俺って勉強向いていないのかな……
雲ひとつない快晴で、心の中の悩みなんて吹き飛ばしてくれそうな暑さの今日この日──
「アアアアアアァァァ」
俺は人目を気にせず、教室のど真ん中で絶叫していた。
人目は気にしていない。気にしてはいないが──
「うう……視線が痛い……」
どうしてこんなことになっているのだろうか? そんなの一つしか理由はないだろう。
★☆★☆★☆★☆
「おはよ〜」
「ああ、おはよう。今日は遅かったな」
「昨夜は楓と遅くまで通話をしていてね。ちょっと寝坊しちゃったよ」
最近、神田照示による湊柊仁のための特別授業が終了した影響で夜に時間が出来た。
何故なら、俺が厨二病期に勉強していなかった分の全てを学び直すことが出来たからだ。
多少の抜けモレはあると思うが、それでも聞かれれば答えることが出来る程度になっている。
効率的に学習するにはどうすれば良いのか考えて、時間を潰して教えてくれた照示には感謝しかない。
「本当にお熱いねぇ。早く付き合えば?」
「別に俺と楓はそう言う関係じゃないっての。一般よりも仲が良いってだけで」
俺達の仲は男女の仲ではないだろう……多分。彼女どころか友達すらいなかった俺に判断する由はないが。
「そもそも、あのグループメンバー以外に天使のことを楓って呼んでいる、いや呼べている奴はいないんだからな。周りにバレたら面倒だぞ。──と言っても、もう割と知られている事か」
「そんなことある訳ないでしょうに……嘘でしょ?」
「嘘じゃあないさ。天使のグイグイっぷりを見ていれば、誰だって分かるさ。あのグループのメンバーにもあんなに積極的じゃないさ」
「…………」
俺の脳裏に蘇ってくるのは南雲君との会話。
──『二つとも重要危険集団なことには変わりないから、気付かれない様にな。ヤツら、何をしでかすか分からない』
幸いこの棟にはスポ科の連中はいないから直ぐにはバレないだろうけど、噂はどこから漏れるか分からない。
ちらっとその姿を見たけあれはヤバかった。筋肉モリモリマッチョマンのへん──だったからなぁ……しかも全員。
ゴリマッチョにガチマッチョ、マッチョ、マッチョの勢揃い。細マッチョ以外のマッチョを集めた坩堝。
筋肉好きには良いのかもしれないけれど、俺には到底分からない世界だった。感じるのはただむさ苦しさの身。
「まあ、良いんじゃないか? 柊仁と天使がいい感じだって知ったら、天使に近づこうとする奴も減るだろうし」
「え? そんな人、いるの?」
この学年での天使──もとい楓の扱いは神聖で自分からは触れに行ってはならない、って感じだと思っていたけど。
「いるさ。俺こそが天使に見合う男だって告白して、あえなく撃沈する自称イケメン達がな」
「そういえば照示も告白したって言ってたっけ」
「よく覚えていたな。まあ、俺は自称イケメンじゃないけどな。──あれは自称イケメン達のように魅力がなくて振られたんじゃなくて、柊仁の事が好きすぎるが故に振られたんだしな」
「どうだかね。案外、照示のクズ男オーラを感じ取ったのかもよ」
神田照示というこの茶髪イケメンは、何十人もの女子女性を股にかけるクズ男。割とクズ男と言っても怒られないところを見るに本人も自覚している部分はあるんだろう。
それにしてもどうしてクズ男になったのか、今更になって気になった。
「照示はどういう経緯で今みたいなクズ男に──」
「──おはよう、皆の衆。今日も太陽が吠え、地上を暑く照らしている。太陽サンサン、ありがとさんだ」
質問を投げかけようとしたところで、銀堂先生に遮られてしまった。間が悪いが、今日は登校が遅かったから当然の事である。
「ん?」
質問を投げかけようとした俺の素振りに、照示は気付いていたのだろう。首を傾げて、質問の続きを待っていた。
しかし、銀堂先生の話は始まっていて、しかも超重要な事を偶にポロッという人だから、俺は「何でもない」と首を振って示した。
「後は……えーっと、今日は全教科で先日行ったテストの返却があるから、覚悟したい者は覚悟すると良い」
ほら、ポロッと言った。こんなの話をしっかり聞いていなくちゃ、気付きようがない。
教室を見渡せば分かるが、半数はどんな結果になるかソワソワしていて、もう半数はなぜソワソワしているのか分からないと言ったような表情を浮かべている。
因みに俺達は三日前に中間考査を受けた。手応えはあるし、十二分に解く事が出来たと思う。
何故なら、照示の特別授業があったからだ。あれを受けた俺は最強、向かう所敵なしである。
「──という訳で今日も一日励むが良い、以上だ」
銀堂先生の話が終わったタイミングで楓がこちらを向いた。そして何やら唇をぱくぱくと動かしている。
うーんとなになに……『し・よ・う・ぶ・で・す・よ』──勝負ですよ、か。当然忘れていない。
今の最強の俺に敵う相手はなし。俺の圧倒的勝利で、命令を聞かせてやるんだ──
★☆★☆★☆★☆
結果、十三教科総合……百五十三点。漏れなく全て赤点。
「アアアアアアァァァ」
──そして冒頭へと帰還する。
「何故ダァァァア」
「そりゃまあ、当然だろ。柊仁がやっていたのは、あくまで中学範囲だからな。復習している間、高校範囲に一切触れていなかったんだから、テストが出来る訳もあるまいな」
「アアアアアア」
「ま、追試ガンバ」
それだけ言って視線が集まる俺から離れるようにして机に戻ろうとする照示。
俺はその肩をがっしりと掴んで、その歩みを強制的に停止させた。
「照示は何点だったんだぁあ!」
「ふっ、俺は五百三十点。全教科赤点ちょい上」
あれ? 俺の先生って意外と勉強出来ない系の方ですか?いや、赤点未満の俺が言えた義理じゃないんだけどさ……。
正直、もっと上位層に食い込むくらいの点数を取ってくると思っていた。
「呆けた面してんな。おおよそ、俺の点数が思ったよりも低いと行ったところか?」
「あぁ……ぶっちゃけ」
はっ、と鼻を鳴らして照示は答えた。こんなにも自信満々に言おうとしているのだから、何か凄い事でもいうのかなと思っていたら──
「俺は勉強するくらいなら女と遊ぶ。ほぼノー勉でこの結果なんだよ」
「え、えぇ……」
何だか素で性能の差を分からせられた気がする。
俺が必死こいて取った点数を照示は楽々と超えてきた。しかも努力なしで、だ。
「俺、勉強向いていないのかな……」
「向き不向きで言ったら、向いている方なんじゃないか? 飲み込みだって悪くないし……ただ、圧倒的に勉強してきた数が少ないってだけで」
「本当……? 本当に?」
ここで「うん」とか「ああ」とか言ってもらえないと俺の心が折れてしまう。当然分かっているよね……?
「いや、知らんけど」
「知らんけど……っ!?」
もう心の深い部分に大きな傷を負ってしまった。これは立ち上がれなそうにはありませんわ。
もうダメだ……勉強する気力が吹き飛んだ。──そう思った時だった。
俺はあの人物を見て、気力を取り戻した、というか希望を持てた。
趣味が悪いとは自分でも思うけど、仕方がない。
──楓の表情が滅茶滅茶曇っている様子が目に映って、彼女も『成績悪い側』の人間なんだという謎の確信を得た。
その確信は一筋の希望の光となって、絶望に染まった俺の心を明るく照らしていた。




