幸運のアイテムと壊れゆく幸せ
「お邪魔しま〜す」
黒髪高身長の清楚系イケメンである森川がママに連れて、部屋に入ってきた。
森川はアフリカ土産を持ってきた日を境にして、よく僕たち家族の家に来る様になった。
「森川君、いらっしゃい。また来たのかね?」
「また来ちゃいました」
悪態をつくように森川の訪問について言ったパパであったが、本心では彼の訪問が嬉しそうである。
「森川君、こんにちは」
「柊仁君、こんにちは。また一段と大きくなったかな?」
「この前来てから三日しか経っていないのに成長が分かるものかい」
パパそう言っているが、森川は僕の成長を認めてくれる。
「いやぁ、子供の成長はとても早いですよ。ねぇ、柊仁君」
「うん!この前の身体測定から三センチも伸びてたの!」
「前の身体測定は一ヶ月も前だろうに。たった三日でわかる変化でもあるまい」
「あはは。バレましたか?」
よく分からないが、成長を実感してもらえていなかったようだ。少し残念だ。
「ところで今日は何の用だい?また旅行に行ってきたのかな?」
「その通りです。今回は室町時代から言い伝えられている、ある秘境の奥地に眠る水晶を取ってきました。なんとこれ、所持者の運気を爆上げしてくれるという言い伝えがあるんですよ」
「君はまた、そんな胡散臭いものを」
「今回のは本当にやばい代物でしてね……これを読んでください」
そう言うと森川はカバンから黄色味掛かったシワシワの紙を取り出した。その上にはミミズみたいな文字がうねうねと這い回っていた。
「古文書です。僕の実家の蔵に眠っていたのですが、鑑定してもらったらガチなやつらしいんですよ」
「そんな大切なものならその水晶は実家に持ち帰った方が良いだろう」
「いえいえ、僕は命を救って頂いた先生に受け取って欲しいのですよ」
何を言っているのか分からなくて暇になった僕は、話の途中に割り込んで聞いた。
「森川君、また一緒にゲームしようよ」
僕は偶に森川君にゲームに付き合ってもらっていた。
最近の僕的お気に入りゲームは配管工のおじさんとその仲間達が登場するカートゲームだ。森川君の膝の中で身体を左右に傾けると自分が実際にゲームの中にいるみたいで興奮する。
「うーん、残念だけどゲームはまた今度ね。これから少し難しくて大切なお話をするから、お部屋にいっていてほしいな」
「大切な話ってなんだ?そんなのがあるとは聞いていないぞ」
「すぐに話しますよ」
「僕、分かるもん!」
「すぐに終わるから待っていてね。ちゃんと待てたら一緒にゲームをしよう」
「……ゲーム?やったぁ!僕待ってる」
そう言い残して僕は部屋に駆け込んだ。訳の分からない話を聞くよりもゲームの方が重要度は高かった。
──その後に両親と森川の間でどんな話があったのか、利口に聞いていなかった俺には分からない。しかし、今の俺はその話について大体の事は分かる。
そしてその内容が、この幸せな家族を引き裂く原因になるという事も。
★☆★☆★☆★☆
「ただいま〜」
「ここは君の家じゃないぞ」
あれから二週間の時が経過した。その期間の内に森川はこの家に入り浸る様になった。
日に日に、水晶や置き物、装飾品などの森川が持ち込んだ奇妙な物が増えていった。そして、部屋の中は異様な空気感となっていた。
「──それでな今日の患者がな……」
「そうですか。それは大変でしたね」
パパは森川とばかり話す様になり、ママは虚ろな目で天井を見上げる事が増えた。
僕が話しかけても反応が薄かったり、酷い時は反応すら返ってこない事もあった。
「ママ、お腹空いた」
「…………」
「ママ?」
「柊仁、少し黙っていて!私、今とても大切な事を考えているの……」
ママは視線を天井からこちらを向けて、そう激しく僕を怒鳴るとまた天井に視線を戻してしまった。
前までは怒鳴り声を上げる事なんて一度もなかった。そんなママの怒鳴り声はチクチクしていて、心が痛くなる様だった。
「……」
僕は無言でその場を離れた。どれだけ心が痛くても、涙は決して流さない。
泣くのはカッコ悪い事だから。僕はこれぐらい我慢できるから。込み上げてくる涙を絶対に表に出さなかった。
──今考えてみると、ここで盛大に泣いていたら母の目を覚まさせることが出来たのかもしれない。しかし、湊家の教えがそうはさせなかった。
「柊仁君、今日もお部屋に行ってくれるかな?」
「……分かった」
僕はいつも通り、一人で部屋に向かった。が、今日の僕はいつもと違った。
僕はいつもいつも一人除け者にされている悲しさと悔しさが、ママに怒鳴られた悲しさと恐怖が上乗せされて膨れ上がっていた。
僕は感情の行く方へ身を任せて、今まで絶対に聞かない様にしていた三人の話を盗み聞く為に、部屋に入って直ぐに扉に耳をつけた。
『それで……決心は付きましたか?』
『やっぱりあの子を置いていくというのは……』
『神に愛していただくためにも必要な事なのです。神は子を嫌う、あの子がいる事であなた方は神に愛されない、神の御加護を授かる事が出来ないのです。そんな勿体ない事がありましょうか』
『しかし……』
三人は何を話しているのだろうか?前にも言われたけど、本当に難しい話だ。
分からない、分からないけど何だか……嫌な感じがする。
『お二人が神の寵愛を賜り、その御加護を得ている間、よろしければ私があの子は私が面倒を見ますよ。ですから、行きましょう!』
森川は痺れを切らしたように声を荒げた
『俺は……柊仁を置いて、行った方がいいと思う』
『杉久さん!?』
『彩仁、お前も感じているだろう。森川君が神の力を与えれた物を、この家に持ってきてくれる様になってから、俺やお前の生活のあらゆる面で状況が圧倒的に良くなっている事に!折角森川君が持ってきてくれた機会なんだ。逃すのは彼にも失礼だろう!』
『それは……そうですが……。柊仁を一人になんてしたくないわ!』
興奮して、怒気が強まった声で説得するパパ。こんなに必死な姿は、今まで見たことがない。
相も変わらず話の全容は掴めなかったけど……僕を一人にする、そんな事は絶対に嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ、パパとママと離れ離れになんてなりたくない!
僕はあくまで聞いているだけで、絶対に部屋から出ないつもりだった。出たら聞いていた事をバレてしまうから。
しかし、そんな思考とは裏腹に、身体が動いてしまっていた。
「ですから、柊仁君は私が──」
「パパとママと離れ離れになるなんて嫌だッ!」
「柊仁……」
「聞いていたのですか……ダメだと言っていたでしょう。では、話はまた今度にしましょう。──さようなら」
凄い形相で僕を見た森川は、鞄を持って出ていった。しかし、その恐ろしい表情に反比例するように、何故か足取りは軽やかであった。
「パパ、ママ。僕たち、ずっと一緒だよね、約束したもんね、ね!」
「ええ、勿論よ。柊仁は私の大事な子、絶対に離さないわ。心配させてごめんなさいね」
「ママ……ッ」
安心して今まで抑えていた涙が溢れ出してしまった。ママの胸に顔を押し付けて、僕はえんえんと泣いた。
ママは久しぶりに僕のことを真っ直ぐを見てくれた。ぼんやりとした顔ではなくて、優しい表情をして涙を流していた。僕の心がおかしくなっていたママの心を元に戻せたのだ。
森川はいなくなり、ママが元に戻ったこの様子を見て、僕らは絶対に離れない。離れ離れになってしまう可能性を打ち払ったと思った。
──俺はこの時気付いていなかった。あの男がこの部屋から出ていってから父が一言も発していない事に。
そして、この家族はあの男によって既に致命的な所までヒビを入れられてしまっている事に。
「これからもずっと一緒だよ」
その言葉がただ虚しい夜の闇へと吸い込まれていって、消えた事に。