その男、只の高校生なり
「はぁ、泣き疲れた」
「そうだなぁ。こうやって泣いたのはいつぶりだ?」
「本当ね。いつ振りかしら」
もうどれぐらい泣いていたのか分からないが、俺が泣き疲れて泣くのを止めるのと同時くらいに両親も泣き止んだ。
両親の表情はすっきりとしていて、今までの辛気臭い表情は消えていた。きっと涙が洗い流してくれたのだろう。
「父さん、湊家の教えは破ってもいいの?あれだけしつこく言ってきたのに」
俺はふと思い出してそう言った。が、よくよく考えてみれば父さんは涙脆い方だったなと対面して思い出した。
多分、他にも忘れている事は多くあるのだと思う。まあ、これから忘れた記憶を取り戻しながら、新しく沢山の事を記憶していけばいいのだ。
「爺さんの言った事なんてもう忘れちまったよ」
「ひっでぇや……ハハッ」
「ハッハッハ」
俺と父さんは久しぶりに二人で盛大に笑った。
本当に懐かしい気持ちになる。やっぱり、二人は俺の両親なんだって、心の奥底が訴えてくる。
「──じゃあ、そろそろ帰るよ」
「もう帰っちゃうの?私はもっと居てほしいけど……もっと言うなら泊まっていってほしいけど」
「悪いけど、人を待たせている。あまり長居して、待たせるのも忍びない」
「そっか……」
あからさまに残念そうな顔をする母さん。
その後ろで父さんもガッカリしたのを、俺だけは見逃していないかったからな。息子の観察眼を舐めるんじゃあないよ。
「また来るからそんな残念そうな顔をするなよ、母さん。また直ぐに会いに来るからさ」
「本当?」
「ああ、本当さ。必ず会いに来るよ」
「分かったわ!今度来る時は連絡してね。お母さん、腕によりをかけてご飯作るから!」
「ありがとう。けど、俺には今、最高の料理人がいるから負けないでよね」
「最高の料理人?ふふ、受けて立つわよ。どんな相手もドンと来いよ」
八年ぶりの母さんの手料理。もうほとんど覚えていないが、カレーとオムライスが特に美味しかったのは記憶している。
さてさて、母さんは楓に勝つことが出来るのか?勝負の結果が非常に楽しみだ。
「一緒にあの家に帰れなくて済まない」
「いや、別にいいさ。大体の事情はお婆ちゃんから聞いているし」
父さんは前の病院を辞めて、この街に来て開業医になったらしい。立派な建物も持っていてここを離れられない、と聞いている。
今もご立派に患者を診て、お金を稼いでくれているのだから文句はない。
「じゃあ、またね」
「ああ。また来るんだぞ」
「また来てね。お母さん、ずっと待っているから」
ぎゅっともう一度抱きしめてくる母さん。少し気恥ずかしくなって、押し退けながら玄関を抜けた。
俺が両親の住む部屋から出てくると、楓は壁に寄りかかって待っていてくれた。いや、いなかったら困るのだけれど……。
スマホを眺めてぼんやりと黄昏ている姿は、いつもは見ない姿で少し大人っぽくて、圧倒的な魅力を感じた。天使様ギャップのせいだろう。
「お待たせしました」
時計を確認すると、部屋に入ってから既に一時間ほど経っていた。その申し訳なさから敬語が飛び出した。
というか、俺と両親は一体どれぐらい泣いていたんだ?今度こそ、全身の涙を出し切った様な気がする。
「お疲れ様でした。私はスマホを構っていたので、感覚的には直ぐでしたよ……って、泣いたんですね」
「あっ、やっぱりバレちゃう?」
結構泣いたからなぁ。やっぱり赤くなっているか。
俺が目の周りをぺたぺたと触っていると──
「別に目の周りは特別赤くはなっていませんよ」
「じゃあ、どうして分かったの?外まで声が聞こえていた?」
「別にそんなことは無かったですよ。何となく、泣いていた雰囲気を感じ取った。それだけです」
「何か熟年夫婦みたいな言い方だな」
「じゃあ、別の時間軸の私たちは熟年夫婦になっているんじゃないんですかね。もしくはここ最近、何回か柊仁君が泣いている所を見たからかもしれませんね」
「時間軸とかお洒落なもんじゃなくて、間違いなくその所為だよ」
ふふ、と笑いながらそう言った楓。その笑った表情はどこかいつもと違う様子だった。
どの部分が違うのかは分からないけれど、さっきの黄昏ていたような表情にどこか似ていた。
「はぁ〜〜」
「そんなに大きなため息を付いて、どうしたの?待ち疲れさせちゃったかな」
「待ち疲れたと言えば疲れましたね。当事者じゃないのに……いや違いますね。柊仁君に前を向かせた当事者として、今回の件がどの様な結果を迎えてしまうのか心配で心配で……。ちょっと疲れてしまっただけですよ」
「そんなに心配してくれていたんだ。ありがとうね──ハハっ」
「どうして笑うんですか?」
あの楓が疲れを取り繕えないほど、俺のことを心配してくれていたのだと知って、思わず微笑みが溢れてしまった。
「今考えるとあの時、両親に置いていかれて、あの家に一人だけ残された事に感謝をすることが出来る」
「どうしてですか?あんなに泣いてしまう程、悲しかったんですよね?」
「ああ、悲しかったし、寂しかった」
「それならどうして……?」
不思議そうな顔で聞いてくる楓。まあ、当然の反応だろう。
理由を聞かなければ、前後の文脈が繋がっていない意味不明な言葉だ。
「どうしてかって?それはね──」
一人にされた時、悲しくて、寂しくて、苦しくて、辛かった。当然、今でも思い出せる。
けれど、そんな負の感情が全て吹き飛んでしまうくらいの出来事──
「一楓というとっても素敵な女の子に出会うことが出来たからね」
俺がキメ顔で言うと、楓は俺の言葉が心底想定外だったようでぽかーんとした顔になって固まってしまった。うーん、可愛いっ。
偶には心の奥底から湧いてくる臭いセリフを口に出すのも悪くないのかもしれない。
しっかりと気持ちを伝えるという意味でも、いつもの反撃という意味でも非常な重要なことなんだと思う。
実際、楓と出会った事で俺は色々な事が変わった。楓と関わったことで多くの事を知った。
厨二病が治った。一人は悲しいと思う様になった。大きな溝があった両親にこうして会いに来れる様になった。気持ちは秘めるのではなく、直接伝えられた。
しっかりと栄養を考えて作られた弁当の美味しさを知った。人から愛情を向けられというのはどういう事なのか知った。人と関わるのはどれだけ楽しい事なのかを知った。
厨二病でちょっと格好つけたくて、少女の代わりに車に撥ねられた。ただ、それだけの始まりだった。
しかし、そこで助けた少女は同じ高校に入学していて、同じクラスだった。
彼女には積極性があり、告白は早かった。距離の詰め方が尋常でないくらい近く、俺の心から疑いの念を拭い去っていった。
もしかしたら、時空神は存在するのかもしれない。時空神だけではない、最高神に風神に雷神、爆音神さえもこの世を見守ってくれているのかもしれない。
俺達がこうして一緒に歩いているという世界線からズレていかない様に、世界を調整してくれているのかもしれない。
多くの『かもしれない』が積み重なった結果、今の俺たちがいるの……かもしれない。
人生どうなるか分からない。いつ終焉を迎えるのか、はたまた終焉なんてないのか。何が起こるのか、何が起こらないのか。
どうなっても後悔しないように、俺は今を大切に未来へ向かって歩いていく。
──俺、湊柊仁は普通の高校一年生だ。
一章完結です。ここまでお読みいただきありがとうございした。
これからも応援よろしくお願いします。




