再来のピリオドセイヴァー
我は時空神──ピリオドセイヴァー。久しぶりだな、人間たちよ。
これから少々、貴様らには我の話に付き合ってもらう。
虐め──それは人間たちの中でよく起きる卑劣な行為だ。
自尊心を守るため、上下の差をはっきり示すため、単にストレスの発散のため、色々な理由を建前として、同じ種族を侮辱し、傷つけ、排除する。
本当に下らない、何故そんなことをするべきではない──我はそう思う。
最高神様より頂いた命の全ては平等であり、そこには上下、強弱、優劣の差なんてないのだ。
全てが平等であるが故に、自分は自分であり、また虐めている相手も自分である。
自分を侮辱して何になる?自分を傷つけて何が始まる?そこに意味なんてあるのだろうか?
まあ、人間は自分を苦しめ、悩むことによって先へと歩みを進める気を起こす被虐性欲を持った変わり者の集団なのかもしれないのだが……神ゆえに人間のその辺は詳しく知らん。
ただ、一つ確信して言えるのは虐めは当人だけの問題ではない。確実に周囲を巻き込み、影響を与える。
考え、価値観、人間性、その人間を構成する何かが変わった時、変えられた人間はどうなってしまうのだろうか?
その人間が変わるのか、変わらないのか。それは我にはよく分からぬ。
ただ、虐めは周囲を巻き込み、影響を与える。とにかくそれだけはよく覚えていてくれたまえ。
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柔らかな陽光が頬を撫でて、優しく睡眠の彼方へ誘おうとする。更に、適度に気温恒常術式が効いていて、程よい静寂が保たれている中で、知識を貪っているのも相まって我の意識は轟沈寸前。
印象は一番最初に襲いかかってくる雑魚キャラなのに、強さは裏ボス級である。
我は今、整然と並べられた禁書とその匂いが室内を満たし尽くすこの禁書庫にて、この世界の全てを解き明かすために、古き導師の書を読んでいる。
しかし、思ったよりも内容が難解であり、頭がこんがらがっているのが今の状況。やはり、人間の書いた書なんて読むんじゃなかった。
「ふぁ〜〜あ」
う〜ん、この後の授業はここで寝て過ごそうかな。けど、それだとサトゥーがうるさいんだよな……。
これからどうしようか、かなり真面目に悩んでいると、とある声が聞こえてきた。
「最近アンタ、調子に乗ってるんじゃないの?」
「そ、そんなことありませんよ……」
静寂を破ったその声の方を見ると、派手系のグループのメイクバリバリ子ギャル女子三人が一人の女生徒を壁に追い込んで、問答していた。
「じゃあなんでアンタなんかが、隼人に告白されていたわけ?」
「そんなの……知りませんよ」
「ハア? とぼけないでよ! 貴女が誑かしたんでしょ」
「……誑かしてなんていません」
「そうじゃなきゃ、なんで私のことが好きな隼人がブサイクなアンタに告白するのよ?」
声がデカし、気運が悪いな。神聖なる禁書庫に騒めきの種を投じるとは、これだから常人は……。
それにしても……我は囲われている女生徒の方が断然可愛いと思うのだけれどな。子ギャルちゃん達は自分に自信がないから、学生ながらに厚化粧をしているんではないのかな?まあ、詳しいことは知らんが。
「けど、断わりました。だから、松浦さんとは何もありませんよ……」
「それよ、それ。何でアンタ程度のブサイクが隼人の告白を断っているわけ?何様のつもりよ」
えぇ、理不尽……告白されんなって言ったり、告白を断るなって言ったり、なんて理不尽なんだ。それではあの子が取れる手段なんてなかろうに。
「ずっと待っていた、隼人から告白されるのを。それなのに何でアンタが、アンタが告白されているのよ!」
そう言うとポケットからカッターナイフを取り出して、刃を出して握りしめた。そしてそのカッターを顔の方に突き出して──
「アンタなんかいなければッ!」
「──それは流石に見過ごせないな」
「痛ッ!」
女生徒の可愛らしい顔に凶刃が及ぶ前に、我は接近してカッターを持っている手を思い切り叩いた。
パチンという音がするとカッターがその手から滑り落ちて、間も無く子ギャルリーダーが赤くなった手を押さえた。
「アンタ、何するのよ! この私の手を叩いて、無事で済むとは思っていないでしょうね! 」
「何をするかと聞かれたら、世界を救った。ただそれだけだ」
「ハッ?アンタ何を言っているのよ」
時空神である我の役目は今の正しい世界線から外れぬようにすること。殺人、自殺など人為的な死が起ころうとする時、我はそれを防いでいる。
今回の件は死には至らなかっただろう。しかし、顔に傷を負うことで女生徒の将来がどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。
「詳しくは教えられん、規則であるからな。──唯一教えるとするならば、我は貴様の行為を許さなかった。それが事実だ」
せっかく丁寧に教えてやったというのに、子ギャルちゃん達はポカーンというのが相応しい様で呆けている。
「……優子。コイツ、噂でよく聞く三組の厨二病だ」
「三組の厨二病?あの関わるだけ無駄だって言われている?」
「はい、多分間違いない。一人称が我で、変な喋り方。そして誰に対しても高圧的。条件に揃っているよ」
「なら、こうして話しているだけ無駄ね。アンタ、今回だけは見逃してあげる。ただ次、私に接触してきたら、私のこわ〜いお友達にアンタを締めてもらうから」
そう言って三人の子ギャルは去っていった。どうやら完全に我に意識が集中したようで、女生徒のことは眼中から外れたようである。
いや〜、怖かった。というか、捨て台詞が決まりすぎだろ。色んな所で言っている、彼女の常套句なんだろう。
「あの……ありがとうございました」
「気にしなくて良い。当然のことをしたまでさ」
この女生徒……可愛いな。子ギャルちゃん達よりも断然可愛いと思っていたが、断然じゃ済まないな。もはや、あの者達と比べることすら恐れ多い。
これはその隼人っていう奴に告白されても仕方がないな。生きていることが罪なレベルで可愛らしい。
「もう、ああいう連中には近付かない方がいいぞ。今度こそ切られるかもしれぬ」
「ああ……はい」
少し気が弱い性格なのか。だから、派手派手な子ギャルちゃんが、あれ程のことをしでかせたのかもしれぬな。
もっと胸を張って堂々と生きれば、告白してくる男子程度、餌にたかる魚のように寄ってくると思うが……まあ、この子には無理なのかもしれないな。
「じゃあ、これからは気をつけろよ」
「──あの……! お名前は?」
授業開始の予鈴、サトゥーがキレるカウントダウンが始まった。故に教室に戻ろうと思っていたら、そう声をかけられた。
我には仮の名と真名がある。神である名とこうして人間に扮する時の名だ。
真名を教えるのは規則違反。そんなことをしたら首ちょんぱだ。
しかし、真名を教えることで目の前の女生徒を元気付けられるような気がした。人助けのためなら最高神様もお許しなさると勝手に思って、我は堂々と自己紹介を決めた。いつも真面目に働いているのだから、今回はお見逃しください……何でもしますから。
「我が名はピリオドセイヴァー。時空神にして、この世の平穏を守る者さ。『ヴァ』の発音は『バ』ではないから注意な!」
「…………」
んー。引かれたか、これ? 過去一レベルに格好良く決まったのに、女生徒は固まって動かなくなってしまった。
「──あっ、湊柊仁です……。では、授業があるのでさようなら」
足早に退散!さらばだ女生徒。そしてもう会うことはないだろう。
「はっはっはっはっは。はっはっははは……ぐすん……」
──こうやって格好つけたくなったのも、虐めを目撃したことによって与えられた影響なのかもしれぬ。




