お家デートで波乱の天使
今日この日、俺は照示によって組まれたデートをする予定だった──。
しかし、今日は生憎の大雨。いや、生憎ではなく予測は出来ていた雨が降っていた。一昨日、俺はあの校舎裏で梅雨の気配を感じた。その予感が的中したのか、昨日から大雨が降り続いている。
何故、予測出来たのにも関わらず何故デートをする予定になったのか。それは一さんにあった。
俺はRainの通話機能にて、一さんをデートに誘った。するとすぐに承諾してくれて、諸々の準備をしていた訳だが──雨の気配がした。
俺は一さんにその事を伝えたのだが、何とかなるの一点押しで、延期なんて眼中にない様子であった。
雨の影響で延期になるのは避けたかったから俺は別日の方が良かったのだが、嬉しそうにどうしようかと話す一さんを見ていたら俺も気が変わってしまった。
しかし、気が変わったからと言って天候が変わるわけではない。俺は窓から外を見ながら一さんに電話をかけた。
「もしもし。おはよう」
『おはようございまーす。お休みにも湊君に会えるとは、今日も良い日ですねぇ』
朝であるのに超ハイテンションでそう言った一さん。外の様子を知らないのかしら、と疑うほどの高いテンションに俺は延期、もしくは中止になった事が嬉しいのではと邪推してしまった。
しかし、今までの様子を見ている感じ、一さんはそんな人ではない。となると、本気でこの雨の中、デートをするつもりなのだろうか?
『湊君。予定通りデートしましょう』
「……一さん、外の状況を理解なさっていますか? 大雨ですよ」
『知ってますよ。でも、デートしましょう』
予想通り、この大雨の中でもデートする気満々のご様子。
うーん、話が通じない。どうしましょうか……。
『お家デートです♪』
「えっ?」
★☆★☆★☆★☆
そんなこんなでやってきたは一さん宅。白と黒を基調とした二階建ての一軒家でしっかりと手入れされた庭とお洒落なフェンスが歩行者の目を引く。
俺はその家の前でもっと歩行者の注目を集めていた。何故なら──
「えっ、これ入っていいの? 着いたら連絡してくれって言っていたのに楓と連絡がつかないし……どうするべき?」
一さん宅の前でぶつぶつと呟きながら歩き回っている怪しい男になっているからだ。だって初めてなんだから、どうすれば良いか分からないじゃん。
そろそろ通報されそうと思った俺は意を決してインターホンを鳴らした。
──すると間もなく、一さんに似たすらりとした女性が出てきた。いや、一さんが似ているのか。
「あら、湊君。いらっしゃ〜い」
「えっと、一さん……楓さんのお母様で?」
一さんよりも背が高く、一般の女性的な体つきをしているが、何となくその顔に彼女の面影があった。──そう。つまり、美人だ。
「そうよ〜。一早苗って言うの。お母様なんて余所余所しい呼び方はやめて、お義母さんと呼んでくれていいのよ」
「分かりました。お母さんと呼ばせて頂きます。お義母さんとは呼びませんが」
「あら〜、バレちゃった?」
一さんのお母さん──早苗さんは、のほほんとしている様に見えるけど物凄く計算高いな。一さんもこういう所を継いでいるのかしら?
「お母さん!」
「あら、上がってきたのね」
「私が出迎えるから中でいて、って言ってたでしょ!」
「でも、楓がいつまで経ってもお風呂から出て来ないんだもん。この大雨の中、外に立ち続けさせるのは可哀想でしょう?」
「そ、そうだけど……」
うぐぐ、と唸る楓に俺は視線を向けられない。なんというか、楓がに物凄く色気を感じてしまった。
話の通りなら風呂上がりなんだろう。まだ湿っていて肌にペタリと張り付いている髪に上気した頬。膝上のホットパンツにぶかぶかの服。肩からはブラ紐の様なものが覗いていた。
──女経験が全くない俺には刺激が強すぎた。
「こんな格好で湊君の前に出たくなかったの!」
「だから洗面所にお洋服を持っていったらって言ったのよ。なのに、要らないって言ったのは楓でしょう」
「ぐぬぬ、何も言い返せない……」
「とりあえず部屋に行って着替えて来なさい。湊君も目のやり場に困っているわよ」
「えっ?」
早苗さんとの会話に熱中して、俺の存在は知っていたけど状態は気付いていなかったらしい。
理性が野性に打ち勝って、そっぽを向き続けている俺を視認すると赤かった顔を更に赤くしてどこかに行ってしまった。
「うちの子、可愛いでしょ〜」
「そうですね。とても可愛らしいです」
「彼女にしたいでしょ〜」
「そ……うですね。とても魅力的な方です」
早苗さんの尋問に抗わず、半ば機械的に答えていた。この人は口が固そうだと何故か思ったから、機械的に答えながらも全て本心で答えていた。
「あの子の願い、叶えてあげてね」
「……? はい……いつか必ず」
「あんまり時間を掛け過ぎないでね。もしダメなら早めにキッパリと振ってあげて。あの子、希望を持ったままなら焦っちゃうから」
普通に受け取るならば、早く答えが欲しいと焦ると受け取れる。
しかし、早苗さんの言葉には別の意味が隠れている様な気がした。が、それを知る術を俺は持っていない。
「クッキー焼いたの。食べる?」
「はい。是非頂きます」
お洒落なお皿にはハートや星、四角や三角など多くの形のクッキーが並べられていた。しかもそこにはチョコが掛けられていたり、ジャムが塗られていたりと、ひと手間加えられていた。
一さんの料理の腕は早苗さん譲りらしい。
「こんなに用意して頂いてありがとうございます」
「良いのよ。飲み物はコーヒー、紅茶、ココア、緑茶のどれが良い?」
「ココアをお願いします」
「はーい」
依然、中学の頃から変わらずコーヒーはダメだ。どうしてもアイツとは和解出来ない。本当にコーヒーを飲む人の気がしれない。
「お母さん、私がやるから。折角の機会を取らないで!」
さっきのお家無防備服とは違って、清楚な白いワンピースを纏って首にチョーカーを付けた楓が飛び出してきた。
うーん、今日も金木犀の匂いが素晴らしい。しかも、風呂上がりの所為だろう。シャンプーやらの良い匂いが混ざり合って、相乗効果を生み出している。
「あら〜、お母さんも湊君からポイント稼ぎた〜い。楓はお弁当でポイント稼いだでしょ〜」
「私はもっと沢山稼がないといけないの!」
「でも、このクッキーを作ったのは私よ〜」
「もー。だから私が作るって言ってたのに」
この親子は仲が良いのが伝わってくる。普段からこんな感じなのだろう。なんだか歳の近い姉妹の様で微笑ましい。
俺も──いや、羨んでも無駄か。
「湊君〜、楓のお弁当はどうだった?」
「とっても美味しかったです。もう、あれが天上の食べ物と言われても遜色ない出来で、これから先もずっと食べられる人がいるならば、その人はとても幸せ者だなと思います」
「……その人は湊君になるんだよ〜」
「お、お母さん! そこまでは言ってないでしょ!」
ん? 一さんもも早苗さんも一瞬表情が曇った気がする。
けど、今の微笑みには陰りひとつない極上の輝きしか感じられないから、気のせいか。
「湊君を前にした楓はいつも以上に面白いわね〜。これぞ恋する乙女といった感じかしら」
「お母さん! もう出ていって!」
ぎゅうぎゅうと早苗さんを押して扉の向こうへ出ていってしまった。ココアを啜り、クッキー食べていると楓だけが帰ってきた。
「はあ、疲れた。ごめんね、騒がしい母親で」
「いいや。二人の様子はとても微笑ましかったよ。羨ましいくらいよ」
楓のタメ口、とても新鮮だ。これを引き出してくれた早苗さんに感謝。
「一人暮らしだと、これだけ疲れなくても済むんですね」
「これぐらい騒がしい方がいいさ。疲れるほど明るくなれるなんて良い家族じゃないか」
一人暮らしをしていない者は一人暮らしに憧れるとはよく言ったものだ。掃除を自分でしなければならない。洗濯も食事も何もかもを自分でしなければならない。まあ、自分で料理はしないし、一さんならちょちょいとこなしそうだが……。
それに──
「本当に一人暮らしなんてするもんじゃない。孤独を感じる夜に自分一人しかいないのはなかなか辛いものだよ」
「確かにそうですね。病気で苦しい時とかも大変そうですね」
「そうなんだよ」
去年、インフルエンザを罹ったときは大変だった。お婆ちゃんは相も変わらず具合悪いし、俺が住んでいる家は病院から遠いしで散々だった。
「湊君のご両親ともお会いしてみたいです」
「……機会が来たらね」
「楽しみです♪」
ニコニコとしてこちらを見つめる楓。俺は彼女に少々の罪悪感を感じざるを得なかった。
──ごめんな、楓。君を俺の両親とは会わせてやる事が出来ないんだ。




