最初の友はクズ男!?
「失礼しまーす、っと」
この学校の保健室は初めて来たが、何というかザ・保健室といった感じだ……まあ、保健室だからなんだが。
ベットが四台に多少の本。身長台や体重計。人体模型やぬいぐるみまで、何でも御座れだ。
「あら、いらっしゃい。どんな御用件で?」
保健室の一番奥にある席で座っていたのは二十台半ばぐらいの大人の色気がムンムンの女性の先生。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいてプロポーションが恐ろしい。
健全な高校生男子には割と刺激が強すぎる容姿をしている。
「実はこの子を届けにきまして」
「あら天使ちゃんじゃない。なぁに、誘拐でもしてきたの?」
「違いますよッ!」
色々あって楓が泣いた経緯、こうして背負ってきた理由、諸々を話した。
「なるほどね……。君が事故を起こしたのは聞いていたけど、そんな事があったとは……。目を覚ましたらこの子に一杯質問しないとね」
ニヤニヤと笑う保険医。多分だが、年頃の女子の、しかも初々しい恋バナが大好物なのだろう。根掘り葉掘り聞いて楽しんでやる、と言った様な表情を浮かべている。
なんというか若いなぁ、と感じる。事実、若いのは間違いないのだが。
「では、一さんをお願いします」
「んー、君が残ってあげていた方が天使ちゃんも喜ぶと思うわよ?」
「いえ、授業があるので」
楓も大事だが、まずは勉強だ。成績不良で進級出来ないとなったらマジで笑えない。出来れば授業の一コマも逃したくはない。
勉強と一さん、どっちが大事なの? ──両方大事だとしか言いようがない。
「私が適当な理由をつけて何とかしてあげるから」
「いいえ、結構です。それに先生は一さんに質問があるのでしょう。それを聞くのに俺はお邪魔ですよ」
「全然全くそんな事ないわ。寧ろ恥じらいながら恋バナを語る天使ちゃん。んー、唆られるわ〜♡」
大丈夫か? この保険医。なんというか、銀堂先生然りこの学校の教員達は少しおかしい雰囲気を纏っているのか、と錯覚する。
おかしいのは今まで話した二人だけにしてほしいものだが……。
「それでは」
「あ〜、待ってよぉ」
俺は楓をベットに寝かせてから、魔の保健室を脱出して教室に戻った。
楓、無事であれ。
「ただいま」
「おかえり。随分と長い逢瀬だったな。どこまで進んだんだ?」
「俺達はそんな関係ではない」
「そんな関係ねぇ。どんな関係でもやりたい時にやるべきなんじゃないのか?」
ニヤニヤとしながら話しかけてくる照示。俺は経験が豊富な照示とは考え方が違うんだよ。
「何があったのか教えろよ」
「嫌だよ」
「ふーん。そんな事を言っていいのか……。実はこの板書、既に二度書き換えられているぞ」
ウッソだろ、おい。まだ始まって10分しか経っていないのに、なんでそんなに爆速なんだよ。ここにいる全員の中で書き取れていないヤツ、絶対にいるぞ。
「どうするのかな、湊? 俺に情報を提供するのか、テスト前に内容が飛んだノートを見返して頭を悩ますのか?」
畜生。上手く弱点を突かれた……。今この瞬間ほど照示を嫌な奴に感じた事はない。
「……分かった。少しだけだぞ」
「やりぃ。ほら、ノートだ」
「今回は俺の負けだ……ってうわぁ……」
何この量。本当に十分程度でこんなに書いて消したのか……? 科学教師、悍ましすぎる。
次の板書もある。手を止めるな、急げ。オラオラオラオラ──
★☆★☆★☆★☆
そんなこんなで化学の授業を乗り切り、俺は照示に尋問をされていた。
「んで、何があったのかな」
「特に照示が期待している様な変わった事はなかったよ。弁当を貰って、少し話をしただけだ」
「そんな事はないだろう。雨も降っていないのに肩の所が濡れている」
どれだけ観察眼が高いんだよ。凄いな。
「……ちょっと一さんが泣いて、背負って保健室まで連れて行っただけだよ」
「ほーん。なるほどね。話の内容はどんな?」
「また、こうして会えて良かったみたいな感じ」
「……違和感を感じるな。どうして天使は湊ともう会えないと思っていたんだ?」
「そんなの俺が死んでしまったと思っていたからじゃないのか?」
「……」
どこに引っかかる事があるのだろうか。特におかしい所はないはずだ。
「……まあいいか。話してくれてサンキューな。これからも湊と天使の面白い話を聞かせてくれ。ほら、天使が百年の眠りから覚めて戻ってきたぞ」
「え? ああ、そうだね」
あんな感じだったが、しっかりとした保険医なんだろう。しっかりと処置がされていて、楓の目の赤みと腫れはほとんど治っていた。
「湊君……」
教室に入ってきた楓が、リア充グループを避けながらおずおずと俺の方に来た。
なんでリア充グループの事を避けちゃったの! 彼らからの視線が痛い。何をしたんだお前、みたいな視線が痛い。
「あの、湊君。今更ですけど……連絡先、交換しませんか……」
「あ、ああ。良いですよ……?」
なんでこんなに余所余所しいというか、恐る恐るな感じなんだ?
特に変わった事はなさそう……あー、あの保険医が何か吹き込んだのか?
「あの、ありがとうございます」
それだけ言うとさささっとリア充グループの所に帰って行ってしまった。何だったんだ?
「良かったじゃねえか。天使と連絡が繋がっているの、あそこのグループメンバーくらいだぞ」
「そうなの?」
「ああ、そうだな。ただ、少し交換するのが遅いな。気になる相手とは出会って五秒で即交換が普通だと思うが」
残念ながらそれは照示だけだ……。
「折角、昼の逢瀬に、連絡先と色々な手段を得たんだ。今週末に遊びでも誘ってみたらどうだ? 喜ぶと思うぞ」
「出会って五日で即デートはどうなのかな?」
「俺なら一日で約束を取り付ける。残念ながら、予定は埋まってるからデート出来るのはだいぶ先になるがな」
「あんまり深掘りして来なかったけど、照示ってどんな恋愛しているの……?」
夜まで埋まっている予定に、さっきの連絡先の話。何かヤバイ事は感じ取っていたが、俺が思っている以上な気がする。
「どんなって普通だよ。普通に出かけて、愛を囁く。それだけさ」
「相手は同じ……?」
「いや、全員違うな」
まさかと思って聞いたら、想像したくない答えが返ってきた。照示はそれに上乗せして、俺の分からない世界を披露する。
「それ、怒られたりしないの? というか何股になるの?」
「まあ、一部は刺し殺そうとしてきた事もあったが、基本的に許されているな」
刺し殺すってヤバくない?それを実行しようとした相手も、そうなるに至らせた上に続けている照示も。
「何股か、って質問だが三十以降は数えていない」
うーん、クズ男。バレーの時に氷室にチャラ男と言っていたが、照示はクズ男。間違いない。
そんな感じで楓に手を出そうとしていたのか。いくら照示でも許さない。俺の封印している厨二病パワーで、浮気されている女性方に変わって滅ぼしたろうか? まだ感覚だけは一応残っているぞ。
「まあ、人の数だけ恋愛の形もあるさ。湊は湊なりの恋愛道を進めば良いんじゃないのか?」
「照示は少し進む道を変えてみない?」
絶対にいつか殺されるぞ。これは予測じゃない、確定事項だ。
「嫌だよ。俺にも俺なりの事情ってのがあるんだよ」
「三十以上股を掛けなくちゃならない事情って何?」
「その話はおいおいな。俺よりも湊と天使だ」
強引に話を逸らされたな。まあ、今の恋愛弱者の俺が聞くには大分重すぎる話な気がしてならないから良いか。
いつかは聞き出して止めさせるけどな。初めて出来た友達をそんな馬鹿げた事で亡くす訳にはいかない。
「天使とのデート。俺が最高のものになる様にサポートしてやるよ」
「まだするとは決めてないんだけど……」
「まあまあ」
強引に話を決めた照示は、手慣れた様にデートのルート作成、服装のコーディネイトなどをしてくれた。
正直言って服は碌なのを持っていなかったし、デートだってした事がないから助かったけれど、強引だなぁと感じた。
「さて、天使様はどんなのが好みかな?」
照示の考えている事は全く分からないが、俺を使って心底楽しんでいる様に見える。
さっき事情とか言っていたし、もしかしたら照示も普通の恋愛をしてみたいのかもしれない。引けに引かれぬ状況に立っていて普通の恋愛が出来ない、みたいな?
まあ、俺と一さんで普通の恋愛のシュミレーションをするのはやめてほしいと言えば、やめてほしいのだが。




