ピリオドセイヴァーの原点
「ふんふんふ〜ん♪今日の晩御飯はな〜にかな?カレーかな?オムライスかな?ラーメンかな?」
今の僕はお腹ペコちゃん。夕食が楽しみ過ぎて、ルンルンで下校している。
この前、ママは調子を取り戻りしてから、とても機嫌が良い。僕の好きなご飯をなんでも作ってくれるし、何でもお願いを聞いてくれる。
パパの様子は戻っていないけど、あれから森川君も家に来なくなったから、もうすぐ戻ってきてくれるよね♪
「たっだいま〜」
僕は元気な声でそう言って、玄関を潜った。僕は靴を脱いで、おやつを食べる為に急いで洗面台に向かった。
その時、何か小さな違和感を感じた。気のせいかと思って、うがいと手洗いを済ませた。
「おやつ、おやつ…………?」
おやつを求めて部屋に入った時、またもや違和感を感じた。今度は気のせいだとは思えな程のとても大きな違和感だ。
僕はおやつを食べるのをやめて、違和感の原因を探ることにした。
違和感を感じているのに、何が違うのか分からないこのもどかしさ。
うーん?何だろう。少し寂しい気がしなくもない。
「何だろう。う〜ん」
部屋を見渡して一考。しかし、依然として何が違うのかが分からない。
軽い探検のつもりで僕は部屋を見て回る。そしてパパとママの寝室に足を踏み入れた時だった。僕は気付いてしまった。気付かざるを得なかった。
「ベッドがない……お面もない……」
いつも仲が良いパパとママが一緒に寝ていたベッドが無くなっていた。更に僕はこの部屋にあまり入らないから、といって飾られていたあの奇妙なお面も無くなっている。
僕はそれに気づいた瞬間、リビングに急いで戻った。
「ない。ない。ない。何も無い」
パパがいつも座っているソファが、ママがいつも使っている料理器具が、パパとママがいつも使っているコップが、お皿が、お箸が。
パパとママが生活する上で使用していた物がこの家から消えている。それが何を意味しているのか、幼いながらに気付いてしまった。
「パパとママがこの家からいなくなった……」
ここに残っているのは森川が持ち込んだ物だけ。
水晶やアクセサリーや、置き物が一人になった僕を見つめている。状況を理解しながらも、理解したくないと必死になっている僕を憐んでいる。
「嫌だ、嫌だ。僕は一人なんかじゃない。パパとママは帰ってくるッ!」
僕は頭を振って否定した。この目の前に広がる事実を。しかし、現実は僕の心を折ろうとする。
僕の視界の端に映ってしまった、ゴミ箱の中にある物が。
「これ……僕の作文」
あの授業参観の日に発表したパパとママについて書いてあった作文。それは壁に貼られて大事にされていたはずだ。パパとママは毎日、それを読んで微笑んでいたはずだ。
それなのに、その作文はビリビリに破かれてゴミ箱の中に入れられている。もう貴方のパパとママではない、という意思表示をしている様だ。
無惨な姿になったそれを見て、同じように自分の手足がズタズタに引き千切られたような感覚に陥った。
必死に耐えていた涙が溢れて、膝を折った。
「嘘つき……嘘つき……嘘つきッ!」
絶対に離さないって言ったのに。柊仁は私の大切な子だって言っていたのに……。何で!何でッ!
どれだけ泣いても僕を抱きしめてくれる人はいない。大丈夫だと言って、安心させてくれる人はいない。
あるのはただ無言でこちらを見つめる森川が持ち込んだ物だけ。それには温もりも優しさも何もかもが何もかもなかった。あるのは虚無だけ。
「パパ、ママ……早く帰ってきてよ。驚かせてごめんねって、冗談だよって言ってよ」
何度言ってもそれに対する返答はない。
パパとママはこの家に帰ってこない。もう会えない、もういない。
そう思ったら、涙が収まらない。
「くっ……うう……っ!」
僕が何か悪いことをした?パパとママに嫌われちゃった?だから僕は一人になったの?
──『神は子を嫌う、あの子がいる事であなた方は神に愛されない、神の御加護を授かる事が出来ないのです』
「……違う」
神様がパパとママを連れていってしまった。いや、僕を置いて自ら神様の下へと行ってしまったのだ。
僕よりも神様の方が魅力的だったから。パパとママは僕よりも神様の方が良いと思ったから。
じゃあ、どうすれば戻って来てくれるの?どうすれば、神様に心を奪われた二人が帰って来てくれるの?
もっともっと勉強が出来るようになれば良い?もっともっとお手伝いをすれば良い?もっともっと──
「──いや……僕がもっともっとすごい神様になれば、パパとママは……帰ってくる?」
そうだ、僕が神様になれば良いんだ!僕がパパとママを魅了した神よりも強くてカッコよくて、すごい神様になればパパとママは絶対に僕のところに戻って来てくれる。
──そう幼い俺は思った。両親が帰ってこない、その事実から目を逸らすために俺は神を目指した。そう考えなければ、俺の心を保つ事が出来なかった
「絶対にすごい神様になるから、待っててね。パパ、ママ──」
★☆★☆★☆★☆
それからしばらくして森川は捕まったという報道を見た。両親は森川によって洗脳をされて、騙されていたのだと。神への献上と謳い、金銭を巻きあげていたと知った。
何故、俺が置いていかれたのかは不明だったが、きっと俺に対して支払う金がもったいないと思ったのだろう。
本当に迷惑なやつであった。俺と両親の仲を引き裂き、金を毟り取っていたのだから。
──『僕の命を救って頂いた名医に、そんな恩を仇で返すような事をするはずが無いじゃないですか』
最初の日にそう森川は言ったが、本当に恩を仇で返しやがったのだ。
両親は森川が捕まった後も帰ってこなかった。
森川に騙されて、俺を見捨てて一人にしてしまった。それが申し訳なくて顔向けが出来ないと。
だから、俺は暫くお婆ちゃんの家で面倒を見てもらっていた。
当時、心に大きな傷を負っていた俺は死んだように生活していたという。
けど、小学校高学年になる頃には俺の精神は安定していた。
何が俺の崩れ去った心を支えてくれたのか、それは厨二病だった。
最初は迷走していた。どうすれば両親が帰って来てくれる凄い神になれるのか。
しかし、設定を考え、その通りに行動する。いつしか俺は自分が凄い神になることにハマっていった。
神になっている自分はなんでも出来る。何も出来ない回りの常人達に比べたら、自分という存在は高貴で偉大であり、常人にはたどり着けない境地にいると思い込んだ。
だから俺はいくら周りに迷惑をかけても良い。だって自分は神だから。そう思うたびに俺は横柄で、自分勝手な存在へとなっていった。
そう思ううちに両親という存在は俺の中で薄いものとなっていき、次第に心にぽっかりと開いていた穴が塞がっていった。
俺は両親と過ごした家に戻って一人暮らしを始めた。ピリオドセイヴァーとして自我を確立した一人になった俺は家を見渡しても何も感じなくなった。
俺はその事実にも気付かず、好き勝手に過ごした。
中学では佐藤先生に全面的に迷惑をかけて過ごした。先生も知っていたのだろう、俺が両親と離れ離れになってしまっている事を。
だから、卒業まで面倒を見てくれた。佐藤先生が見捨てずにいてくれたおかげで今の俺がいると言っても過言ではない。だからとても感謝している。
そして楓だ。彼女のおかげで俺は厨二病から解放された。
こうして、両親との問題から厨二病という殻を被って目を逸らしていた俺は、向き合うことが出来ている。
一緒にいてくれると言ってくれたから、俺は記憶の蓋を開ける事が出来た。彼女を助けたことで俺も助けられた。
俺はこれから生きていく上で多くの人に助けられていくのだと思う。
助けて、助けられて。そうやって俺の生活は出来ているんだ。その事は絶対に忘れてはならない。
俺は楓にもらった勇気を胸に、今まで避けていた両親に会いにいく事に決めた。
だって、俺には楓がついていてくれるから。どんな結果になろうとも受け入れる覚悟が出来た。
会ってやろうじゃねえか。申し訳なさなんて感じる暇があったら、会いに来て抱きしめてくれれば良かったって伝えてやるんだ。
ハハ、楓のおかげで最高の気分だ!




