こわ〜いあの子は恥ずかしがり屋?
2022/12/20 ほぼ毎話誤字報告をしてくださっている方、本当にありがとうございます! 助かります!
空に厚い雲がかかっていて、珍しく太陽さんはお休み。雲は厚いが雨が降る訳でもなく、ただ涼しい風吹くだけの気持ちが良い気候。
そんなお弁当日和の良き日に俺は──
「──アンタ」
「ヒィィィ!」
ギャルの嬢ちゃんに熱烈な壁ドンをされていた。しかし、そこには甘い雰囲気はない。
何故なら、俺は壁際に座っていて、嬢ちゃんは立っている。そして何より、嬢ちゃんは手ではなく足で壁にドンしてきているからだ。
くまがプリントされたパンツが見えようが関係なし。ただ、目の前の獲物を襲うだけが自らの目的といった様子だ。
「アンタ、聞いてんの?」
「はっ、はいぃぃ……どっどっどの様なご用件でぇ?」
多分、元々眼力が強いのだろうけど、メイクの影響で更に強く、鋭くなっている。
今の俺は井の中の蛙、大海を知る……じゃなくて、蛙の子は蛙……じゃなくて、何だけ? 追い詰められている所為で、尚のこと馬鹿になっている。
「アンタ、斗弥のす、好きな人……知ってる?」
「ヒイィィィ……って、んん?」
想像していたような質問と違っていた。もっと凶悪な事件の片棒を持てとかだと思っていたけど。
好きな人を知ってるか、とは何だか肩透かしを食らった。それに斗弥って……南雲の事か。
「いいや、知らないけど」
「そう、なら良いけど」
そう言うと壁から足を離して、俺から距離を取った。そして、胸でよく見えなかった顔が見えるようになった。
「あれ? 溝口さん?」
「ん?」
リア充グループに身を置く二人の女子の楓ではない方──それが目の前の溝口柚茉だ。
褐色系金髪ギャルが特徴で、楓とは正反対の眼光が鋭く、威圧感たっぷりな女子だ。楓の最も仲の良い女友達でもある。
「溝口さんが南雲君をねぇ〜……ヒッ」
「言ったら殺す」
「絶対に言いません。言いませんから、その足を下ろしてください」
恐らく極真空手か何かをやっているんだか、やっていたのだろう。全く軸のブレない鶴足立ち──座っている俺相手なら、いつでも顔面が蹴れる体勢になって脅してきた。
納得してくれたのか、すっと足を下ろしてくれた。というか、パンツを見せる事に躊躇いなさすぎるでしょ……。
「ふうん。言ったら殺すから」
「……具体的には?」
「男をやめさせる」
「ヒェッ……」
この子、怖すぎるでしょ。いや、冗談でもスラリと『タマ』を潰すなんてなかなか言えたもんじゃない。
そういう輩の娘とかある……?
「なんかムカつく」
「すみませんでした! お詫びに聞いてきますので、お許しを……」
「ふうん。じゃあ、聞いておいて──ただ」
「言ったら殺すですね。分かっています。絶対に溝口さんの事は言いません」
「よろしく」
そう言うと溝口さんは帰っていった。その後すぐに楓が帰ってきた。
恐らく、楓が来るのを見越して立ち去ったのだろう。怖いけど、そういう所には気を回せるらしい。
「柚茉ちゃん、何のようだったんですか?」
「うーんと……ナニモナカッタヨ」
溝口さんと仲の良い楓に言うのも間違いなくアウトだろう。
そう分かっていながらも楓に隠し事をするという後ろめたさで気が引けて、カタコトになってしまった。
「怪しいですね……夫に女の影を感じた妻はこんな気持ちなのでしょうか?」
「そうなんじゃないのかな、怪しい事なんて何一つないから知らないけど」
一度嘘をついた以上頑張って取り繕うんだ。唸れ、俺の雑魚脳内コンピュータ!
自分で言っていて悲しくなってくるな……。
とにかく嘘がバレると状況がめちゃめちゃ悪くなる。多分、話していた内容まで見透かされてしまう。
そうなったら、俺の性別を変えられちゃう。それは嫌ですわ。まだ男の子でいたいですわ。
「へぇ、そうなんですか。じゃあ、何か話しましたか?」
「い、いや。何も話していないよ……。楓がいないと分かって引き返したんじゃないかな?」
「ダウトですね、柊仁君。柚茉ちゃんと何か話しましたね?」
「ほう……そう考える根拠は何かな」
なんでこの子、こんなに感が鋭いの?
思考が読まれているのか、聞いていたのか、見ていたのか。──いずれも違うだろう。
「ふっふっふ。私、名探偵一楓が柊仁君の浮気が発覚した理由をご説明しましょう」
「いや、浮気じゃないんだけど……」
何やら乗り気だなぁ。そう言えば、テレビショッピングごっこもノリノリでやっていたな。
ちょっと前の出来事なのに、ずいぶんと懐かしく感じる。それまでの内容が濃かったのが原因だろうか?
「まず、ここに来るまでに足跡がありました。それは男子用の靴ではなく、女子用の靴の跡でした」
「いや、それは今日出来たとは限らないんじゃないの? 前に楓がつけた物かもしれない」
「…………」
名探偵敗れる。残念ながら、大した理由は持ち合わせていなかった様だ。
「次が最後の理由です。こちらは核心を突きますよ!」
「突けるものなら突いてみな。俺の勝利は見えている」
一つ目の理由程度なら、すぐに反論してやる。俺はまだまだ男の子でいたいんだ!
「すれ違った時の柚茉ちゃんの顔、赤かったんですよねぇ〜」
「……?」
「柚茉ちゃん、意外と恥ずかしがりなんですよ。なので、初対面の人と話すのとか苦手なんですよ」
「……!」
この子、本当に核心を突く根拠を……一つ目は反論される様にわざと適当な事を言ったな!
一回目はこちらに反論させて、これは自分で自分の身を弁護するという形式を作った。
そして、本命の二つ目を出す。そうする事で、こちらの沈黙は自らの弁護失敗と同義になり、反論を思いつかない俺は楓の話を認めざるを得ない。
それにわざわざそんな事をしなくても、溝口さんと話をしていないという嘘を見破れていたのだ。
何故ならここには滅多に人が近付かない。他の人と話したから、顔が赤くなったとはいう事が出来ない。
名探偵ごっこをしつつ、俺を確実に負けさせる手を確実に組んできた楓に天晴と言うほかない。
「柚茉ちゃんのあの照れ方は大体恋愛絡み。大方、斗弥君についての話でしょう」
「……!──……?」
バレた、俺の男としての生活は終わりだ。そう思ったが、話の途中で引っかかった。
「なんで溝口さんが南雲君を好きな事を知っているの?」
「ふふ、無論ですよ。女の子に恋バナは付き物ですよ」
「そう、だったのか……」
何というか一気に脱力した。割とガチで命の危機を感じていた。
改めて女子の情報網というか、話したがりと言うと嫌な言い方になるが、まあそれのお陰で助かった。
「その様子から人に話したら殺す──とか言われたのでしょうけど、大丈夫ですよ。柚茉ちゃん、優しい子なので」
「そうなの?」
足で壁ドンをしてきたあの溝口さんが優しいのか、とは思ったが、楓が言うのだから間違いないのだろう。
まあ、照れ隠しにしていたと考えれば、可愛いか……いや、可愛いのか?
「そうですよ。いずれ柊仁君も柚茉ちゃんと打ち解けてほしいですね」
「打ち解けられるかな……。超怖かったよ、溝口さん」
「初めは私にもそんな感じでしたよ。少しずつ、少しずつ近寄っていくんです」
楓は人付き合いが得意だから、溝口さんがどういう人なのかしっかり見抜いたんだろう。
その上で歩み寄っていき、今のように打ち解けたという事か。
怖いイメージに惑わされず、しっかりと『溝口柚茉』を見つけ出したのは、同じ人間として本当に凄いと思う。
俺だったら怖くて近付きすら出来ない。
「ん? なら、俺はグイグイ来ても大丈夫なタイプだと思われたってこと?」
リア充連中と違って、ぼっちな俺にグイグイを選択するとはなんともお門違いな方法だと思うが……。
「いやぁ……。それがですねぇ」
俺の言葉に楓は急に視線を逸らして、誤魔化す様な笑みを浮かべた。
それだけで何を考えているのか読み取ることが出来た。それだけ楓の表情は分かりやすかった。
「最初は少しずつ距離を詰める予定だったんですよ……目を合わせたり、微笑んだりして。──けど、どうしても耐えられなくなってしまって……」
耐えられなくなるの早すぎない?
あの告白があったの登校二日目だったから、恋文を書いたりする時間を考えると一日も我慢出来なかったことになるぞ。
「えへへ」
楓はお恥ずかしい限りで、と言わんばかりの笑みを浮かべて、頬を掻いた。
可愛いなあ、おい! そんな表情見せられたら何も言えねえじゃねえか!
──今日も今日とて楓の可愛さにやられたのであった。