
銀堂先生からその二人の名前が出た時、俺は真に合点がいった。
あの日から二人の嫌がらせは何かがあったかの様にピタリと止んだが、本当に何かあったらしい。
「実はな──」
どうやらあの日、碌に面白い反応を見せない俺に痺れを切らせて、今までとは比べ物にならない程大仰な仕掛けを準備していたらしい。
当然、派手にやろうとすればそれだけ手間も掛かるし、時間も掛かる。あの二人とて、魔法でチョチョイと出来るわけじゃない。
作業を進めていて、集中が切れてしまった一瞬の隙だった。
その場に銀堂先生が偶々遭遇してしまった。
──後は言わずとも分かるだろう。
言い逃れをする余地も与えず、情報を引き出した銀堂先生は自分の預かり知らぬ所で何が起きていたのかを知ったのだ。
結果、二人は一週間の停学処分。俺への嫌がらせもピタリと止んだという訳だった。
「事の発端はあの日だったんだってな……本当に担任だというのに、あれほど常軌を逸していた雰囲気から察してやる事の出来なかった俺の罪は重い。償いなら何でもする。いや、償いなんてものでは湊が負った──」
「ちょっ、ストップストップ!」
俺が止めなければ延々と喋っていそうだった銀堂先生の眼前に掌を突き出して、強制的に言葉を遮った。
そんなに一方的に言われたって困るじゃないか。
「銀堂先生が気付けなかったのは仕方がないです。あれで気付けたら超能力者ですよ」
「それでも……」
「心の傷もどこかの考えなしな特攻隊長が治していってくれましたし」
まあ、隊長さん基淫魔さんは高次元魔法『治癒』の反動で大ダメージを受けていたのだが、向こうも翌日になったらケロっとしていたから問題ないのだろう。
「──だから俺はもう大丈夫です。寧ろ、被害を食い止めてくださってありがとうございます、ですよ」
今まで以上にヤバい嫌がらせなんて受けたくもないね。折角限界値以上まで精神を回復してもらったのに、すぐさま崩壊させられたら自ら人生の終止符を打ってしまいそうだ。
つまり、銀堂先生は一人の男の命を救った。よって判決無罪。以上、閉廷。という事でしみったれた雰囲気はかいさ〜ん。
「俺はお前達にどうしてやるべきなのか分からないんだ……生徒である湊にこんな情けない事を言うのも難なのだが……」
俺的には『しみったれた雰囲気さん』にはお帰りをなさる様に命じたはずだが、何故か居残ってやがる。
居るよなぁ、下校の放送流れてるってのに、平気で教室に居座る生徒達。
俺は静かな空間を求めていたのに、彼らが帰らない所為でいつまで経っても教室が煩いまま。俺の怒りのボルテージが永遠と上がりまくったやつ。
因みに、その放送に俺が従っていない事は不問とする。
「俺は俗に言う元ヤンと言う奴でな、学校なんて碌に通っていなかったんだ。周りもヤンキー、どこ行ってもヤンキーだったから、当時の俺の先生は諦めて注意する事も無かった。──だから、教師らしい振る舞いというのが分からないんだ」
「ああ……そうなんですか……」
銀堂先生が元ヤンとは想像もしていなかった。確かにガタイは良いし、三白眼で悪人ヅラではあるけど、そこまで悪い人ではないしなぁ。
「銀堂先生は変わらなくても良いと思いますよ」
「えっ?」
先生から相談、ましてや人から相談なんて受けた事ないが、学生の立場から言える事だけは伝えてあげた方が良いと思う。
嘘でも世辞でもなく、本心を。
「教師らしくない教師だって、この世には居ます。そういう人は生徒に寄り添い、生徒と同じ目線に立って、教師をしているんだと思います」
「生徒と同じ目線……」
「はい。上から見ているだけでは決して分からない事が、同じ目線に降りてくる事で分かる事もあるのではないでしょうか? 今回の件と言い、なんと言い。まあ、一学生の考えでしかありませんが」
本当に心から悩んだ時には同じ教員仲間の所へ行ってください。例えば、『ヘナヘナ文字男先生』とかね。
──と言うのは止めておいた。
何故なら、銀堂先生は無性にキラキラとした目で俺を見つめていたからだ。まるで「先生っ……」と言わんばかりの表情で俺を見つめてきている。
「先生っ……」
「あっ、それ口に出すのね……」
「湊、ありがとう! なんだか勇気が湧いてきた。──よーしっ、明日から頑張るぞおおおおおおお!」
「ええっ……」
銀堂先生は物凄い速度で屋上を立ち去っていった。どうやら気合は十分に補充されたらしい。
明日から空回りしなければ良いのだが……。
まあしかし、銀堂先生が元気になったのも全ては楓のお陰だ。
楓のお陰で俺の心は折れずに居て、それによって俺が銀堂先生に濃かったのか薄かったのか分からない話をする事が出来たのだから。
もしも俺が引きこもってでもいたら、それこそ銀堂先生が精神崩壊を引き起こしてしまっていたかもしれないし。
──やはり、俺の楓は天使で救世主なんだよなぁ。




