かなでしゅうと、八さい!
「僕のパパとママ。二年三組かなでしゅうと」
今日は参観日、パパとママの好きなところを発表する日。
緊張するけど、頑張るぞー。
──これは六年前のある日。まだ俺の両親がいたころの記憶だ。
「僕のパパはお医者さんです。パパはスーパードクターと言われているすごいお医者さんです。沢山の人の命をその手で救ってきたそうです。僕はパパのことをとても尊敬しています」
後ろを向くとパパが手を振ってくれている。僕も手を振り返してそれに応えた。
「お家では僕の事を沢山怒ります。その怖さは本物の鬼の様です。ピーマンを残すな、ガアアアと怒って、とても声が大きくなります」
パパが恥ずかしそうに頭の裏を掻きながら、近くの人にペコペコしている。
狙い通りいつもの仕返しは出来たようだ、くっくっく。
「けど、怒ってばっかりののパパですが、いつもお仕事で疲れているのに僕と沢山遊んでくれます。キャッチボールやサッカー、冬にはスキーをしたりするのがとっても好きです」
スキーをするのがとっても『好き』ってね、くくく。え?面白くない……ああ、そう。
「お前はこの世で二番目に大切な人だからなと言って、頭をガシガシと雑に撫でてくれるのも好きです。因みに一番はママだそうです」
後ろから「お熱いねぇ」と言う言葉が聞こえた。それに今度はパパもママも照れている。
こっちもいつもの仕返しだ。
「僕のママはお薬を売っている人です、薬剤師というそうです。ママも人の健康を裏から救っています。僕はママの事もとても尊敬しています」
後ろを向くと今度はママが手を振っている。ママにも手を振りかえして言葉を続けた。
「ママも僕の事を沢山怒ります。けど、パパよりは怖くなくて、優しい怒り方です。こらー、と言って追いかけてきて、捕まるとくすぐり攻撃をされます。怒り方は優しいけど、くすぐり攻撃は怖いので僕は一生懸命逃げます」
──母のくすぐり攻撃は今考えても凶悪だった。永遠とくすぐられて、過呼吸一歩手前になる事が何度もあった。
「ママもお仕事が大変でとってもお疲れているのに、僕の身の回りのことを沢山やってくれています。掃除洗濯料理……僕の出来ない事は全部やってくれます。寧ろ僕の出来ることでもなんでもやってくれます。柊仁は私の一番だから、と言って沢山の愛情をくれます。ママの一番はパパじゃないそうです」
笑い声が上がる。パパが変な顔でママの事を見ている。
パパはママの事を見て、ママは僕の事を見る、いつもの光景だ。
「僕はお仕事をしている時のカッコいいパパとママを尊敬しています。そして、温かい二人が大好きです。これからもずっと一緒にいたいです」
「パパもお前とずっと一緒にいたいぞー」
「ママも柊仁と絶対に離れないわ〜」
二人の声が後ろから聞こえた。恥ずかしいから皆んなの前ではやめてほしいな……。
「これで僕の発表を終わります。ありがとうございました」
パチパチと教室中から拍手が聞こえる。中には感極まって泣き出してしまったパパの泣き声も聞こえる。
──俺はこの至る所から聞こえる拍手が好きだ。皆が自分がした事を認めてくれている証。全能感が満たされて、自分が何でも出来るような感覚になる。
「柊仁〜、お前はやっぱり最高だよ」
「恥ずかしいからやめてって!」
またもや笑い声が上がった。──本当に迷惑な父親なんだから……。
★☆★☆★☆★☆
「柊仁、良い発表だったぞ。お父さん、感動して涙ポロポロだった」
「本当にね!みんなから笑われて恥ずかしかったよ。ママもパパの事を止めようとしないで、隣でケラケラと笑っているだけだったしさぁ」
「ごめんなさいね。あまりに面白かったからつい……ふふふ」
ママがさっきの事を思い出して吹き出した。全く反省していないな……。
「杉久さんがこうして涙を流す事は珍しいでしょう?ママだって、今までで一度しか見たことがないんだから」
「逆にその一回は何だったの?」
「それはね〜。何だったかしら?」
含み笑いをしながらパパの方を見るママ。パパはその視線に応えるように──
「お前が生まれた時だよ」
そう言って、そっぽを向いてしまった。
「あれあれ、杉久さん。照れているのかな?」
「……そうだよ。いいか、柊仁。男の涙は恥の証だ。決して人に見せるもんじゃない、特に女の前では泣くんじゃないぞ」
「分かった!」
「本当に古い考え方をしているわよね、杉久さんって」
「当たり前だろう、親父の、そのまた親父から伝えられている教えなんだから」
ひいおじいちゃんの教え。僕もひいおじいちゃんが死んじゃう前に「絶対に人前で泣くんじゃないよ」って聞かされた事がある。
「柊仁は全然そんなのに従う必要はないんだよ。泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑う。それが人間ってものだからね」
「へ〜」
「彩仁は湊家の教えを潰すつもりか」
「湊家の教えって……お祖父さんが死に際に良いことを言おうとして、ふと思いついたってだけの教えじゃない」
「確かにそうなんだが……」
あの時、ひいおじいちゃんは物凄くキレキレで言っていたけど、思いつきだったのか。
頑張って守るようにしていたから、少し残念だ。
「それにお義父さんはよく泣く人でしょうに」
「こ、これ以上湊家の教えを責めるのはやめるんだ」
その時、ピーンポーンとインターホンが鳴った。まだ夕方であるし、人が来るのはおかしくはない。
「私が出てくるわ」
ママがパタパタとスリッパを鳴らしながら出ていった。すると直ぐに「あら〜」と言う声が聞こえてきた。
その後、すぐに二人分の足音が廊下から聞こえてきた。
「杉久さん、森川さんよ」
「どうも先生。お久しぶりです」
「お久しぶり、ってほどじゃないだろう。前に来たのは……二週間前だったか」
「あれ?そうでしたっけ」
ママが連れてきたのはスーツを着た黒髪高身長の清楚系イケメン。お父さんが手術をした事で命を救われた一人である。
完治して以来、この家の偶に来るようになった人だ。
「今日は何を持ってきたんだい?」
「今日はアフリカのお土産の伝統的なお面と──」
「怖っ。僕、向こうでお勉強しているよ」
「あ、ああ。いってらっしゃい」
僕は駆け足でその場を去った。お面は薄く閉じた目に細長い顔をしていて、更にそこに変な塗装をしてあって、悪い夢に出そうな見た目だった。
──俺がその場を立ち去った後も、当然ながら会話は続いていた。今の俺はこの時から会話に入っていれば、まだ手を打てたと後悔している。
「行っちゃいましたね。そんなに怖いですか?」
「子供目線だと怖いのだろう。あの子はそう言う奇妙な雰囲気を纏っているものが特に嫌いな節があるからなぁ」
「しかし、また置き場に困る見た目のお面ですね。飾るとあの子が怒りそうだし、物置に入れておいても見つけた時に軽くホラーですし」
「確かに、飾るところまで考えていませんでした。ただ、面白いから先生にプレゼントしようと」
片手を額に当てて天井を見上げて、大袈裟に困ったようにしている。
「まあ、ありがたく貰っておくよ」
「そうしてもらえるとありがたいです。──処分にも困りそうですし」
「君は要らないものを俺に押し付けているんじゃなかろうな?」
「いえいえ。僕の命を救って頂いた名医に、そんな恩を仇で返すような事をするはずが無いじゃないですか」
「本当か?」
ギロリと目を細めて威圧するような表情を作った。
「モチのロンです」
それに対して森川は飄々とした態度でそう言った。
「モチのロンって……なかなかの死語だな。今時、全く聞かないぞ」
「そうですか?マイブームなんですけどね」
「目上のおっちゃん達には使うなよ。多分、キレるぞ」
「杉久さんも割とおっちゃんの仲間の入りをしているような気がするけど……」
「煩いぞ〜、彩仁。同い年なんだから、お前もおばちゃ……」
「は?」
「ごめんなさい……」
そんな二人の様子を見てゲラゲラと笑う森川。相当ツボに入った様に見せている。
「本当にお二人は仲が良いですよね」
「そうか?──いや、そうだな」
「──そんなお二人に、もう一つこのお土産を」
森川は持っていたバックかある物を取り出した。
「象の毛から作られていて、幸運を呼び込むと云われているブレスレットです……」
──この時、呑気に宿題をしていた俺は思ってもいなかった……この男が俺と両親を引き裂いてく原因になるとは。




