ラッキースケベは準備も対処も出来ない
「美少女って大変だよね」
「突然どうしたんですか?」
昼休み── 今日も今日とて校舎裏で昼飯を食べながら会話を楽しんでいたのだが、カロリーメルトをパクパクと食べ進める楓を見て、ふとそんな事を呟いた。
「昨日、南雲君と偶然会って聞いたんだよ、一さんを崇拝する団体があるって」
「あ〜、あの二つの集団ですか。私を拝めるだなんて不思議ですよね」
「その容姿なんだから不思議じゃないでしょ。もう少し気にした方がいいんじゃないの?──あっ、このカニクリームコロッケも美味しい」
「初めて作ったので心配だったのですが、美味しかったのなら良かったです」
楓はにこにこと微笑みながら、お手製弁当を食べる俺を見つめてきた──やはり可愛い。
放課後の逢瀬がバレたら天使派と怪盗派の連中に俺が殺されるって聞いたのを思い出して尋ねてみたのだが、当人は危険団体に対する危険意識はなかった。
「気にした所で仕方がないんですから、私は湊君の事だけを気にしますよ」
「お、おう……」
小柄な見た目に反して、中々に豪胆な楓はそんな恥ずかしい事をさも当たり前の様に言ってきた。
──突然、心臓に直接攻撃するのは止めなさい。照れるじゃないか……。
「ふふ、照れてますね」
「この小悪魔めっ。天使から改名しなさい」
「私は天使なんて名乗ってませーん」
「確かに」
確実に女経験ゼロの俺への接し方を理解してきているな。どうしよう、これから小悪魔から大悪魔へと進化していったら。
大悪魔の楓……お姉さん系になるのかしら。
「それにしても本当に不思議ですよね。可愛ければ良いのならユマちゃんで良いと思うんですよ」
「あの人か……怖いんだよなぁ」
溝口柚茉──金髪ツインテールの褐色系ギャル。スタイルがとにかく良く顔も整っているが、リア充グループのメンバー以外に向ける目が怖い。故に柚茉を好きだと思う者はいるにはいるだろうが少数派だ。
それに比べて楓は人を選ばず優しく接して、笑顔を絶やさない。だからこそ、ここまで圧倒的な支持を得ているのだと俺は思う。
「ユマちゃんは湊君が思っているほど怖い人ではないですよ。ちょっと人付き合いが苦手なだけで」
「嘘をおっしゃる。人付き合いが苦手な人がリア充グループにいる訳がないんだよなぁ」
「本当なんですよ」
我が子を思う母の如し表情──早苗さんの様な表情を浮かべて空を見上げた楓。
その似ようからは二人は本当に親子なんだと分からせられる。逆にあのゴツい楓パパ要素はどこに行った。
「ところで梅雨って嫌ですよね。髪の毛がボサボサになってしまいますし、蒸し暑いですし」
「……楓の髪の毛は変わらず綺麗だと思うよ」
ずっと空を見上げていた楓
「それは私だって一端の女子なんですから頑張っていますよ。湊君にボサボサな姿を見せたくもないですし」
「そう言えば事故った日に見たな、楓のボサボサ髪姿」
「……!!!忘れてください!」
「いや、起こった事が衝撃的だったから多分、周辺の記憶はこの先もずっと覚えているんじゃないのかな?」
「私の事をずっと覚えていて頂けるのは嬉しいのですが……綺麗な姿だけにしてくださいよ」
うーん、素敵。頬を少し赤らめて、斜め下に視線を落とした表情は儚げで美しい。
あまり見た事がない表情に気を取られていると頬に何か当たった様な気がした。見上げると雨がポツリポツリと降り出して、直ぐに土砂降りとなった。
「やっぱりか、雨が降って来ちまった」
「ごめんなさい。私が無理を言ってここで食べようと言った所為で」
「今はとりあえず避難だよ」
俺たちは少ない荷物を持って、近くにあった理科室の鍵が空いていたから入り込んだ。
「急に強く降って来たのでビックリしましたね」
髪もワイシャツも濡らした楓がハンカチで顔を拭いながらそう言った。
「……ッ!?」
俺たちは土砂降りの勢いが非常に強くて、短時間であったがかなりびしょびしょになってしまった。
そして今日は蒸し暑かったから楓はワイシャツの上に何も着ていない。それらが導き出す答えは──
──楓のワイシャツが濡れて、下の水色の下着が透けてしまっていた。あまりに透けすぎていてレース地である事すらも分かってしまう。
「一さんはとりあえずこれ着て」
俺は楓の下着を視界からシャットアウトする為に着ていたブレザーを着せて、ボタンを留めた。
「良いんですか?湊君もかなり濡れていますし、それでは身体が冷えてしまいますよ」
「俺は大丈夫だよ。それに……中、見てみて」
「中?何があるんで、す……か!透けてるぅ!」
一難去ってまた一難。透け水色ブラを視界から追い出したと思った。
しかし今度は、胸部がキツそうに制服を押し上げて、その存在を強調してくる。それに加えて、俺の楓が着ているのは俺のブレザーで、腕の長さが足りなくて袖から十分に手が出ていなくて、いつにも増して顔を赤く染めてモジモジしている姿という三点セットが、楓のセンシティブさに拍車を掛ける。
「湊君……見ましたか?」
「全く、一ミリたりとも見ていません。だから、水色とか何のことか分かりません」
「そっか、それなら良かった……じゃないですよ、バッチリ見ているじゃないですか!」
「ごめんなさい」
「今日はまだ可愛いやつだから良かったですけど……もうっ、湊君の変態!」
「えぇ……。変態ではないと思うけど」
俺、何で罵倒されているの?ラッキースケベはラッキーだからラッキーなのであって、狙って出来るものでないんですよ、楓さんよ。
それに出来るだけ見ない様に努めたではありませんか。
「もう!時間が終わっちゃいますから、早くご飯を終わらせますよ」
そう言って食べかけのカロリーメルトを口に含む楓。モグモグといつもよりも速いペースで食べ進めていく。が、飲み込みが追いつかず頬袋に溜め込まれていく。
その姿はさながら餌を運ぶために口に溜め込むリスだ。珍しく二つ目に手を伸ばして、そちらも食べていく。
「大丈夫?カロリーメルトってかなり口の水分を持っていかれるのに、何も飲まずにそんなペースで食べて」
「あいおううえう……もっ!」
楓はモゴモゴと何かを言った後に、身体をピクンと跳ねさせて驚いた様な顔をした。すると直ぐに胸の辺りをポンポンと叩き始めた。どうやら詰まらせたらしい。
俺は水筒を差し出すと半ば奪い取る様にして受け取り、コクコクと飲んだ。
「……ぷはあ。死ぬかと思いました」
「だから大丈夫か聞いたのに。──どうしたの?少し落ち着きがない気がするけど」
「それは湊君に下着を見られてしまったからですよ!」
「あー、そう言う事」
俺は完全に記憶から追い出していたから気にしていなかったが、楓はそうではなかったか。水色……ぐへへ、おっと雑念が。
俺は除夜の鐘に百八回頭突きをして、例の記憶を再び吹っ飛ばした。
「レースの水色……」
吹っ飛ばしたはずだったんだけどなあ。刺激が強すぎて、暫く記憶の隅に住みついている気がする。
ほぼ脳死で呟いてしまった俺に楓からの無言連続パンチ。痛くなくて、寧ろくすぐったい。
「もう全く。変態なんですから」
「さっきまでなら否定出来たけど、今は無理だなぁ。お恥ずかしいことに」
「本当ですよ、もう!」
さっきから『もう!』を連呼する楓。牛かな?
楓の牛コスはきっと…………。ダメだ、さっきから思考がどうしてもソッチ側に寄ってしまう。おのれ、水色レースめ!
「そう言うのは付き合ってから、です……///」
「えっ?付き合ったら──」
俺が言いかけている最中にチャイムが鳴り、俺の言葉を遮ってきた。言わなくて正解だった気がするから、助かった。
いざ付き合うってなった時に思い出したら理性が弾けそうだ。
「……さあ、教室に戻りますよ。遅れたら怒られてしまいます」
「お、おう。行こうか」
この短時間で何度目になるのか分からない照れ顔の楓。勢いで言ってしまったのだろう。
さっきの楓の失言の記憶は鎖でぐるぐる巻きにして、アトランティスに沈めておいたからもう大丈夫だ。思い出す事はない……はずだ。
「というか本当に始まるまでに時間ないな、急がないと。────くしゅん」




