天使と怪盗を崇拝する集団
「美味い、美味い、美味い!」
特性ピザはモチモチ生地でチーズ、サラミ、トマトソースの渾然一体となった味の暴力が俺を襲い、デニッシュパンのソフトクリームマシマシはサクサクで、ふんわりと焼かれた熱々のデニッシュパンと冷たいソフトクリームが口内を甘く刺激して、メロンソーダはメロンの様な甘さに程よい炭酸と冷たさにが最高の喉越しを生み出している。
やはり、俺の目に狂いはなかった。俺が選んだこの料理達は最高だ。他のものもきっと最高の美味だろう。
「美味そうに食べるな、湊君は」
「美味しさを隠し切れない程、この料理達が美味しいからね。それよりも良くコーヒーなんて飲めるね」
「看板商品なんだから当然と言えば当然だけど、ここのコーヒーは美味しいからな。俺も普段は飲まないけど、ここは来ると決まって飲んでいるんだよ。湊君も一口飲んでみるかい?」
「コーヒーか……南雲君がそこまで言ってくれるのなら、じゃあ一口だけ」
コーヒー──それは俺の人生の天敵。保育園の時に格好つけて飲んで、盛大に吐き出したあの時の屈辱。今ここで晴らさん! 覚悟ッ!!!
「……美味しい」
「だろ」
苦い。苦いが独特の嫌な味がなく、匂いも良い。それに軽くて飲みやすい。
こんなに美味しいコーヒー、初めてだ──まあ、これが人生二杯目のコーヒーなんだけれど。
「いいよ、全部飲んでも」
「やった」
コーヒーと南雲を交互にチラチラと見ていたら、苦笑しながら譲ってくれた。
一つ試したい事が出来た。ソフトクリームをたっぷりつけたデニッシュパンを口に含んで、コーヒーを飲む。
「うま〜」
舌の位置が変わると感じる味が変わる。交互に感じる甘さと苦さは、さながらジェットコースターの様だ。味わう者を飽きさせない。
「湊君はそうやって感じた美味しさを全面に出すから、作る側は見ていて心底嬉しいんだろうね」
「……?」
コーヒーとデニッシュパンのダブルパンチを楽しんでいると南雲がそんな事を言い出した。
「楓、いつもニコニコで弁当片手に校舎裏に向かう理由が不思議だったけれど、そう言う事だったんだな。喜んで多べてくれる人がいる、その嬉しさが楓を突き動かしている」
「そうだと良いな。いつも作ってもらっているけど、何も返せていないから。毎回、そうやって小さなお返しが出来ているのなら少しは気が楽になる」
「所で、どうやって湊君は楓とあんなに仲良くなったんだい?校舎裏で楓が泣いていた日に出会ったのだろう?」
「うん、そうだね。あの日が初めましてだった」
これは……正直に答えてはならない質問だな。一部の噂では南雲は楓のことが好きらしい。そんな南雲に『楓に告白された』なんて言ったら、グループ内で気まずさが生まれるかもしれない。
それに俺に告白しただなんて話が出回ったら楓のイメージに傷が付いてしまう。あくまでアイドルとファンの秘密裏の関係の様な感じがちょうど良いのだ。後、知られたら怪盗天使ガチ恋勢に俺が刺されかねない。
「あの日は……一さんに校内を紹介してもらっていたんだよ。それであの校舎裏辿り着いたら、一さんに急に大きめの虫が飛んできて驚いて泣いちゃったんだよね」
「なるほどな。あの時間にあそこにいるのは変だと思っていたけど、紹介してもらっていたのか。それに泣いていたのも楓は物凄く虫嫌いだから納得だ」
あっぶねえ。これで楓が虫が好きだったら理論が崩壊していたのか……。
「俺はてっきり楓が湊君の告白を断ったから、無理矢理迫ろうとしていたのだと思い込んでいたよ。ごめんな、湊君」
「あの時も言ったけど、南雲君は一さんの事を思って、ああやって行動したんだって分かったから大丈夫だよ。前にも同じ様なことが?」
「ああ、その通りだ。『天使派』の一人が暴走してな」
「天使派?」
なにそれ怖い。俺が思うところの天使ガチ恋勢?
「天使派はレスリング部と柔道部、ラグビー部のガチムチ系男子で構成されている楓を崇拝する集団だ。腕っ節が強いから無理矢理楓に迫っている所を発見してな。あの時は危なかった」
ガチムチ集団……怖ッ。あれか、リア充集団の筋肉達磨が沢山いるみたいな感じか?……怖ッ。
「……因みになんだけど、そんな感じの集団は他にいたりしない?」
「……いるぞ。怪盗派──こっちは学力高めの男子で構成されている頭脳派集団だ」
「うわぁ」
学年一の美少女である事は知っていたが、まさか、そんなヤバそうな連中が居るだなんて……。
万が一でも知られたら殺されかねないぞ、俺。──特に天使派の連中に。
「二つとも重要危険集団なことには変わりないから、弁当を貰うなら気付かれない様にな。ヤツら、何をしでかすか分からない」
「わ、分かった」
「何かあったら必ず助ける。その時は気軽に相談してくれ」
「そう言ってくれると嬉しいよ、ありがとう。困ったらガチで助けを求めるよ」
元厨二病男子に個性的な二つの集団に立ち向かえる力はない。けれど、目の前に座すはカーストトップの南雲様。その圧倒的なビジュアルとリーダーシップで生徒を纏めて仕切ることが出来る。
陰キャ……かどうかは分からないが頭脳集団には圧倒的な力を発揮するだろう。陰キャには陽キャのパワーがバツグンだ!その上、筋肉達磨君がガチムチ集団をまとめて薙ぎ倒してくれるはずだ……願望だが。
「湊君は楓のことが好きかい?」
「急にどうしたの?恋バナでもしたくなった?」
「いや、今まで楓が関わっていた男子って、俺達のグループメンバーぐらいだったからさ。それは皆んな、楓に対して恋愛的に好意を抱いていないからだと思っていたから、湊君はどうなんだろうな、って気になっただけさ」
「うーん、楓の事が好きかねぇ……」
料理上手でコミュニケーション能力が高く、容姿端麗。どんな仕草も可愛らしくて、皆を虜にする魅力的な美少女。
可愛い、可愛いとはいつも思っているが、果たしてそれは恋愛感情なのだろうか……?
「恋愛的に好意を抱いているというよりは、もっと他の小動物を愛する様な感覚に近い気がする……かな」
「はっはっは。確かに小柄だから、ワタワタしている姿は小動物そのものかもな」
「そう言う南雲君はどうなの?もう出会ってから一ヶ月くらいになるでしょ。あの可愛さを前に落ちないの?」
俺が冗談混じりの様に取り繕いながらも本気で聞くと、南雲は少し眉を顰めて、目線を斜め下に落とした。
「俺はもう女子とどうこうなるのは止めたんだ。だから、誰に対しても恋愛感情を抱かないって決めたんだ」
「…………」
まさかの答えが返ってきた。俺には全く分からないイケメン故の苦悩は、南雲を硬く縛り付けている。
しかし……決意した程度で人を好きになる感情を捨てることが出来るのだろうか?
「すまない、暗い雰囲気になった。気にしないでくれ」
「気にしないでくれ、で気にならなくなるほど軽そうな話題じゃないんだよなぁ」
「ごめんな、詳しくは話したくない」
「いいや、別に無理に聞きたいわけじゃないけどさ……。まあ、言いたくなったら言ってね。ちゃんとした答えを返せるかは分からないけど、一所懸命聞くから」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
その後、少し会話をして、突発的な夜のご飯会はお開きとなった。会計の時に額の高さにギョッとなったのはまた別のお話。
外に出るとムワッとした空気がわざわざ俺をお出迎えしてくれた。しっかりと空調が効いた店内と違って外は依然として空気が重い。これぞ梅雨だ、と主張している様だ。
南雲と別れた今、俺はまたあの一人の家に帰るのだった。しかし、南雲と話をしたおかげか、その気分は家を出る時とは違って少しだけ晴れていた。




